第35話 師直伝の技
シークレットブーツをうまく使い緩急をつけて、ヒットアンドアウェイを繰り返している。
目の前に血だらけになったゴブリンキングがいるが、こちらも無傷という訳ではなかった。
ゴブリンキングはシークレットブーツを使って戦い始めると、途中から戦い方を変えた。
直接殴ろうとするのは変わらないが大きな鍾乳石を投げるのを辞め、地面から強引に抉り取った細かい石を広範囲に投げてくる戦法に切り替えていた。
クリーンヒットはないが何度か攻撃を喰らってしまい、こちらもボロボロだ。
ダメージを喰らう度に距離をとってポーションを使って回復している。
細かいダメージは与えられているがお互いに決め手にかけている。
長期戦は覚悟した方がいいのか?
嫌、邪魔者が入られても困る。
またゴブリンキングと戦い始めた時に考えた事と、同じ事を考えてしまった。
そういえば妹弟子のレベッカはどうしているのだろうか?
辺りを見渡した所、遠くでゴブリンジェネラルと戦っている。
多分ゴブリンキングの投石に巻き込まれるのを嫌がって距離を取ったのだろう。
よし、決まった。
殴りかかろうとするゴブリンキングを避けて、闇の精霊月夜のインザダークネスを木刀に込めて投げる。
ゴブリンキングは当たる直前に片手で木刀を弾いた。
その隙に死角に回り込む。
シークレットブーツで高く土を積み上げ、頂点に達する瞬間に解除する。
土が積み上がった勢いにより高く跳び上がり、ゴブリンキングを上から奇襲できた。
ゴブリンキングもまさか小さなヒューマンに、上から攻撃されると思わなかったらしく無防備なゴブリンの額に大きな傷をつける事ができた。
ゴブリンキングは額から出血し、手で押さえて驚いている。
隙だらけだったがあえて攻撃せず、シークレットブーツを使い、高速でその場から離れレベッカの元へ行く。
レベッカは体格差を物ともせずに剣と刀の二刀流で、一度負けたゴブリンジェネラルと互角以上に戦っているように見えた。
ゴブリンジェネラルの後ろから近づき、鎧で覆われていない首元を狙った。
途中でこちらの存在に気づいたゴブリンジェネラルは紙一重で自分の攻撃を躱した。しかしレベッカが剣で追撃し、ゴブリンジェネラルが勢いよく背中から地面に転倒した。
起き上がろうとするゴブリンジェネラルの喉仏に刀を刺し、止めを刺す事ができた。
「マスターいきなり来て、美味しい所持って行かないでくださいよ」
「え、ごめん」
助けたつもりだったが、まさか文句を言われると夢にも思わなかった。
「仕方がないですね、じゃあ今度は美味しい所は譲ってくださいね」
レベッカは可愛らしく笑いながらこちらにウィンクをしてきた。
「ああ、了解」
曖昧な返事をして向かってくるゴブリンキングを迎える。
少しずつ間合いを調整しながら、レベッカと前後に挟むような陣形に持ち込む。
ゴブリンキングは二体一になった影響か責めてこず、こちらの様子を窺っている。
睨み合っていても事が進まないので、今まで通りシークレットブーツで死角に回り込んで攻撃を加える。
ゴブリンキングは避けようとも守ろうともせず、自分の攻撃を受けながらこちらへ捨て身の攻撃をしてきた。
危ないと思ったが、ゴブリンキングの攻撃の軌道が突如それた。
慌ててシークレットブーツでその場から逃げる。
レベッカを見ると刀で居合い斬りをする体勢だ。
「マスター援護は任せてください。
クロロ師範代程とは言いませんが、ボクも居合い斬りを飛ばせますから」
どうやらレベッカが居合い斬りの斬撃を飛ばして助けてくれたみたいだ。
自分がメインで責めて、レベッカが補助としてゴブリンキングの攻撃を阻害してくれる。
初めて一緒に戦ったが同じ師の元で学んだ事もあってか、予想以上にうまく連携が取れる。
先程一人で戦っていた時と比べて圧倒的に安定感がある。
5分間程一方的に攻撃するとゴブリンキングが呼吸するの辛そうな程傷だらけになり、ゴブリンキングが豪快に音を立てて倒れ込んだ。
ついに倒したかと思った時ゴブリンキングが大声を出し、おもちゃを欲しがる子供がだだをこねるように地面を殴り始めた。
レベッカと共にあっけに捉えていると、ゴブリンキングは立ち上がり壁に向かって走っていき壁を殴り始めた。
最初は逃げ出したのかと思ったが再び別の壁に向かっていき殴り他の壁に向かって大きな鍾乳石を投げ始めた。
「マスター、やばいかもよ」
いつの間にか近づいていたレベッカが天井を見上げている。
自分も見上げると上から鍾乳石が落ち始めている。
「あのゴブリンの王様、ボク達と一緒に生き埋めになるつもりですかね」
「マジで、自爆という事?」
「どうですかね。
生き埋めになっても生き残る自信があるのかな?
早く止めた刺した方が良いですよ」
「あれを、どうやって?」
やみくもに暴れ回るゴブリンキングに近づくだけも恐ろしい。
「仕方がないですね、じゃあマスターに見せて驚かせようと思った必殺技がありますから、マスターはどうにかあの王様を一瞬でいいので無防備にしてください」
「あ、ああ」
流れで同意してしまったが、どうやって暴れ回るゴブリンキングの動きを止めるか?
迂闊に近づく事もできない、とりあえずこれ以上壁を壊されては困るので注意を引きつけなくてはいけない。
「おい、ゴブリンキング!」
ある程度近づきできる限り大きな声をかけるが、変わらず暴れている。
「おい、暴れるな木偶の坊!」
もう少し近づいて大声を出すが振り向きもしない。
「こっちを見ろ、この馬鹿息子!」
最大限の声を出してみると、ゴブリンキングが暴れていた手を止めて振り返ってきた。
よし、狙い通りこちらに意識を向ける事ができた。
じっと睨み合っていたが思い切って目線を切る。
そして刀をしまう。
両手で手の平を返して大きくストレッチをしながら、悠然とゴブリンキングに近づく。
ゴブリンキングが戸惑っているのが手に取るようにわかる。
友人に話しかけるかのように、親しげに手を挙げる。
正気戻ったゴブリンキングが、慌てて殴ってきたがギリギリで当たらない。
無造作に歩いているように見せて、クロロ流歩術でゴブリンキングに間合いを勘違いさせていた。
一直線にゴブリンキングまでシークレットブーツを発動して、ガラ空きの顎に向かってクロロ師範代直伝の掌底をぶちかます。
脳が揺れたゴブリンキングは片膝を地面に着く。
小さなヒューマンの掌底でもピンポイントにカウンター気味で顎へぶつければ、ゴブリンキングとはいえ立つ事ができない。
「マスター屈んで!」
レベッカの声を聞いてシークレットブーツを解除して、慌てて地面に屈む。
自分の上を二つの高速の斬撃が飛んでいる。
肉が切れる嫌な音と共にゴブリンキングの首が転がり、自分にゴブリンキングの返り血が降り注いでくる。
時間差で倒れる巨体を見ながら息を吐く。
勝てた、生き残れた。
思わずゴブリンの血が広がった地面に腰を落とした。
「マスターどうですかボクの必殺技は?」
脱力し切っている自分の所に、レベッカが褒めてと言わんばかりに駆け寄ってくる。
「…………ああ、すごいね。あれ居合斬り?」
「そうなんです、ボクのオリジナルの必殺技です。
剣と刀で同時に居合い斬りして、二つの斬撃でハサミの要領でバッサリ切断します」
あのゴブリンキングの首を断ち切る程の威力はとんでもない。
自分に見せようと思うとか言っていたような気がするが、まさかまた不意打ちするつもりだったとかではないよね?
「ただ弱点として、しばらく両手がろくに使えないけどね」
内出血で真っ赤になっている両腕を嬉しそうに見せてくる。
「うわ、大丈夫なの?」
「どうなんですかね、死んでも回復できるんですかね?」
そうだった、レベッカは死んでいるんだった。
改めてその現実に立ち向かわないといけない。
肩をがっくり落としてシショーを拾いにトボトボ歩いていると、カタカタと洞窟が音を立てて揺れ始め、目の前に大きな鍾乳石が落ちてきた。
それを皮切りに次々と他の鍾乳石も落ち始める。
やばい、脱出しなくては。
落ち着きをとり始めた心に再び緊急事態モードにする。
シショーを拾い、落ちてくる鍾乳石を避けながら走り出す。
上から次々に大きな鍾乳石が雪崩のように連鎖的に落ち始めた。
避けきれないと思い、咄嗟にレベッカと共に川へ飛び込む。
思った以上に深く、そして想像以上に水の勢いが強くあっという間に流された。
水の流れに身を任せ、いつの間にか意識が無くなった。
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