第39話 おまけ③ ワーカーホリック フェノール=スタイラー


「親方、この資料を間違っていますよ」


「え?」

 

 慌てて弟子が持ってきた資料を確認する。


「ああ、すまん本当だ」


「大丈夫ですか、今日だけでもう三回目ですよ」


 弟子の言う通り今日は朝一にダブルブッキングしていた事が発覚し、リスケジュールした後に弟子の給料日という事を忘れていたので急いで銀行に行き給料の準備をした。


 そして今回お客様の名前の領収書と、協力工場への発注書を入れ違えていた。


 月に一度あるかないかのミスを、一日に三回もしてしてまっている。


 友人からは仕事馬鹿と言われ、常に細部にまでこだわり完璧主義者と言われても仕方がない私がこんな状態になるのは生まれて初めてだ。


 ここまでパフォーマンスが低い状態で、仕事をしているのには訳がある。

 

 決して恋煩いをしたわけではない。

 ペットや家族を失ったわけでもない。


 ショックな事があってしまい、魂が口から抜けてしまって腑抜けになってしまった。


 物理的に何か起きたわけではないが、いつもしないミスを連発してしまい、皆に心配をかけている。


 では何故、身が入らなくなってしまったのか?

 それは先日あの青年、クライフ君がアポなしでやってきた時が発端だ。



 無事ゴブリン騒動も終結し、壊れた武具の修理や買い換えの仕事が貯まっていた。

 特に今回の騒動で身の危険を感じた貴族達が、護身用に武具や防具を求め、有りがたい事に依頼が殺到してしまっていた。


 弟子達皆を帰し、一人残って貯まった書類の整理をしている。

 何とか仕事の見通しがついたと思っていると、裏口からノックの音がした。


「どちら様ですか」


 強盗の可能性もあるので、警戒しながらドア越しで声をかけた。


「夜分遅くにすみません、以前依頼品を作って貰ったクライフです」


 誰だと思うと、精霊使いの青年クライフだ。

 一度しか会った事がないが、それでも衝撃的な出会いだったので良く覚えている。


 慌ててドアをあけると、申し訳なさそうな顔をした青年がいた。


「クライフさん、どうしたんですかこんな遅くに」


「いや、ちょっと明るい時間帯はまずいかもしれないと思いまして」


 クライフ君の気まずそうな顔を見ていると、この後ろくでもない事が起きる予感がした。


「まずい事って、それにどうやってこの裏口を知っているんですか」


 この裏口はお忍びでくる人達の為に作った裏口で、知っている人は限られているはずだ。


「それはですね……」


「マスターもういい?」


 言葉を濁すクライフ君の後ろから、よく見知った声が聞こえた。


「どうも親方、こんばんは」


 元従業員のレベッカだ。


「レベッカ君、…………死んだと聞いていたが」


 レベッカは冒険者で、ゴブリン騒動の被害者になったと聞いていた。


 その話を聞いた時は私を含め皆ショックを受け、私はそれを忘れる為にも仕事にのめり込んでいた。

 私が聞いた情報は誤報だったのか。


 いやそれだけならこんな夜更けに、裏口から来ないだろう。


「うん、ただいま絶賛死亡中ですよ。

 ボク今アンデットでマスターの下僕になりました」

 

 気軽に話すレベッカの言葉の意味を、仕事で疲れ切っていた脳は理解する事ができなかった。

 

 助けを求めるように青年の方に目線を合わせるが、青年は下を向いて目線を合わせてくれない。


「…………とりあえず中へどうぞ」


 そうやって言葉を出すだけでも、精一杯だった。


 席に着き気まずそうにクライフ君が、実に楽しげにレベッカが事の顛末を教えてくれた。


「なるほど、事情はわかりました」


 ツッコミ所満載だがが、一旦全部保留してとりあえず状況を飲み込んだ。

 あまりの情報に、脳がすでにパンクしかかっている。


「この後、どうするんですか?」


 レベッカがこんな状況になった、この後どうなるかなんて想像がつかない。

 レベッカの主人になったクライフ君に確認した。


「冒険者を続けようと思いますけど」


「レベッカ君は?」


「ボクですか、マスターと一緒に冒険者をやろうと思いますけど、テイミングモンスターとしてですけど」


 二人とも何事もないような素振りだ。

 もっと大事のような気がするが、私の認識が間違っているのか。

 色々ありすぎてわからなくなってきた。


「そ、そうですか、他に何か問題はないですか?」


「今の所問題ないですよ、ご飯食べなくてよくなったので金もそんなに使わなくなったかな、強いて言えばアンドットになたのがばれて宿を追い出された事ぐらいかな」


「え?」

「え?」


 クライフ君と声が重なった。

 どうやらマスターになったクライフ君も、知らなかったらしい。


「じゃあレベッカは今どこで寝てるの?」


「大丈夫ですよマスター、前も言ったけどアンデットになったら寝ないので適当に町をうろついてますよ」


 クライフ君は言葉を失って、天井を見つめて色々考えているようだ。


 アンデットになったレベッカが、夜の町をさまよっている。

 町人からしたらたまったもんじゃないだろう。

 下手したら討伐されるかもしれない。


「レベッカここで泊まるかい?」


「親方それは駄目ですよ。

 ボクが泊まったらお客さんが来なくなるかもしれないです」


「あ、そうだね」


 咄嗟に出た言葉だが、確かに客商売しているからアンデットを泊めるわけにはいかない。


「ま、なんとかなりますよ」


 深刻に悩む私とクライフ君とは裏腹にレベッカは気楽にしている。


 後日、クライフ君の泊まっている隣の部屋で泊まる事ができたと聞いて安心した。

 ただレベッカ達が現れてから、どうも調子がおかしい。

 ショックが大きすぎて、未だにリズムが掴めないでいる。


「体調が悪いなら、帰られたらどうですか?」


 弟子が心配そうに、こちらを見ている。


「そうだね、どうやら熱があるかもしれないな」



 この日生まれて初めて、仮病を使って仕事を休んでしまった。


________________________

 

 数ある小説の中から読んでいただき誠にありがとうございます。

 人に自分の書いた本を読んでもらうのが初めてだったので緊張しましたが多くの人に読んで貰えてうれしく、本当に感謝しかありません。


 これで第一章は終わりますが現在、第二章の続きも執筆しています。

 新たな仲間と共に試験に向かう話になっております。

 申し訳ありませんが大まかには出来上がっていますがまだ詰めが甘い部分があり、一週間程空けてからの更新になると思います。

 また毎日更新していましたが恐らく更新頻度も二日に一回程度になると思います。ご了承お願いします。

 引き続き読んで貰えるような楽しい作品を作りたいと思いますので何卒よろしくお願いします。

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