第30話 閑話 スライムになった異邦人 シショー


 目が覚めると見知らぬ森の中にいた。

 

 物理的に視界が今までの倍以上に広く、そして視点が引く地面がやたらに近い。

 

 見慣れない視野に混乱し体を動かしてみると、妙に遅く、うまく動けない。

 

 もがいている時に自分の体が視界に写り、思考がショートした。


 ベタベタな粘液性の高い半透明な緑色の物体になっている。

 

 現実を受け入れる事ができず、スライムに転生した事を認めるのに結構時間がかかった。

 


 前世の事はよく覚えていた、特に死んだ瞬間はね。

 

 電車に乗る為に並んでいた時にポンと軽く押されて「あっ」て思ったらもう手遅れだった。

 

 何の根拠もないけれど、押したのは教え子の誰かもしれないなと思った。

 


 昔から教師になるのが夢だった。

 

 学生の頃、窮地を救ってくれた恩師がいて、あの人のようになりたいと強く思っていた。

 努力した甲斐あって、無事に教師になる事ができた。

 

 憧れの教師生活は想像と大分かけ離れていた。

 時代が熱血教師を受け入れてくれなかった。

 

 いや時代のせいにしちゃ駄目だよね、単純に実力不足だったんだと思う。

 自分のやり方をよく思わない生徒、生徒の親、同僚、上司に散々色々言われてしまった。

 

 そこで燃えたぎっていた情熱が徐々に薄れ、いつの間にか表面だけ取り繕って流れ作業のように無難に生徒と接するようになっていた。

 

 学生が問題が起こした時、相談してきた時もできる限り問題を小さくする為にはどうすればいいのかとしか考えない自分本位な教師になっていた。

 

 自分を信じ助けを求めてきた生徒の手を、何人も払いのけていたのだと思う。

 知らない間に何人もの学生を傷つけてしまった。


 そして死んでしまい、この有様だ。

 

 このスライムになるというのも一種の罰なのかもしれない。

 

 スライムみたいな雑魚中の雑魚モンスターはどうせすぐに死んでしまうのだろうなと半ば諦めていたけど、意外にもそうでもなかった。


 ゴブリン等のモンスターや冒険者達に見つかっても狩られる事はなく、唯一ストロー状のくちばしをしたチュパカブラみたいな奴以外に天敵もいない。

 

くそまずいけれど何を食べても消化ができ、野晒しでいても風邪を引く事もない健康体だ。

 

一番きついのが暇な事。


 寝る事もできず、ただぼーっとしていた。



 ただある日何となく草木を触っていると、頭の中に見知らぬ言語が浮かび上がった。


 心臓が飛び出るかと思うぐらいびっくりしたけど、触る物によって文字が違う事がわかった。


 暇つぶしにちょうど良かったので、ありとあらゆる物を触って文字を出して解読をしていた。


 無限にある時間を使って頭に浮かんだ文字を見ていると、徐々に意味がわかるようになり、頭に浮かんだのが鑑定のスキルだという事がわかった。


 さすが異世界だちゃんとスキルもあるんだと感心した。


 それからは鑑定のスキルでありとあらゆる物を鑑定しまくり、いつの間にか鑑定のスキルがカンストしていた。


 鑑定に夢中になっている所をチュパカブラの群れに見つかり、逃げ回っていた時にクライフに助けて貰った。


 久しぶりに人とコミュニケーションをとれる喜びに初対面の人に爆上がりのテンションで接してしまったと、ちょっとだけ反省している。


 クライフと生活を始めて美味しい物も食べられるようになり、暇を持て余す事が無くなった。

 クライフを通じてこの世界を理解できて面白くて仕方が無い。


 特に前世の宗教観をクライフに説明していた時、久しぶりに教壇に立った様で楽しかったな。

 やはり人に何かを教えている時が好きなんだなと改めて思った。


 まさか授業中にクライフが精霊使いに覚醒するなんて夢にも思わなかったけどね。


 今になって思うと、クライフはあの時初めて先生が異世界からきたというのを信じたのかもしれない。


 人は見たい物しか見えない、幽霊を見る事ができるのは幽霊を信じている人だけと聞いた事がある。


 だからきっとクライフは精霊使いとしての素質は十分あったけど、先生が異世界からきたと納得し、心の底から鑑定を信じ精霊使いとして覚醒したのかもしれない。


 こんなスライムの姿になっても信じて貰えたと思うと嬉しいものだ。


 じゃあ、今度は先生の番だ。


 クライフがクロロ師範代を助ける為に危険な事をしようとしている。


 クライフに出会う前までなら、意見も聞かずに止めていただろう。


 ただもう前世でしていた、相手の為と取り繕った上辺だけのアドバイスはしない。


 クライフを信じぬき、彼が選択した事を見守ろう。



 それが教職者ではなく、名ばかりとは言え師となった者の勤めだ。


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