第36話 エピローグ 弟子達の使命


『イフ……起き……クライフ、起きて!』


 ひんやりと柔らかいものに揺らされて目が覚めた。


「……シショー、オェ」


 見慣れたスライムが視界に入る。

 口の中に入った何かを吐き出し、ずぶ濡れの体を起こす。


『良かった、目が覚めた!』


「シショー、ここは?」


『どうやら西の平原みたいだね、クライフ、何があったの?』


 確かに見渡すと見覚えのある湖がある。


 どうやらあの洞窟に逃げ込んだ川は西の平原まで繋がっていたようだ。


 シショーは包まれていた為、何が起きたか分からなかったが湖についた時に包みが解けたようだ。


 簡単に今までの経緯をシショーに説明する。


 近くをウロウロすると、同じくこちらを探していたレベッカと合流する事ができた。


『うわ、マジでレベッカをテイムしちゃったみたいだね』


「やはりそうですか」


 信じたくなかったが、シショーの鑑定ならば間違いない。


『レベッカはリビングデットという種族だよ。カイガイドラマの名前みたいだけど新種だって』


 シショーワードは無視して、とりあえずシショーと会話できないレベッカに通訳する。


「リビングデッドで新種ですか、なんか格好いいね」


 という頓珍漢な感想を言って再び頭が痛くなってきた。


 既に日が沈んでいたので、頭痛を無視して急いで町へ帰る事にした。


 満身創痍だったが何とか町に到着でき、出てきた時と同様にシークレットブーツで壁を登りレベッカは紐を壁に吊して登って貰った。


 町に入れたので一旦レベッカと別れて宿へ戻る。


 町はあちらこちらで酔っ払いが騒いでまるでお祭りのようだ。


 ゴブリンキングの返り血と泥だらけの状態なので、なるべく人目がつかないようインザダークネス使って宿へ戻った。


「お客さん無事だったんだね」


 宿に入った瞬間に忙しそうにしている女将さんに出会った。


「はい、何とか」


「お客さん、無事戻ってきてくれて嬉しいけど、出てってくれるかな?」


「え!」


「お客さん……臭いよ」


 そういえば臭いゴブリンの洞窟を抜けただけではなく、匂い玉を二発も近くで発動している。

 強烈な匂いは湖の水では落ち切らなかったらしい。


 その後近くの井戸に行き、水浴びをして念入りに洗った。


 無事女将さんのチェックをクリアし、ベッドに倒れ込む。

 緊張の糸が完全に途切れ、本日三度目の意識を失った。



 翌日起きた時は既にお昼を過ぎていた。


 体はボロボロでベットから一歩も出たく無かったが、お腹から大きな音が鳴った。

 そう言えば昨日の昼に食べたサンドイッチ以来何も食べていない事を思い出し、だるい体にムチを打って食堂に向かう。

 

 食堂では床で寝ている酔っ払い達の合間を縫うように、女将さんが掃除をしている。


「あらお客さん、やっと起きたんかい?」


「ええ、この人達は、何かあったんですか?」


 昨日はそんな余裕がなかったので気づかなかったが、ここまで人が飲み潰れているのを初めて見た。


「何って、お客さんも昨日ゴブリン達と戦っていたんじゃないの?」


「何故それを?」


 余り物を食べながら、女将さんから昨日何があったか教えてて貰った。


 どうやらあの洞窟から出た大量のゴブリン達が町に攻めてきたらしい。


 街にいる騎士、神殿騎士、冒険者、傭兵達総がかりで戦ったとの事だ。

 

 無事防衛に成功し、領主の奢りで酒が配られ、町中で飲み潰れた人が大量に発生したようだ。


 腹も満たしたし、レベッカの泊まっている宿へ向かう。


「やっとマスター来た、遅いよ」


「ごめん」


「もう仕方ないですね、それでこの後どうするんですか?」


「この後?」


「忘れちゃったんですか、ボク死んじゃったけどこのまま町にいても大丈夫ですか?」


 そうだった、レベッカは死んでしまったんだった。

 どうするか、黙って隠し通すのも限界がある。


 シショーとレベッカと話をし、まずジュゼットさんに相談する事にした。

 命令違反がばれてしまうが、報告しない訳にもいかない。


 とりあえずレベッカはシショーと共にギルドの外で待機して貰った。


 おっかなびっくり冒険者ギルドを覗くとまだ飲んでいる冒険者達と、酔い潰れた冒険者と、忙しなく働き続けるギルドスタッフといつも以上に賑やかだ。


 奥に行くとジュゼットさんが忙しそうに指揮をとっている。


「お、良かった、生きておったか!」


 険しい顔をして指示を出しているジュゼットさんが、一瞬だけ朗らかな顔を見せる。


「はい何とか」


「そうか、悪いが手が離せんので、もしゴブリンの報奨金なら他の人から貰ってくれ」


「報奨金ではなくて、その相談がありまして」


「…………まずい話か」


「ええ、ちょっとまずいかもしれません」


 ジュゼットさんがこちらを見つめる。


「悪いがニール君、ここを任せますよ」


「マジですか、ジュゼットさん」


「いつまでも老人に頼っていてはいけない。

 ここは若い君達に任せた」


 悲壮感を漂わせているニールさんに心の中で謝罪し、ジュゼットさんと一緒にいつもの個室に入った。


 部屋に入ってからまずライフカードを差し出した。


 規則を破ってクロロ師範代を助けようとし、ゴブリンキングを討伐した事を伝えた。


 慌ててジュゼットさんがライフカードの討伐記録を確認する。


 流石のジュゼットさんも、Dランク冒険者がゴブリンキングを討伐した事は想定していなかったらしくかなり驚いていた。


 そして外にいるレベッカ達を呼んで、リビングデットとしてテイムしている事を伝えた。


 ジュゼットさんが鑑定用の眼鏡を取り出し、レベッカがリビングデットになっている事を確かめて貰った。


「君の事情はよくわかった、ただ年輩者として言わせて貰う。この大馬鹿もんが!」


 ゴブリンキングと同じぐらいの声量に頭がガンガンする。


「規則を破って一人でゴブリンキングに立ち向かうとは何事だね!」


 その後三十分程事情聴取+説教をされ、処分が降るまで宿で待機するように言われた。



 二日後に結果報告しに、ジュゼットさんがわざわざ泊まっている宿まで来てくれた。

 ジュゼットさんがギルドマスター達と話をつけてくれて、規則を破った罰としてゴブリンキング討伐の賞金の没収だけすんだ。


 ジュゼットさんの報告を聞いた後、レベッカを自分のテイムモンスターとして登録する為にテイマーギルドに向かう。


 ジュゼットさんが根回ししたおかげで、無事登録する事ができた。

 何も考えずに登録に行ったらネクロマンサー認定を受けてしまい、処刑されてしまうかもしれなかったらしい。

 本当にジュゼットさんには頭が上がらない。


「お、クライフか」


 テイマーギルドを出て冒険者ギルトに向かう途中でジーダさんに出会った。


「ジーダさん、それ」


 綺麗なスキンヘッドのジーダさんがにこやかな顔をしてこちらに近づく。


 ただその右腕の肘より先がなく包帯が巻かれていた。


「ああ、クロロ師範代に切られたよ、こりゃ双盾と名乗れないかな」


「え……」


「ひくな、ひくな大丈夫だから、ほら」


 無駄に明るいジーダさんが何か包みを見せてきた。


「切られた腕は残っているから、これから王都の神殿に行けば元に戻るさ」


「そうですか、良かったですね」


「それより聞いたぞ、ゴブリンキングを倒したんだってな」


「ええ、まぁ」


「あの時はすまなかった、クライフの実力を見誤っていた。

 そしてありがとう、クロロ師範代の仇を討ってくれて」


 年下のD級冒険者相手に腰を折って謝ってきた。


「やめてください、自分達が偶然討伐できたのも、ジーダさんが無理して洞窟にきてくれたおかげですよ」


「そうか、そう言って貰えると助かる」


 顔を上げてにっこり笑う。


「おいジーダ、そろそろいくぞ」


 ジーダさんのパーティーメンバーが声をかけてきた。


「おぅ、わかったすぐ行く。

 悪いな、急いで王都に行かないといけないんだ。

 遅くなると寄付金がとんでもなく上がっちまうからよ」


「そうですか、気をつけてください」


「…………すまんな、既にパーティーには無茶を言ってるから、もう我が儘を言えないんだ」


「え?」


 別れ際にジーダさん言った言葉の意味が、冒険者ギルドの掲示板を見た時にわかった。

 ギルドの掲示板に新たな討伐の依頼に明記があった。

 【C級アンデット討伐(クロロ=バイト=イヤー)報酬金貨二十枚】

 ゴブリンキングは倒したのに師範代はまだ解放されずにいた。


 すでに報奨金の高さに目が眩んだ何人かの冒険者達が師範代の討伐に向かったが、全員返り討ちにあったらしい。

 怪我人が多く出たが幸いにも死者はまだ出ていない。


 師範代はその場から動かず、近づいた人だけを攻撃するので簡単に逃げる事ができたのだ。


 その噂は圧倒いう間に広まり腕試し、度胸試し的に挑戦する輩が続出した。


 しかしそれもしばらくすると無くなり、そして誰もが忘れ始めた。


 冒険者ギルドは近づかなければ危険性はないと判断し、討伐依頼を撤回し師範代がいるエリアを進入禁止エリアに指定した。


 掲示板から依頼書が剥ぎ取られるのを、ただ見つめる事しかできなかった。



 数ヶ月後



 東の森の中を突き進む、月の光を頼りに何とか目的地につく事ができた。


 この先進入禁止と書かれたバリケードをシークレットブーツで飛び超える。


「マスター、遅いですよ」


「ああ、すまん」


 バリケードを超えた先で待っていたレベッカと合流した。


 レベッカと共に先に進むと目当てのアンデットがいた。


 小さな岩山の上で月の光を独占している。

 月を見上げるアンデットに神秘性を感じてしまう。


 しばらく遠くから眺めていたかったが、こちらに気づいたようだ。


「クロロ師範代、お待たせしました」


 近づき骨だけになった師範代に挨拶をする。


 肉が完全に無くなり、ボロボロの服を羽織っているアンデットがカチカチと口を合わせて音を立てる。


「そんなに怒らないでください、ボクのせいじゃないですよ。

 マスターが遅刻したせいです」


「レベッカ、何を言っているかわかるの?」


「全然、ただ何となくわかりません?」


「そうだね」


 再びカチカチとアンデットが音を立てる。


 多分いつもの繰り返す口調で皮肉を言っているのだろう。


「じゃあ、行きますよ師範代」


 そう言って刀を抜いてゆっくり距離を詰める。


 クロロ師範代が居合い切りを行う構えをした後、一瞬笑っているように見えた。



 月の光に差されながら、遅れた一方的な恩返しを始める。


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