第28話 見慣れぬ森、見知らぬ獲物
東の森へ続く門は人がごった返し、あちらこちらで混乱している。
突然の緊急事態宣言で慌てて町に戻ろうとする人と、どうにか町から出て行こうとする人達との間で門番がもみくちゃにされている。
門から出るのを諦め、サンドイッチを食べながら赤い壁をなぞり、人気のない場所まで歩く。
周りに人がいない事を確認して障害物をうまく使い、シークレットブーツで壁をよじ上る事ができた。
数ヶ月ぶりに入った東の森は異様な雰囲気を発していた。
慣れ親しんでいるはずの森が、違う森に入ったのではないかと錯覚してしまう。
景色は変わらないが、空気が冷たく重く体に纏わりつくような妙な視線を感じる。
居心地がとにかく悪いが、気のせいだと自分に言い聞かせて森の奥へ進む。
「こっちであっているんだろうな!」
「間違いないっすよ、兄貴もうすぐそこっす」
どこから探すか迷っていると、遠くから人の声がした。
森が静かだった事もあって楽に見つける事ができた。
「よし、一番乗りして皆に誰がこの町一番の冒険者だか教えてやるよ」
「良かったんすか、ジーダさんと一緒に行った方が安全だったんじゃないですか?」
「いいんだよ、双盾だが何だか知らねぇけどよ。
偉そうにしやがって、前からあのクソハゲの事は気に入らねぇ。
あいつより俺様の方が上だという事も証明してやるよ」
茂みに隠れて観察すると。どうやら二人組の冒険者でジーダさんとは別に救助依頼を受託したようだ。
自分は正式に依頼を受けていないので合流はできない。
ばれないように距離を空けて、こっそり跡をつける事にした。
「大体、みんなビビり過ぎなんだよ」
「でも兄貴、色んな人がここでいなくなってるんすよ」
「たまたまだよ、お前の悪い癖だ。
浅瀬だぞ、ルーキー達の狩り場だ。
全くお前達は悪い事があると、全部繋がってると勘違いしやがる。
今回もあの爺がどこかで足を挫いたとか、目を怪我したとかどうせそんなオチだよ」
「そっすかね」
兄貴の言い分に舎弟はあまり納得がいっていないようだ。
「兄貴、あっちにゴブリンがいますね」
「ちょうどいい景気づけに狩るか」
舎弟が指差した方を見ると、ゴブリンが四匹いる。
兄貴と呼ばれた冒険者が、双剣を抜いてゴブリンに近づく。
ゴブリンは冒険者をしばらく見つめた後、一斉に同じ方向に逃げた。
「え、何で」
思わず声が出てしまった。
『どうかした?』
シショーにはわからなかったようだ。
ゴブリン達が一斉に『同じ方向に』逃げたのだ。
ゴブリンは奇襲が得意だが戦闘力は低いので、相手の方が格上だと思うと迷わず逃げる。
ただし必ずと言っていいほど集団の場合は別々の方向に逃げる。
そちらの方が生き残れる可能性が高い事を知っているからだ。
「待ちやがれ、あっ!」
ゴブリンを追う兄貴が突然消えた。
「兄貴!」
舎弟が消えた兄貴の所まで行き、片膝をついて地面を覗き込んでいる。
兄貴は落とし穴にはまってしまったようだ。
「くそ、足が」
穴から兄貴の少し曇った声が聞こえる、どうやら無事なようだ。
「兄貴、ロープっす」
舎弟が兄貴を助けようと鞄からロープを出す。
「ああ、ちくしょうやっちまった」
「兄貴大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇよ!
完全に骨いっちまってんな、っておい!
後ろ!」
「へ?」
いつの間にか逃げたはずのゴブリンが舎弟に近づき、そしてナイフで頸動脈を刺した。
赤い血が一気に辺り一面に吹き出し、舎弟は何もできずその場で倒れた。
「ちっくしょう、やりやがったな、降りてきやがれ!
ぶっ殺してやる」
兄貴が穴から悲痛な罵声を飛ばすが、ゴブリン達は気にせず何か話し合っている。
リーダー格と思われる奴が、何か指示をすると残りの三匹が穴に向かって何かを投げた。
「テメェ、何投げやがる、くせ!
ん、ベタベタしてる?
油か、テメェ!」
リーダー格のゴブリンが何かを打ちつけ合っている。
あれは、火打ち石か?
ゴブリンが持っている歪な形の木に火が付く。
「おい、やめろ、ああああ!」
無常にも松明が穴に投げ込まれ、叫び声と人が焼ける異臭が離れたここまで届く。
兄貴が焼かれるのを気にせずに、ゴブリンが死んだ舎弟を引き攣ってどこかに行った。
あれは何だ。
誰よりもゴブリンを狩り続けたからこそわかる、あれはおかしい。
震えが止まらない。
ゴブリンが演技して逃げたのも、罠を使ったのも、抜群のチームワークも、油を使うのもおかしい、異常と言っていいだろう。
ただ何より恐怖を感じたのは、穴を掘って火打ち石で燃やす作業だ。
あれはまるで冒険者(自分)のようではないか。
偶然だと思いたい。
普段自分がやっている事なのに、逆にやられるとこうも恐ろしいとは思わなかった。
震える体を無理矢理動かし、恐る恐る異臭のする穴を覗いたが、兄貴は完全に黒い炭となっていた。
『どうする、引き返す?』
「…………行くよ」
シショーの魅力的な提案は断った。
ここで止まる訳にはいかない。
行かなくてはいけない、立ち止まってはいけないという使命感が何故か湧いていた。
舎弟を引きずった痕跡のおかげで、簡単にゴブリンの巣を見つける事ができた。
巣は見た事のないほど穴の入り口が大きく、見張りが五匹もいる。
あの入り口からすると超大型の巣だ。
そっと茂みに身を隠しながら考える。
仮にインザダークネスを使っても、隠れながら潜入するのは難しいだろう。
このままペナルティー覚悟でギルドに戻り報告するのがベストなのか?
様子を窺っていると、何匹かのゴブリンが穴から出てきて見張りと一緒に騒ぎ始めた。
各々武器を取り出し叫び声をあげ、やけに興奮している。
十匹程で騒いでいたがゾロゾロとゴブリンが洞窟から出てきて、ゴブリンの雄叫びの大合唱が始まる。
その数の増える勢いが止まらない。
いつの間にか百を超え、二百いや三百近くなっている。
見つかったら一溜まりもない、数えるのを諦め木の裏に隠れできる限り体を小さくしインザダークネスを使い息を潜める。
ゴブリンの群れと言ったら多くても三十匹ぐらいだ。この数まで集まるなんて見た事も聞いた事もない。
耳を塞いでもゴブリン達の怒号が耳に入ってくる。
その雄叫びが一際大きくなった後、地響きをさせながらゴブリン達はどこかに向かった。
おっかなびっくり林から顔を出す。
先程までの騒ぎが嘘のような静けさだ。
入り口の前には誰もいない。不自然なほど都合が良すぎる。
罠か?
いやそうだとしても誰が何の為に?
結局考えても時間が過ぎるだけだったので、何とも言えない気持ち悪さを感じながら穴に入り込む事にした。
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