第26話 冷酷な現実
「いやーぶったまげたな!」
店員に案内されて席につくと、近くにいる男達の話し声が耳に入った。
男達は格好からして冒険者のようだ。
一人はずんぐりむっくりの体型と黒い髭を生やした典型的なドワーフ、もう一人は線も細くローブを羽織っているヒューマン、近くに杖が置いているので恐らく魔法使いだろう。
ピークの時間帯を過ぎて他の客もいない事もあって、聞こうとしなくても近くで飲んでいるドワーフのガサツな声を拾ってしまう。
「浅瀬での救助依頼だもんね」
細身の魔法使いは興味がないのか、本を読みながら適当にドワーフに話を合わしている。
どうやら誰かが救助依頼を出したらしい。
救助依頼は冒険者がピンチの時にギルドへ依頼できる。
他の冒険者に自分の居場所を伝え、運がいいと助けが来てくる。
運搬の依頼と同じで冒険者専用依頼だが救助依頼は全く人気がない。運搬の依頼は低いリスクに加えて、獲物の量や質によってボーナスが出る。
それに対して救助の依頼はリスクが高く、さらに無事助けられた時のみボーナスを貰る。
探したふりをするのを防ぐ為に行っている措置だが、これによりさらに人気が無くなった。
自分も救助依頼は目に留まる事なくスルーしてしまう。
別にドワーフが騒ぐ程の事ではないのにと思いながら、メニューを見て本日のランチを選ぶ。
どうせ新人が何かヘマをやらかしたのだろう。
サブの木刀がスモールヒールバッファローとの戦いで壊れたので、ルフトに頼んでいた新しい木刀を貰いに行った。
ルフトの馬鹿話に付き合ったせいで昼を過ぎてしまい、行きつけの店に何とか駆け込めた。
オーダーが切られる前に注文をいれなくてはいけない。
申し訳ないが、知らない人の命より今日のランチの方が大事だ。
「噂は本当だったという事だな!」
「決めつけるのはまだ早計だね。あの人はもういいお年だし」
噂を信じるドワーフに対して魔法使いは懐疑的なようだ。
「いくら年って言ったってよ!
元Aランク冒険者が浅瀬で失敗しないだろ!」
何か聞き逃してはいけない言葉を、ドワーフが言ったような気がする。
「あの人飲んべえだから酔って一人で森に入った可能性もあるんじゃない?」
「いやそれはない!
ギルドから依頼を受けて、別嬪な子と一緒に行く所をこの目でばっちり見た!」
心臓を鷲掴みにされ、思考が停止する。
気がつくと、席を離れてドワーフ達の元へ向かっていた。
「何でしょうか?」
先に魔法使いが自分に気づいた。
「すみません……救助依頼を出したのって誰ですか?」
「あ~知ってんだろうクロロだよ、『風切り』ドラゴンハンターのクロロ」
「嘘……」
「嘘ではないですよ、先程ギルドでジーダさんが騒いでいましたよ」
魔法使いに丁寧に否定された瞬間、ろくにお礼も言わずに店を飛び出していた。
あの師範代が救助依頼?
傍若無人を絵に描いたようなあの人が?
別嬪な子という事はレベッカもか?
息を切らしながらギルド到着すると、いつも無駄に賑やかなギルドが異様な雰囲気に支配されていた。
「誰かいないか、俺と行ってくれる奴は!」
肌がこんがり焼けたスキンヘッドの男が一番混み合うはずの掲示板の前を陣取っている。
色々な人に声掛けをしているが、誰も下を向いてスキンヘッドと目線を合わせない。
あのスキンヘッドが「双盾」のジーダ。Bランク冒険者で、確か今は王都で主に活躍しているはずだ。この町出身で自分でも知っている有名人だ。
元々不器用な武道家だったが、クロロ師範代が拾って両腕に盾を装備して戦う珍しいスタイルを身につけさせ、双盾の二つ名を持つ一流になった。
「誰か、お!
一緒に行ってくれんのか!」
後ろから近づいたジーダさんが自分に気づき振り返る。
「ジーダさん、あの自分は」
「お前はもしかして、クライフか?」
「え、何故自分を?」
「前に師範代に会いに行った時、修行中のお前を見た事がある」
「そうでしたか、それで何があったんですか?」
「昨日クロロ師範代から救助依頼が出た」
「昨日、という事は」
一般的に救助依頼は依頼から三時間、よくて半日で救助しないと助かる可能性がない。
「ああ、俺も無理かと思ったんだが一時間程前、師範代からまた救助依頼が出た」
「じゃあ、まだ生きているんですね!」
絶望しかけたがまだ希望がある。
救助依頼は一日で有効期限が切れる。
再度依頼を出す事によってまだ生きている事を伝え再び助けを求められる。
「ああ俺もそう信じたいんだが、問題があって救助依頼の発信場所が東の森の浅瀬なんだよ」
「深部でなく?」
「ああ、そうだ浅瀬だ」
「師範代が……浅瀬で」
あの師範代が初心者の狩り場で救助依頼を出すなんて、簡単には信じられない。
「すぐに捜索に行きてぇが、皆、東の森の噂でぶるっちゃって駄目だ」
苛立ちを隠せず、掲示板を叩く。
「何かできる事ありませんか?」
「できる事って、お前ランクいくつよ」
「Dランクです」
「Dって……悪いけどよ」
指でスキンヘッドの頭をかきながら困っている。
「そうです……よね」
「悪いな。くそ、俺のパーティーメンバーが集まればいいんだけど、間に合うか」
ジーダさんは手の平に拳を打ちつけると元武道家らしい、スナップの利いたいい音がした。
「ああそうだ!
お前このギルドをメインで活動しているのだろう?
誰かお願い出来そうな奴はいないか?」
ジーダさんの質問によって、心の中で黒い波が暴れ始める。
自分にそんな仲間がいない。
頼める知り合いがいない。
何も自分にはない。
胸が締め付けらその場で固まる。
「……そっか、とりあえず祈っていてくれ」
ジーダさんは何も言えない自分に察してくれたのか、自分の肩に手を置いて軽く叩き、近くにいた別の冒険者に声かけを始めた。
一歩二歩と後ろに下がり、壁際でただジーダさんを見つめる事しかできなかった。
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