2章 試験編

第40話 プロローグ 師弟対決

 

「人は死期が、死が近づくと生存本能が発揮し、異常な、通常では起こりえない集中力を発揮します。

 その世界では音が聞きづらく、物がゆっくり動く変わった穏やかな世界ですよ」


 そう師範代に教わった世界「静の間」に入る。


 本日三度目の世界に突入だ。


 ゆっくり飛んでくる斬撃を見ながら、体をきしませながら無理やりそらす。

 斬撃を、ギリギリでかわして行く。


 静の間から解放されると、自分の髪の毛が数本がひらりと舞っていた。


 数センチずれていたら、頭の先がなくなっていただろう。

 何度経験しても背筋が凍る。


 慌てて足の裏に、魔力を回しシークレットブーツを発動する。


 瞬時に足の裏から土が盛り上がり、通常では考えられない加速をし危険地帯から離脱する。


 静の間を教えてくれた恩人であるクロロ師範代が、アンデットになってしまった。

 師範代はネクロマンサーの能力も持ったゴブリンキングが死ぬ前に命じた、近づく者を全て切れという命令を、今でも律儀に守り続けている。


 恩師のその姿を見ていたたまれなくなり、同じくアンデットになり、そして何故かテイムしまった妹弟子のレベッカと共に討伐に向かった。


 師範代と戦い初めてすでに三時間程経過している。

 十年程冒険者業をやっているが、ここまでの長期戦は初めてだ。


 距離を取れば師範代は襲ってこないので、何度も休憩を入れているが、体力的にも精神的にもかなりやばい。

 ただ肉がなくなり骨だけのアンデットになった師範代もボロボロで、骨はヒビだらけで所々かけている。


 もう少しで倒せそうだが安心はできない、アンデットは頭がなくなっても動き続けられる。

 確実に倒すには、心臓があった場所にある核を潰す必要性がある。


「マスターそろそろ夜明けになっちゃうので、次で決めちゃってくださいね」


 若干うんざりしている顔をしている妹弟子のレベッカが、いい加減早く終わらせろと督促してきた。

 確かに山の向こう側は若干明るく、日が明けそうな雰囲気がある。


「了解」


 自身の顔をパシッと叩き、気合いを入れ直す。


 一定の距離まで近づくと、再び師範代の代名詞の居合い斬りが、飛ぶ斬撃となって襲ってくる。


 走りながら、足が地面を蹴る瞬間だけシークレットブーツを発動させる。

 通常の魔法と違い、詠唱する必要性がない精霊魔法は即座に土が盛り上がり、自分をブーストしてくれる。


 盛る土の量を変えて高低差を出し、時には向かっている方向の真逆に土を盛る事によって、的を絞らせずに変則的に徐々に近づく。


 近距離で放たれた居合い斬りを避け、一気に近づき、渾身の力で刀を振るった。


 師範代に刀で軽くいなされたが、想定内だ。

 前蹴りを放ちクリーンヒットする事ができた。

 ダメージではなく、相手の体勢を崩すのが目的の蹴りだ。


 相手の体制が僅かに崩れたのを確認し、その場で最大級の高さまでシークレットブーツを伸ばす。

 師範代の目の前に、シークレットブーツで土の壁を作りあげる。


 その壁が二つの斬撃によって破壊された。

 レベッカがゴブリンキングに止めを刺した、剣と刀の二刀流の居合い斬りによる飛ぶ斬撃、確かこの前「顎(アギト)」と名付けた居合い斬りが高速で師範代に向かっていく。


 シークレットブーツを目隠し代わにして、師範代に攻撃する作戦を立てていた。

 しかし師範代は事前にわかっていたのかのように、体勢を立て直し刀を振り、その斬撃を即座に相殺する。


 レベッカの居合い斬りによって、シークレットブーツでできた土が崩れる。

 自分も壊れたシークレットブーツから飛び降り、師範代を上から襲う。


 刀と刀がぶつかる甲高い音がした。

 

 そのまま頭ごと切断するつもりで、高さを利用し全勢力でぶち込んだが、師範代は当たる直前に体をうまく捻って最短の距離で刀を自分の刀との間に滑り込ませる。


 

 これなら倒せると思っていたがさすがは師範代、元A級冒険者は伊達じゃない。


 このまま刀で鍔迫り合いをしていても、無限と思えるアンデットの体力にはかなうわけが無い。


 そこで力を横に逃がし、刀を手放す。


 骨だけの表情がない師範代が、一瞬驚いたように見えた。


 腰に差しているて木刀を抜き、師範代の胸元にある核目掛けて突いた。

 木刀にはインザダークネスを発動しており、輪郭がぼやけて視認しずらかったおかげか、避けられずに核を貫く事ができた。


 核を貫いた後、師範代が反撃しようとしたが、持っている刀を手放し音を立てて崩れていった。


『やったね、本当にギリギリ。

 先生ずっとドキドキしっぱなしで疲れたよ。

 指輪を山に捨てに行くエイガばりに、長い戦いだったね』


 遠くで見守っていた、異世界出身のスライムのシショーが寄ってきた。

 いつも通り訳のわからない言葉、シショーワードを頭の中に届ける念話で伝えてくる。


「……そうですね、本当に」


 よくわからない事は、いつも通りスルーしながら自分達の姿を見る。

 自分もレベッカも満身創痍だ。

 傷だらけで買ったばかりの防具もボロボロだ、たくさん準備していたポーションも全て空になっていた。


 朝日が差し始めたので、後少し遅ければインザダークネスを使っても避けられたかもしれない。


 休憩をしてから、師範代のバラバラになった遺体を集め埋葬した。

 師範代の使っていた刀を、墓標代わりに土に刺す。


 形見代わりに使おうかとも思ったが、手入れする事もできず、戦い続けた師範代の刀はボロボロで直せそうにない。

 師範代はこのボロボロの刀で、ゴブリンキングの命令を忠実に守り続け、動き回れないという制約の元、自分達と戦ったのだ。


 もし刀の状態が良ければもっと深い傷を負っただろうし、制約なく動ければ、得意のスキル「縮地」で高速移動し、翻弄されて一方的にやられてしまっただろう。


 改めてAランク冒険者であった師範代の偉大さを知った。


 安らかに眠るように、レベッカとシショーと共に所属している神へ祈りを捧げた。


 シショーは異世界出身なので、多分元の世界にいた神へ祈りを捧げているが、レベッカはどの神へ祈りを捧げているのだろうか?

 元々はガバトに所属していたと言っていたけれど、アンデットになってしまった今でもガバトの所属なのだろうか?  

 自分自身の事をあまり話さないレベッカは、異性という事もあって何となく聞きづらい。


 レベッカは死んでしまってからテイムモンスターとして登録したが、ご飯は食べないし、眠る事は無くなったがそれ以外は以前となんら変わらない。

 心臓は動いていないが、レベッカ曰くマスターである自分から自然と魔力が供給されていて、心臓の役割をはたしているそうだ。

 傷がついても数日で自然と回復するし、ポーションをかけてもしっかり回復していた。 


 当初レベッカはアンデッドだとバレてしまい、泊まっていた宿を追い出されてしまった。

 ダメ元で泊まっている宿で女将さんとと交渉したが、驚きはしたが嫌がるそぶりを見せずに、隣の部屋を借りる事を了承をしてくれた。


 今の所問題なく生活する事ができている。


 レベッカと別れて、一人で冒険者ギルトに向かった。


 以前レベッカと一緒にギルトに入った際、騒がしいギルトが静寂になり、皆一斉に凄い形相でこちらを見つめていた。

 ギルト内で、レベッカがアンデットである事が広まっていたようだ。

 レベッカは全く気にしているそぶりはなかったが、アンデットが存在するだけで、許す事ができない信仰心の高い人もいるだろ。


 できる限り無駄な衝突は減らしたほうがいいので、レベッカはギルドに近づかないようにさせている。


 ギルドに入ると、こちらを確認し「ゴブリンキング野郎」という陰口がちらほら聞こえた。


 今まではゴブリンばかりを倒していたので、ゴブリン野郎と呼ばれていたが、この前レベッカと共にゴブリンキングを倒したので、いつの間にかゴブリンキング野郎に昇格した。


 カウンターで事務仕事をしている担当のご老体、ジュゼットさんと目があった。

 ジュゼットさんは書類を置き、近くにいるギルト員に何か言うと、いつもの個室へ来る様首を振ってジェスチャーしていた。


「無事討伐できたんじゃな」


 部屋に入ると年季の入った、渋い声が聞こえた。


「はい、お陰様で」


「そうか、良かったの。

 カードを」


「はい」


 ジュゼットさんはライフカードを受け取ると、奥へ消えていった。


 本来討伐してはいけない、アンデットとなったクロロ師範代の討伐記録があるので、うまく処理をしてくれる手筈になっている。

 師範代はアンデットになってしまったが、その場から動かず近づかなければ攻撃してこないので賞金が取り下げられ、師範代がいる場所を立ち入り禁止エリアとしていた。


 それでも元弟子として、師範代を自由にしてあげたくレベッカと協力して討伐したいと事前にジュゼットさんに相談した。

 当初ジュゼットさんは猛反対していたが、師範代の討伐に向かう人かいたら後をついて行って観察していたし、レベッカに協力してもらって居合い斬り対策を行って作戦も立てていた。 

 必死に説得したおかげで、ジュゼットさんも協力してくれる事になった。


「ほれ、野良のアンデット討伐の報奨金じゃ」


 そう言って銀貨一枚を差し出してきた。 

 当初は金貨二十枚という報奨金だったが、ギルドは依頼を撤回したので仕方がない。


 それどころかジュゼットさんが協力してくれなかったら、本来は懲罰を受けなくてはいけないぐらいだ。


 防具も壊れ、ポーションも使い切ったので完全に赤字だ。


 ただ満足感があり、後悔はしていない。

 恐らくレベッカも同じ気持ちだろう。

 

 ジュゼットさんに渡された銀貨を手に取る。



 何となくいつも見る銀貨よりも輝いて見えた。


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