第31話 二つの王


「父ヨ……父ヨ……お目覚メくださイ」


 聞き慣れないダミ声に意識が覚醒させられる。


「お目覚メですカ」


 見上げると、ぼやける視界に一匹の見慣れぬゴブリンが映った。


 慌てて距離を取ろうとするが両腕、両足を縄で縛られて動く事ができない。

 唯一動かせる首を動かしゴブリンに意識を向けつつ、この危機的状況に急ピッチで頭を働かせる。


 先程までいたゴブリンの洞窟から移動している。ゴブリンの洞窟は薄暗く、ジメジメした土っぽい洞窟だったが、ここはひんやりとした固く冷たく石っぽい感触が顎に伝わる。


 天井や床から鍾乳石が伸びている、どうやら鍾乳洞に連れ込まれたようだ。


 天井に穴が空いているのかゴブリンの巣より圧倒的に明るく、楽に視界が確保できる。


 水の流れる音がするのでどこかに川があるのだろう。


 心地の良く澄んだ空気が流れている。


 目の前にゴブリンがいなければ、神聖な場所に感じられたかもしれない。


「レベッカ!」


 ゴブリンの後ろに、妹弟子が無表情で立っているのが見えた。


 首を振り見える範囲には、ゴブリンと妹弟子しかいない。


「シショー」


 小声で呼びかけたが返事が返ってこない、無事だろうか心配だ。


「父ヨ、窮屈ナ思いヲさせて、申し訳ありませン」


「お前は、何だ」


 今の自分の状況も、この場所も、妹弟子の事も、ショショーの事も気になるが、何よりもこの異質なゴブリンが気になる。


 普通のゴブリンより長い耳に、片耳だけ小さなピアスを三つ付けている。ローブを羽織ってゴブリンの倍以上に大きな杖を握っている。


 そして何より、聞きづらいがヒューマンの言葉を喋っている。


 シショーが話す念話ではなく、ゴブリンがヒューマンの言葉を口から喋っている。


「父ヨ、申し遅レましタ、私はここの主人、ゴブリンの王にしテ、死の王、王の中ノ王でございまス」


「な…………」


「聞キ辛イ声デ申し訳ありませン。

 一生懸命練習しタのですガ、何分ヒューマンの言葉はゴブリンには少シ難しいみたいでス」


 そう言うゴブリンの顔は何か誇らしげに見えた。


「父モ色々と驚いテいらっしゃルと思いまス、何でも聞いてクださイ。

 何でモお答えしまス、その為ニ練習しましタ」


「……父って何だ」


 最初の質問として、恐らく不正解なのだろう。


 ただ、このゴブリンに父と呼ばれる事に我慢できなかった。


「誰ガ何と言おうト、私ニとって貴方様ハ父ですかラ。

 貴方様のおかげデ生まれる事ができましタ」


「おかげ、何を言っている」


「ゴブリンキングはゴブリンの数ガ極端に減っタ時だけ生まレまス。

 父ガ多くノゴブリンを殺シ、ゴブリンの数ガ極端に減った事にヨって、ゴブリンの王タる私ガ生まれましタ」


「お前が王だと」


 先程から何度も王と自称している。この小さななりでゴブリンキングだと?


「見せた方ガ早いでしょ」


 ゴブリンが杖をこんと地面を叩く。


 杖と地面が触れる瞬間、鈍い光を発する。


 注意深く辺りを見ていると遠くから大勢が移動する足音と、ゴブリン特有の浅く荒い呼吸が聞こえ始めた。


 ゴブリン達が視界に入り始め、見える範囲一面にゴブリンで埋まる。


 そのゴブリン達は長年相手していたいつものゴブリンと違った。


 肋が浮き出てくるほどガリガリで背が高い者、体がドワーフ以上に樽状の大きい者、目の前のゴブリンのようにローブを羽織っている者、肌色が赤い者、緑色の者、頭が二つある者等、見た事がない奇妙な者が多い。


 皆例外なく小さく唸りながら瞳に殺意を込めて、こちらを見つめている。


 全方位からの殺意に脂汗が止まらず、縛られている事を忘れて無意識にもがいてしまう。


「父ヨ、これデ私がゴブリンの王、ゴブリンキングであル事がわかって頂けタでしょうカ。

 もういいゾ下がレ……下がれ……下ガレ!」


 中々下がらない事にイライラしたゴブリンの王が犬歯を剥き出しにして威嚇すると、不満を表しながらもゴブリン達が王を除いて去っていく。


「申し訳ありませン、やはリ父への恨みが強ク、絶対的なはずノ私の命令ヲ逆らってしまいましタ」


 感じた事のない殺意によって、異様に口の中がパサつく。


「御無礼をお許シくださイ。

 あそコにいたゴブリンで父ニ家族ヲ、恋人ヲ、親友ヲ殺さレました。

 あノ中デ父に愛する者ヲ殺されていなイ遺族は一人モいません」


 考えた事もないが、多くのゴブリンを殺し続けた自分はゴブリンにとって絶対に許す事ができない相手なのかもしれない。


「そしテ私ハたダのゴブリンキングでハありませン。

 濃密ナ恨みガ父一人ダけに集まリ、怒リが怨念ガ形になって私に新たナる力、魂ヲ従えル力ガ宿りましタ。

 そレによりゴブリンキングだケでなク新たナ王を名乗レる奇跡ガ起キましタ。

 それガ死ノ王ノーライフキング、ヒューマンで言ウとネクロマンサーと言っタ方がわかリますカ」


「ネクロマンサー……という事はレベッカは」


「そうでス、今でハ私の忠実な部下でス」


 王が指を鳴らすと、妹弟子がその場で崩れ落ちた。


「レベッカ!」


「大丈夫です、魂ヲ抜いただけです。ただコウするト」


 再び指を鳴らすと、レベッカが何事もなかったように立ち上がった。


「ご理解イただけましか、そこデ父にもう一人紹介しタい人がいます」


 再び杖で地面を叩くと、徐々に遠くから誰かが歩く音が聞こえた。


 片足だけ地面を擦るような聞き馴染みのある音と、そのリズムに嫌な予感がした。


「……クロロ師範代」


 見上げた先には無表情のクロロ師範代がいた。

 間に合わなかった。


「父ヨ悲しまないデくださイ。

 父が遅かった所為デはありませン。

 父がジーダ君に断レるずっト前、二人共亡くなっテいましたかラ」


「…………ずっと前だと?」


「そうデす、クロロ君達がココに来た一週間前、あノ時ハ本当に焦りましタ。

 ジェネラルゴブリンが四匹モいたのに今でハ残り一匹なっテしまいまシた。

 私ガ苦し紛レに放ったカーストの魔法ガ効いタみたいデ、突然心臓を抑えて苦しみ出しましタ」


 呪いの魔法が持病持ちのクロロ師範代に、クリティカルヒットしてしまったようだ。


「隙だラけになっタ所デ倒せまシた。

 レベッカ君モ頑張ったけどジェネラルゴブリンには太刀打ちはできなく、二人とモ部下になりましタ。

 そノ後クロロ君にお願いしテ救助依頼ヲしましタ。

 死んだ後デも依頼デきるんでスね」


「何が目的だ」


 この王がここまでして救助依頼を、しかも二度も出す意味がわからない。


 わざわざ危険なモンスター達がここにいると知らせているのだ。

 冒険者を集めてこの巣で一網打尽にでもするのか?


「目的? 

 それハもちろン父に会う事デす」


「会う為に?」


「そうでス、ただそノ一心です。

 父が西の平原に行ってしまい、お会イするチャンスを失っテしまいました、来て頂けるかどうカ半ば博打でしたガ、無事会う事ができましタ」


「たったそれだけの為に」


「そうでス、子が父ニ会ってみたイと思うのは当然でハ?

 父ト出会う為ニ多くのゴブリン達ハ邪魔ニなりそうなノで、洞窟かラ出ていって貰いましタ」


 王が実に嬉しそうにしている、本当に自分に会うだけの為にこんな事をしたのか?


 王は笑顔から一転、真顔になり突然洞窟の天井を見上げた。

 カタカタと硬い鍾乳石同士がぶつかり合う音と、地面から僅かに振動が伝わってきた。


「残念ながラ父よ、あまり時間はないようでス。

 ジーダさん達ガやってきマした、無事パーティーのメンバーガ集まレたみたいですね」


「ジーダさん……何故それを?」


「父ヨ、お忘レですか? 

 私は死の王ノーライフキングですヨ。

 霊を使えバ情報を集めルのはとても簡単でス」


 王が杖についたクリスタルを大事そうに磨きながら語っている。

 そうか王がやたらとこちらの事詳しく、ジーダさんに断られたのも知っていたのは霊を使ってこちらを観察していたのか。

 


「もうすぐこコへ来そうナ勢いですネ、さスがはB級パーティー、上級ゴブリン達でハ相手になりませんね。

 クロロ君、悪いけドあそこニ行って、近づく人ハみんな切ってくれル」


 王がクロロ師範代にお願いする際、杖が再び鈍い光を放った。

 クロロ師範代は返事もせずに、びっこを引きながら洞窟の奥へ消えていった。


「今の私に実力ガ足りないので、クロロ君トは無理矢理に魔法デ契約しテ貰マした。

 そノ所為で単純なお願い事しか聞いテくれなイのでス。

 なのデ細かい事はレベッカ君にお願いしていまス。

 デはレベッカ君、予定通リ準備してくれルかな?」


 妹弟子が剣を抜き、自分の後ろに回り込んできた。


 殺されると思いジタバタしたが、妹弟子は動けないように自分の頭を地面に押さえつけた。


 やばいと思ったが妹弟子は自分を拘束していた縄を解いた。


 慌てて立ち上がり、王と妹弟子から距離をとる。


 手首を擦りながら足で地面の感触を調べる。

 縛られた影響か若干痺れているだけで、普通に動けそうだ。


 刀や木刀はないが、腰につけている道具を入れているウエストポーチはある。

 上から触ってみると、ポーションや臭い玉等の道具もそのままみたいだ。


「我が魔力に応じ、ひとすくいの水よ集え」


 王から目線を外さずに手の平をコップ代わりにして、唯一使える生活魔法のワンカップを唱えて少量の水を飲み込んで渇きを癒やす。


「どういうつもりだ」


 自分の詠唱を、余裕持って待っていた王に尋ねる。


「ゲームをしまシょう」


「ゲーム?」


「はい、本当ハこのまま父を返したい気持ちデ一杯なのですガ、残念ながラ私もゴブリンなので父ヲ殺したい気持チは隠シれません」


 知性を感じていた目元が獰猛なモンスターの目に変わり、強烈な殺意を向けられ数秒呼吸が止まり、背中からどっと汗がでた。


 小さな体と丁寧な言葉を使っているがこのゴブリンはゴブリンキングだ。


 

 どうやら目の前の小さなモンスターが遙かに格上なモンスターだという事を忘れていたようだ。


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