第38話 おまけ② 自分だけが普通だと思う女将 エスト=ピーラー


 なんで私の周りの人間は、こんなにも癖が強い人ばかり集まるのだろうか。


 物心がつく前に母が流行病でなくなった為、父親と年の離れた二人の兄に育てられた。

 愛情深く育てもらった大切の家族だ。 


 家族である私から見ても、兄二人と父はいい人達だと思う。

 基本的に人に優しく、正義感もある。


 ただ他の人にどんな人と聞かれたら、皆口を揃えてよく喋る人と言うわね。


 そんな口から先に生まれたと思われる男三人が、揃うから我が家はまぁ賑やかだ。

 しかも相手の話を聞かず話、噛み合わない時もあるが、それでもお互いにしゃべり続け満足しているみたい。


 小さい頃はそれが普通だと思っていたけれど、初めて友達を家に連れてきた時におかしい事に気がついた。

 友達には息を吸いながら喋って、息を吐きながら喋っていると評価していたわ。

 確かに言われて見ると、寝ている時以外に黙っているのを見た事がない。


 そんなお喋りの次元を超えた家で過ごした結果、自然と三人の聞き役になった。

 唯一の聞き役とく事もあり、三人には非常に可愛がられおかげで無事成長しそして結婚の話が出る年頃になった。


 どうやら母が死ぬ前に母の親友とお互いの子供同士を結婚するという約束をしていたらしい。


 初めて出会った許嫁は無口な青年だった。

 父と二人の兄は物静かな男が気にいらないらしく、嫌なら断っていいと言ってくれたが何も喋らない男性というのが新鮮で、とんとん拍子で結婚話が進んだ。


 寡黙な旦那は結婚当初はとても穏やかな人なのかと思っていたが、この人も父や兄以上の曲者だった。


「おはよう」

「ただいま」

「いただきます」


 この三種類の挨拶は一応するが、それ以外何かを言う事は基本的になくたまに必要最低限の事しか言わない。


 父や兄と足して二で割ればちょうど良さそうなんだけれど、なんで私の周りにはちょうどいい塩梅の男がいないのかしら。

 仕方がなく今まで聞き役だった私が一方的に話す事でコミュケーションをとる事になった。


 旦那は料理人で腕は良く、貴族が行くような高級レストランで働いていた。  

 朝は早く、夜遅くに帰ってくるが不満らしい不満も聞いた事がない。

 酒も飲まず、博打や浮気もしない旦那で稼ぎも良い。


 ろくに喋らないと言う事を除けば比較的いい旦那だと思っていた。


 幸い子宝にも恵まれて、二人の女の子が育て上げ比較的、いい所に嫁がせる事もできた。


 順風満帆だと思っていたが、その認識を改める事件が起きた。


 ある日帰ってくると、何も言わず一枚の紙を渡してきた。

 何なのか確認をするどこかの権利書だった。


「これから宿をやる」


 それしか言わず、何が何だかわからないのが無理やり色々聞き出すと、今日勤めていたレストランを辞めたそうで、そして老後に貯めていた金を使って住宅地にある宿を買い取ったそうだ。


 私に何一つ相談する素振りすら見せずに、勝手に決めやがった。

 この時程旦那に怒った事はない。


 ただ旦那にいくら怒っても何も言わずただ聞くだけで、最後に頭を下げて「頼む」と短く言うだけだった。


 後から別の人から聞いた話だと、どうやらこの宿は元々旦那の親友がやろうとしていた宿で、借金をして宿を買ったが港町のアザーまで仕入れに行く途中でゴブリンに殺されてしまったみたいね。

 そして旦那は、借金しか残っていない親友の嫁さんから宿を買い上げたらしい。


「男気があるいい旦那だね」と褒められたが、会った所か名前も知らない人の為に老後の金を勝手に使われたこちらの身にもなって欲しい。


 ただこんな話を聞いても協力しないのは女が廃るという物だ、気分を一転して宿で女将というのをやってみる事にした。


 最初は見様見真似で始めたが性分に合っていたようで、いつの間にか名物女将なんて言われるようになった。


 二階に宿泊できる部屋があるけれど、売り上げのほとんどが一階の酒場で稼いでいる。

 旦那の元一流レストランで学んだ味を、リーズナブルに楽しめるのを目当てにきているファンが多い。


 住宅地の真ん中にある為、幸いにも柄の悪い人間もあまりこないし、連れ込み宿的な使い方はあまりされない。

 宿に泊まる人は馴染みの客か親戚の人が遊びにきた時に泊まるとか、うちの飯のファンになった行商人とかが多い。

 その事もあってお客さんは長くても一週間ぐらいしか泊まる事がない。


 そんな宿だが、最近三ヶ月以上連泊している変わったお得意さんができた。

 このお得意さんは、うちの宿では珍しい冒険者の青年だ。


 何が変かというと、まず身なりがあまり良くない。


 それだけなら別に金がないだけで普通なのだがそれにも関わらず、飯にうるさい。

 普通の朝ご飯では物足りないらしく、特注オーダーで対応している。

 特注オーダーができるのはうちの売りの一つだが、そういう所にこだわる人は例外なく身なりにもこだわりが出ている。


 この青年は見るからに安物の服しか着ていない。


 先払いでお金をもらっているので、こちらとしては文句の言いようがないのだが、悪い事でお金を集めたのではないかと疑ってしまう。

 そして一番変なのは、テイマーなのか常にスライムを持ち歩いている。


 別にスライムをテイマーする事自体は問題がない。

 貴族なんかだと掃除させたり、生ごみを処理させたりする為にわざわざスライムテイマーを雇う人もいる。

 うちも年に一回テイマーギルトに依頼を入れてスライムに手の届かない所も掃除をお願いしている。

 

 持ち歩くだけならいいのだけれど、この青年が楽しそうにスライムと喋っている所を何度か目撃している。

 食堂でスライムに飯を分けるだけでなく、なんか話しかけているのよね。。

 

 友達がいないので、スライムを使って気を紛らわせているのかしら? 

 そう思うと少し不便に感じてきたわ。

 

 ただ変わり者同士だからか、お得意さんの事をうちの旦那が気に入っているのは知っている。

 旦那の方から声をかけているのを何度か見た事がある。

 

 大した用事でもないのに、旦那がお客さんに声をかけるなんて今まで見た事がない。


 

 なんだが面白くない。



 付かず離れずいたお得意さんだけれど、ある日突然差し入れと言ってスモールヒールバッファローの肉の塊を渡してきた時は驚いたわ。

 旦那が勤めていたレストランでしか食べた事がない高級肉だもの。


 しかも代金を払おうとしたら断られた。

 いつも良くしてくれるお礼だと、ボソッと言っている。

 照れているのか、下を向いて目線が合わせず耳まで真っ赤になっている。


 それ以来このお得意さんが少し可愛らしく見えてきて、何かと声をかけるようになった。



 私も単純よね、本当に。



 ただある日元気よく出て行ったお得意さんが昼過ぎに帰ってきた、普段は早くても夜ご飯少し前ぐらいに帰ってくるのだけれど、何か忘れ物でもしたのかしら?


 声をかけたけれど、何も言わずおっかない顔をしてじっと睨まれてしまった。


 見た事もない顔に迫力のある顔に驚いていると、何も言わず部屋に戻っていった。

 あんな顔をしてどうしたのかしら?


 お得意さんの事が頭によぎって手に仕事がつかない中、しばらくすると勢いよくお得意さんが二階から下りてきた。


 先程のおっかない顔ではなく、何かを決意したようなキリッとした顔になっていて胸がドキッとした。

 危なかったわ、後二十歳若かったら惚れてしてしまったかもしれない。


 先程私の事を睨んだ事がバツが悪かったのか、来月分の代金を支払うと突然言い出した。


 まだ月が変わったばかりなのに、嫌な予感がしてきた。

 これでお別れみたいなセリフだった。


 どうしたら良いのかしら? 


 ここで事情を聞いて止めるのも、何か違う気がするし。


 この子は冒険者で私は宿の女将。

 お得意さんを止める権利もないし、事情を聞くのも違う気がする。

 何かできる事はないかしら?


 とりあえずこの子がいつも羨ましそうに見ていた、店名物の牛肉入りのサンドイッチを渡してあげた。


 そしてちゃんと帰ってくる様に伝えた。


 お得意さんが店を出て行った後、何だが寂しい様な、少し誇らしいような気持ちになった。

 娘しか育てていないからわからないけれど、息子が独り立ちしたらこんな気持ちになるのかしら?


 お得意さんが出て行った後、店を開店すると急に街中騒ぎ出した。

 どうやらゴブリンの大群が街を襲っているらしい。 


 お得意さんのあの覚悟を決めた顔はこれかと気づいた。


 こうなると戦う事ができない私には祈る事しかできない。


 何もできない中ゴブリン達が無事退治されたという情報が街中で知れ渡り、街の領主が祝い酒として無料で配られて為いつも以上に忙しく働いていた。


 ただ騒いでいる人達の中にお得意さんがいなかった。


 働きながら所属している神ナギーへもう一度強く願う、どんな姿になっても良いから無事帰ってくる事を。


 そして帰ってきたら、もっと彼と話をして信じて味方になってあげようと。

 


 まさかその後願いが通じたが、帰ってきたお得意さんをすぐに追い返す事になるとは思いもしなかった。


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