第32話 理不尽なゲーム
「ああオ恥ずカしい。
すミませン、本能と言うのハ理性で抑えるノは難しいですネ」
王が目を手で押さえつけて、首を振る。
「そこデ私を産んデくれタ父にチャンスを差し上げまス。
こレからレベッカ君と戦ってもラいます。
ただ戦うだけだト、父が普通に勝ちソうなので、ハンデとして武具をあそコに置きまシた」
王が差す方を見つめると、壁際に自分の刀と木刀そしてシショーが入っている鞄がある。
「シショー!」
「大丈夫ですヨ、あノ変なスライムは無事デす。
父との会話を邪魔しテ貰いたくなイので袋で閉じ込めました」
遠くて確認できないが、とりあえず王の言う事を信じよう。
「父が生き残ルには、レベッカ君の攻撃ヲ凌いで刀を取りレベッカ君をやっツける、もしクはジーダ君が来るまデ生き残る事」
何がゲームだ、難易度が高すぎるだろ。
武器なしでフル装備の妹弟子に勝つなんてまず無理だ。
「でハよロしいですネ、ゲームスタートでス」
杖が再び鈍く光った。
「ああああ!」
女性らしからぬ、野太い声が聞こえた。
すごい形相で剣を振り上げ、力任せのあれ狂った攻撃をしてくる。
大振りな為、何とか避ける事ができた。
「レベッカ、しっかり!」
ダメもとで声をかけてみたが、小さく低い声で唸っているだけでリアクションがない。
焦点の合っていない目と涎をたらしながら口を半開きにしている姿には、理性を感じらない。
再び一直線にこちらに向かって走り、剣を大きく振るってくる。
雑な攻撃なので避けられるが、このままではいずれ捕まる。
ポーチから解体用のナイフを取り出した。妹弟子の重い長剣に対して何とも心許ない。
何か使えるのは他にないのか、ポーチにある道具だとポーションぐらいか?
大振りの攻撃を避けては距離を空けるというのを何度か繰り返すと、妹弟子のだらしなく開いていた口が閉じ、立つ姿勢、重心が洗練された構えに変わってきた。
自分の中で警鐘の鐘の音がより強く鳴る。
妹弟子が距離をジリジリと詰め、微調整しながら剣を振るい始めた。
今まで大振りの単発だったが、次の攻撃を考えたコンビレーションに切り替わる。
ナイフを使い何とか方向をそらして、致命傷だけを避けるのに全勢力を尽くす。
六回目の攻撃をそらした時、安物のナイフは耐えきれなくなり根本を残して砕けた。
妹弟子から容赦ない攻撃に咄嗟に腕を上げた。
小手と剣がぶつりキーンと甲高い音が響く。
何とか致命傷を防ぐ事ができたが、剣の勢いに負け飛ばされて尻餅をついてしまった。
妹弟子が剣を振り上げて迫ってくる。
隙だらけの自分を妹弟子は見逃してくれそうにない。
手が痺れているが、ヤケクソ気味にポーチから臭い玉を取り出し投げつける。
妹弟子は咄嗟に剣で叩き落とす。
即座に強烈な匂いが充満する。
しかし妹弟子は表情を変えずにこちらに近づく。
死んでいるのだから強烈な匂いなんて効く訳がない。
むしろ近くで発した鼻がもげるような悪臭にこちらがダメージを喰らってしまった。
「くそ!」
もう一つ匂い玉を投げた。
効かないとわかっているのか、妹弟子は避けようともしなかった。
妹弟子の胸元に匂い玉が当たり、視界が黄色い煙で覆われる。
以前ルフトから購入した色付きの匂い玉が炸裂した。
最初に色付きのを投げたつもりだったが、間違えて安い色なしを投げてしまった。
色なしの匂い玉はレベッカの手前で弾かれてしまったが、色付きは無警戒の妹弟子の胸元に当たったので結果オーライだ。
立ち上がり妹弟子の顔目がけて思いっきり殴った。
煙幕のせいでこちらもよく見えなかったので、適当に殴ったが思いの外手応えを感じる事ができた。
妹弟子は豪快に吹っ飛んで壁にぶつかった。
その隙に刀まで無事到着できた。
シショーの入った鞄を地面に置き、腰に木刀と刀を差し刀を抜く。
本当はシショーが無事かどうか確認したいが、我慢して妹弟子をじっと見つめる。
「…………くっさ!」
壁際で微動だにしなかった妹弟子が、突然自分の匂いを嗅いでしゃべり出した。
「レベッカ?」
「あれ、先輩どうしたんすか?」
理性なく唸っていた妹弟子は目の焦点が戻り、いつもの可憐な妹弟子に戻っている。
「そんな馬鹿な!」
先程まで笑いながら観戦していた王が慌てて杖を振るい、何か魔法を唱えている。
「契約ガ解かれていル……父ヨ、一体何をした」
王が呆然とした表情で自分を見つめている。
何をしたって、自分なのか?
「先輩とゴブリンの王様?
そっか思い出した。
ボク、師範代と一緒に洞窟に来て死んじゃって、ゴブリンの王様に操られたんだっけ。
その後先輩に殴られた影響で先輩にテイムされたみたいですね」
「え?」
「え?」
自分と王が同時に驚きの言葉を上げた。
混乱して状況が掴めない自分と王をよそに、とうの本人であるレベッカが落ち着いている状況を整理している。
「……テイムって、レベッカを?」
「はい。よろしくお願いしますマスター!」
可愛らしく言う妹弟子を見ていると、急激にこめかみが痛くなる。
そう言えばシショーにテイマーだけではなく、ネクロマンサーの素質があるとか不吉な事を言われたな。
「さすガ、父上。
もう笑うシかありませんね」
王の甲高い笑い声が洞窟で響いた。
「ゴブリンの王様さん、笑っている場合ですか。
二体一、形勢逆転ですよ」
妹弟子が自分に近づき、武器を王に向けて格好よく挑発する。
「そうですネ、レベッカ君ノ言う通り笑ってイる場合ではありませんネ、私モ援軍を呼バせて貰イましょう」
そう言って力強く杖を地面に叩くと、奥から大きなゴブリンがドシドシと音を立てながら走ってきた。
誰から奪ったのだろうか、兜、鎧、盾、剣と完全武装している。
「ゴブリンジェネラル」
レベッカがやってきたゴブリンが名前しか聞いた事がない、高ランクモンスターであるという事を教えてくれた。
「……マスター、あれ貰っていいですか?
自分の敵討ちしてみたくなりました」
妹弟子が新しいおもちゃを見つけた子供のようにおねだりをしてきた。
「え、どうぞ」
自分の敵討ちってようはリベンジマッチか、止める理由はないので遠慮なく譲った。
「そうですカ、そうなりますト父上が私の相手ヲして頂けますカ?」
嬉しそうに王が尋ねる。
「そ、そうなりますか」
「どうやら、レベッカ君を取らレたのはネクロマンサーとしての実力が足りなかったようですネ。
このままネクロマンサーとして戦うト、クロロ君の方にも影響がでそうなのデ大変不本意ですガこちらの王としテ相手いたしまス」
そう言うと大きな叫び声を上げ、服をビリビリと破りながらが王が膨れ上がる。
ゴブリンジェネラルよりも二回りは大きく、最低でも3mは優に超えた。
大事そうにしていた杖を放り投げ荒い息づかいでこちらを見下ろしている。
「父さん、こんな形で息子の成長を見たくなかったな」
物語の主人公のような冗談を言ってみたが、ゴブリンキングには通じず、奇声を発しながら殴ってきた。
全力で避け、代わりに避けた先にあった鍾乳石がバキバキに砕ける。
もし避け損ったら自分の背骨があの鍾乳石のようになるだろう。
状況分析をしてみよう。
パーティーメンバーの妹弟子のレベッカは、ゴブリンジェネラルとリベンジマッチ中。
シショーは遠く離れた場所で包まれて停止中。
勝利条件はこの自分の倍近く成長したゴブリンキングに勝つ事。
もしくはジーダさん達がやってくるまで生き残る事。
ただしジーダさんも、クロロ師範代と戦っているからすぐには来られない可能性が高い。
それどころかクロロ師範代がジーダさん達に勝つ可能性もある。
そうなったらもうゲームオーバーだ。
レベッカが相手しているゴブリンジェネラルだって生前は殺された相手だ、勝てる可能性の方が低いだろう。
クロロ師範代もしくはゴブリンジェネラルがやってきたらもう逃げ道はない。
つまり確実に生き残るには敵の援軍がくる前に、この大きく成長した息子をやっつける必要性がある。
簡単に言ってくれるな。
マジかよ、ここまで絶望的な状況だと逆に笑えてくる。
ただ先程まで感じていた、纏わりつくような恐怖心はなく、これからの戦いに何故か興奮を覚えていた。
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