第33話 閑話 自分探しをする女性 レベッカ


 いざ死んでみると、ああ死んじゃった。

 

 それぐらいの感想しかなかった。


 もちろん、死にたくなかったし、死ぬ程怖かったし、死ぬ程痛かった。


 でも初めて死んでみると後悔もなければ未練もなかった。


 こうやって人生を振り返ってみると、常に偽り続けた人生だったな。


 初めて会った人に自己紹介する時から商家の出身と嘘をついていた。

 実を言うと、今は捨てたがミドルネームがある貴族出身だった。

 あれやこれやと色々聞かれたり、面倒なお願い事をされたりしたくなかったので商人の娘と嘘をついていた。


 五歳の時に母親が死んだ、その時によく遊びに来ていたおじさんが父親であるという事と、その人が貴族だと知った。


 小さいながらも父親がいないのにそれなりの暮らしができたのは、援助を貰えたからと冷静に納得できた。


 どうやら母親が亡くなった時に本妻にばれたらしい。

 父が引き取りにやってきて平民の暮らしから、いきなり貴族の生活に入る羽目になった。


 戸惑いながらも貴族達の世界で生き残る為に、皆に気に入られる事を強いられた。

 特に本家の奥様と腹違いの兄と姉に気に入られるようにしないといけなかった。


 気に入られる為には、程よく有能だけれど地位を脅かされるライバルと思われては駄目だ。

 何か良い弱点はできないかと思い、人前に出るとすぐに熱が出る設定にしてみた。

 式典やパーティー等で人前に出る事が多い貴族としては致命的な欠点だ。


 その欠点のおかげもあってうまく皆に愛され可愛がられたと思う。


 そんな感じでうまく生きてきたが、ある日いつも通り皆の機嫌をとりながら笑っていた時に、ふと自分の姿を鏡で見てしまった。


 その時映っている姿が全て偽物であるような気がし、何か全てがどうでもよくなかった。


 色々な人に引き止められながらも適当な理由をつけて、貴族としての名を捨てて生きて行く事にした。

 女一人で生きていくには冒険者になるか、娼婦になるか、盗人になるぐらいしか選択肢がなかったのでとりあえず冒険者を選んだ。


 あちらこちらを放浪しながら生活が続いたある日、浮浪者が酔っ払いに達に絡まれているのに遭遇した。

 人を常に馬鹿にするような態度と発言にイライラした酔っ払いがついに手を出してしまったが、浮浪者が酔っ払いの攻撃を躱しカウンターで掌底を喰らわしている。


 他の酔っ払い達がナイフを取り出したが、笑いながら浮浪者を出迎えている。

 途中逃げようとする酔っ払い達を笑いながら追いかけている姿は、どちらが悪者なのかはわからない。


 店員に聞くと浮浪者と思った人物があの有名なクロロ=バイト=イヤーだと知った。

 絵本にも登場する有名な人がこんな姿だとは。



 自分の中で何かが動いた音がした。



 あの浮浪者には異質さがあった、まるでこの現実にいない、この人だけ別の世界の住人なのではないかと思う存在感が違和感があった。


 何もかも捨てたのはこの人に会う為だったのではないか?


 もっと近くでいれば何か新しいものが開くのではないかという淡い期待の元、クロロ師範代に弟子入りを志願した。


 別に近くで観察する事ができればいいだけなので友達になるとかでも良かったが、年齢差がある為弟子になるのが一番自然だと思った。


 家や通っている居酒屋の前をストーカーのように出待ちをした。


 あらゆる手を使い弟子入りを志願し、最後には色仕掛けをしたが全く駄目だった。


「弟子を取るのはもう辞めた」


「弟子を育てるのはもうこりた」


「私に人に育てる才能はない」


「私があなたの相手をしている程暇じゃない」


「あなたに興味がない」


 当初は様々な事を言われたが、三ヶ月も過ぎた頃からずっと無視され続けた。


「クロロ師範代、お疲れ様です」


 弟子入りを志願してから三年ぐらい立った頃、いつも通り家の前で出待ちをする。


「…………」


 師範代は通常通り無視してドアノブに手をかけたが、途中で止まりこちらを振り返った。


「もう何なんですか、あなた。本当にしつこい、諦めが悪いですね。

 何で私に弟子入りしたいのですか?

 他にもいくらでも学べる相手がいるでしょ」


 口をへの字に曲げながら久しぶりに声をかけてきた。


「初めて人に興味を持ちました」


 歯の浮くような台詞を準備していたが久しぶりに声をかけられ動揺してしまい、つい本音でしゃべってしまった。


「…………はぁ、参りました、負けました、明日から来なさい」


「マジで、よっしゃー」


 思わず深夜の住宅地のど真ん中で大声をあげてガッツボーズをとった。


 それからクロロ師範代の元で色々な修行を行った。


 普段の生活含めて利き腕を使うのを封じられたり、細い丸太の上をひたすら走ったり等、効果が予想できそうなものから、クロロ師範代の家の掃除や師範代のお店の店員になってオーダーを取ったり、調理したりなど単なる雑用と思えるもの等様々だ。


 それでも師範代の近くにいるだけでそれなり満足だった。

 ただ修行がうまくいっても、うまくいかなくても「つまらないですね、天才さんならもっと」と言われ続けていた。


 どうやら天才さんというのが卒業した兄弟子らしい。


 嫉妬なんかはしなかったが、クロロ師範代がここまで言う人に少しだけ興味が湧いた。


「シッソさん、今日はここまです、この後飲みに行きます」


 終始機嫌が良さそうだったので、何かあるとは思っていたが飲み会があったのか。


「わかりました」


 わざわざ弟子のボクに飲みに行くと言うのは「潰れるまで飲むかもしれないから、いいタイミングで迎えに来い」と言う事だ。


 今まで何度も潰れてしまった師範代を迎えに行っている。


 時間を見計って迎えに行くと、案の定見事に潰れて知らない男に肩を貸して貰っていた。


 男性にお礼を伝えて、師範代を家まで連れて行った。


 翌日一緒にいた人が例の天才さんだという事を教えてくれた。

 あの人が天才さんなのか、しまった見逃してしまった。


 もっと会話をすればよかったと後悔していたが、意外にも早く再会できた。

 バイト先であの天才さん、兄弟子がやってきた。


 向こうは気づいていないようだっで改めて自己紹介をした。


 それから兄弟子が親方を怒らせた後、精霊使いというのを証明し、しかも異邦人のスライムも紹介してきた。


 何だこの兄弟子は。


 たぶんクロロ師範代に出会った時と同じぐらい興奮している。

 もっと話を聞きたかったが逃げられてしまった。


「ではシッソさん、天才さんと勝負、試してみませんか?」


 兄弟子に出会った事を師範代に報告すると、見た事もない悪魔的な笑顔で誘ってきた。


 そしてその悪魔のお誘いに乗る事にした。


 師範代から言われたのは不意打ちで居合い斬りをしてみて、兄弟子が避けられるかどうか試してみるという事だ。


 決行の日、嘘泣きをしてから絶対に避け切らないと思うエリアまで兄弟子を近づけてから居合い斬りをした。


 やばい、殺しちゃったと思ったが、いつの間にか兄弟子が遠く離れた場所にいた。


 どうやって躱したのか想像がつかない。


 ますます兄弟子に興味が湧いた。


 それから師範代が現れ言われた通り仕方なく町に戻ったが、師範代が町に戻ってきたので森に戻るとボロボロの兄弟子がいた。


 クロロ師範代の芸術的な手加減で、後遺症にはならない一歩手前だと思う。


 ポーションをかけて包帯にグルグルに巻いて泊まっている宿で寝かせた。


 少しだけ異世界からきたスライムと話をしたが、文字の一覧表を作って会話したせいかスムーズに会話できず、あまりワクワクしなかった。

 やっぱり直接兄弟子と話をしてみたい。


 残念ながら翌日からクロロ師範代と東の森の調査依頼に同行する事になっていた。


 師範代と何日も調査を重ねてゴブリンだらけの洞窟をようやく見つけた。


 ゴブリンの王様を見つける所まではうまくいったけれど、師範代が最悪のタイミングで心臓発作が起きてしまいボクも死んでしまった。


 それから体を操られ、夢を見ているようだった。


 兄弟子と戦っていく中で、少しずつ意識がはっきりしてきた。


 そして殴られた瞬間、急激に意識が鮮明になって現世に戻っていた。


 兄弟子と何か繋がりを感じ、テイムさた事に気づいた。


 こんな事が起きるなんて夢にも思わなかった。

 兄弟子に無理を言って、ゴブリンジェネラルと戦わせて貰っているが全然怖くない。


 死んだから守る物がない強さか?


 戦闘中という事もあってもう興奮が止まらない。油断すると鼻血が出そうなくらいだ。


 これからマスターになった兄弟子といれば間違いなくドキドキするような楽しい人生が待っている。


 その為にボクは生まれてきたに違いない、そう確信できた。



 まぁ、もう死んじゃったけどね。


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