第27話 緊急事態宣言


 漠然とジーダさんを見ていると、大男が掲示板に近づくのが目に入った。

 ギルドマスターだ、滅多に見ないギルドマスターが掲示板に通常の依頼表の四倍近く大きい赤紙を貼った。


「緊急事態宣言だ」


 近くの冒険者が呟いた。


「東の森は領主様と他のギルドと協議して緊急事態宣言を出す事が決まった! 

 たった今からギルド長の権限に基づいて、許可なく東の森に入ったものはペナルティーが発生する」


 ギルドマスターが大きな声で宣言すると、一瞬の静寂の後再びガヤガヤとうるさくなる。


「随分早いな、お偉いさんはあの噂を相当重く見ているのか」


 近くの冒険者が再度小さな声で囁く。


「選抜した調査隊を出す、Cランク以上の者で希望がある者は来てくれ。多めにボーナスを出す。ただメンバーが集まらない場合、こちらで勝手にメンバーを決めさせて貰う」


「え!!」


「嘘だろ!」


「何でだよ!」


 ギルドマスターの一方的な発言に驚きの声と共に、あちらこちらかブーイングが起きる。


「もちろん、断ってもいいが、その際はこの町でいい依頼を回せて貰えると思わない事だな」


「脅迫するのか!」


「ふざけるな!」


「そりゃねぇだろう」


「職権濫用だ!」


 さらにブーイングが出ている。


 冒険者達は不満を露わにしながらギルドスタッフに情報を集める者、真面目な顔で仲間達と打ち合わせを始める者、真っ赤な顔をして直接ギルドマスターに文句を言っている怖いもの知らず、笑いながら関係ないと酒を飲み始める者等様々である。


 そんな冒険者達を見て、無性にむかついた。


 冒険者達に嫉妬していた。


 文句を言いながらも何かできる選択肢を持つ人が羨ましくて仕方がない。


 冒険者の中には自分よりキャリアが短いのもいるだろうし、今だったら実力も負けていないと思える人もいる。


 ましてや東の森の浅瀬だったら、この中で誰よりも熟知している自信がある。


 それなの選択権が自分にはない、ただ突っ立っている事しかできない。


 腹立たしい気持ちと同時に、何もできないという現実が絶望が襲ってくる。


『クライフ、一度宿へ戻ろう』


 抱えている鞄の中から念話が届いた。


 考えがまとまらない中シショーのアドバイスに従う。


「あら、今日は早かったわね?」


 宿に戻ると気さくに女将さんが声をかけてくれた。


 お裾分けをして以来何かと声をかけてくれるようになったが、今はそれがうざったい。


 ろくに返事をせずに二階にある自分の部屋に戻り、机に荷物を乱暴に置いてベッドに寝転ぶ。


 シーツの干したてのいい匂いした。

 いつもなら歓迎すべき瞬間なのに、それすら苛立ちが募る。


 最近ここまで苛立ちを覚える事がなかった。


 この絶望感も久しぶりだ。何に絶望しているのだろうか?

 無力な自分に絶望しているのか?


 もしランクが高ければ、もし頼める人がいれば、もし誰かとパーティーを組んでいれば。

 人の評価、人との繋がり、資格。

 自分がどうでもいいと思っていたものだ。

 このうちどちらか一つでも人並みにあれば、何かできたかもしれない。


 それがないと、いざという時何もできない事を叩きつけられた。

 以前も今と同じような気持ちになった気がする。

 ベッドの上でじっと昔の記憶を辿る。


 最初に思い出したのは、パーティーメンバーに置いていかれた時だ。


 初めて組んだパーティーは最初は順調だったが、途中から明らかに自分が足を引っ張り出した。パーティーで別の町へ行くと決断した時、半強制的にパーティーから抜ける事になった。


 ただ別れる時には皆を応援する気持ちになれたと思うので、今の気持ちとは違うはずだ。

 

 次に思い出したのが、孤児院で親友に裏切られた時だ。


 孤児院で運良く裕福な里親が見つかりそうだったが、親友の女の子が途中から強引に割りこみ、結果、彼女が選ばれた。


 今思えば孤児院上がりの女の子は里親に出会えず、務め先を見つけられないと最悪娼婦になるしか生きる道がない。

 親友を裏切ってしまうほど必死だったのだと思う。


 あの時は怒りで支配されていたが、決して絶望はしていなかった。


 ではこの感覚はいつ以来だろう、決して初めてではない。


 漠然と考えなら、普段は封印している記憶をさらに辿る。


 記憶を彷徨うと、刀術スキルを取得した時を思い出した。

 二つの剣術道場では思うようにいかなった為、当時の師範代の勧めで刀術を扱う道場に入門した。今度こそ何か手に入ると信じ、一心不乱に稽古に励んだ。


 入門した時から何か気に障ったのか、兄弟子の一人に稽古と称して竹刀でボコボコにされていた。いつものごとく兄弟子に可愛がれていると、突然刀術のスキルを取得する事ができた。


 取得してからは一心不乱に修行して、あっという間に竹刀を使えばどの兄弟子にも負けなくなった。

ただスキルをいくら磨いても、何故か肝心の刀の切れ味が悪いままだった。


 腕は着実に上がったが、昇段試験段の刀で竹を斬る試験を突破できなかった。

 ある日実力も年もずっと下の後輩が竹を斬り、自分より上の段位についた。

 

 何かを手に入れたと希望が湧いた後の絶望、いくら努力して意味がないと思う無力感、そしてどこにぶつければいいのかわからない怒りの気持ちが今の気持ちと重なる。


 ただ……そうだ。


 あの時に腐っていた自分を助けてくれたのが、クロロ師範代だ。


 誰も嘲笑っている中、見て見ないふりをしている中、希望をくれたのが師範代だ。

 人を救いたいという善意でも、同情した訳でもない。

 師範代にとっては本当に暇潰しで、新しいおもちゃを見つけたぐらいの感覚だったと思う。

 それでもあの時希望が、生きる気力が湧いたのを覚えている。


 人が困ったりするのを見るのが大好きな人で、人として決して好きな人ではないし、尊敬もできない。

クロロ師範代の元で大成したとは言えない。

 

 それでも恩人だ。


 だから自分は助けたかったし、何もできないという事がこんなにも辛い。


 きっとジーダさんも同じなのだろう、だからあんなに必死になっているのだろう。

 それに比べて自分はどうだろうか、本当に何もできないのだろうか?


「……シショー」


 ベッドから体を起こし、シショーを見つめる。


『どうした?』


「助けに行きたいです……クロロ師範代を助けに行きたいです」


『そっか、わかった。じゃあ行こうか』


「へ、反対しないのですか?」


 てっきり反対されると思っていたので、気の抜けた声が出てしまった。


『あれ、反対して欲しかった?』


「いえ、そういう訳ではないんですけど」


『う~ん、クライフがもし生徒で先生が教職のままだったら、体を張ってでも止めたかな。

 もし親だったら殴ってでも止めると思うよ』

 両腕を作りパンチする素振りを見せる。


『ただね、クライフはもう大人だし、危険だという事以外にもリスクがある事をしっかり理解しているでしょ?』


「はいうまくいっても良くて罰金、悪いとランクダウンや首宣告を受けるかもしれません」


『そっか、わかっているんだね。じゃあもう言う事ないよ、行こう』


「シショーはここで残った方がいいと思います」


『クライフ、どうやらスライムの防御力を舐めているようだね。

 スライムにとってこの宿にいるのも、やばそうな東の森も、魔王がいるラストダンジョンも危険度は一緒。こちとらペラッペラのカミソウコウだ。

 だったらさぁ、一緒に行こうよ』


「シショー……」


 感情のネジがバカになっているようだ。まだ何も始まっていないのに心が熱くなる。


『急ごう、タイムイズマニー。救助依頼は一分一秒が大切でしょ』


「はい」


 急いで荷物をまとまる、ここでグズグズした時間を取り戻さないといけない。


 部屋を出て下の階に降りると、ディナーの準備している女将さんと目があった。


 先程は失礼な態度を取ってしまった、どうやって謝ればいいのか。


「大丈夫かい、さっきおっかない顔をしていたけど」


「いえ、すみませんでした……」


 言葉がうまく続かない。


「……女将さん、来月分支払っていいですか?」


沈黙に耐えきれず、強引に話題を変えた。


「もうかい、まぁうちとしてはありがたいけど」


 もしかしたらこれが最後になるかもしれない、そういう思いでお世話になっている女将さんに来月分のお金を渡した。


「お客さん、ちょっと待ちな」


 宿を出ようとした時に、女将さんに引き止められた。

 女将さんがキッチンに行きすぐに戻ってきた。


「持っていきな」


 宿名物のお肉が挟んであるサンドイッチを手渡してきた。


「いいんですか?」


 上等な肉を使っているので味は良いが、サンドイッチの割にいい値段がする。


「お得意さんにサービスだよ」


「ありがとうございます」


「お客さん、ちゃんと帰ってくるんだよ」


「え?」


「そんなキリッとした顔をしてどこへ、何をしに行くかわかんないけど。お客さんがいなくなったら困る人はいるからね。

 珍しくうちの主人もあんたを気に入っているし、あたしも常連さんいなくなると困るわ。

 だからどこで何やってもいいけど、ちゃんと戻っておいで」


「……はい」


 先程のシショーの会話に引き続き心に響く。


 本当に自分は人に恵まれている。



 涙が出ないようにしながらお礼を言い東の森へ向かう、まだ間に合うと信じて。


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