第25話 報告、相談、お裾分け


 依頼が完了したので直にスモールヒールバッファローを回収しに冒険者達がやってくる。


 待っている間に折れた肋の骨の応急処置と、返り血と泥まみれの体を近くにあった池で洗っていた。


 しばらく服を洗っていると、遠くから馬車が見えてきた。


 予想よりも随分早い。


 慌てて失礼がない最低限の服に着替え、シショーを鞄の中に入って貰い出迎える。


 大型の馬車三台から続々と冒険者が降りてくる。

 おおよそ三十人位だ、この人数なら問題なく解体して運べるだろう。


「オラー、遠足じゃないんだ。指示があるまで黙ってろ」


「はい、姉御」


 屈強な冒険者達から姉御と呼ばれた女性が近づいてきた。


「ギルドの依頼で来た、職員のエリカ=アースストライドだ」


「クライフです、よろしくお願いします」


 顔に小さな切り傷がついている真っ赤な髪の女性は冒険者ではなく、どうやらギルドの職員のようだ。


「噂は聞いている。会うのは初めだね、あたいは冒険者上がりで回収が専門だ」


「そ、そうですか、随分早かったですね」


 どんな噂か怖くて聞けないので慌てて話を変える。


「雨のせいで暇にしていた冒険者が多かったからな」


 簡単に打ち合わせをして書類にサインをした。


「しかしよく一人で仕留めれたな、中々大物じゃないか」


 エリカさんがバシバシとスモールヒールバッファローの死体を叩きながら感心している。


「ええ、運が良かったんです」


「運ね……まぁいいや、よし野郎共やるぞ」


 簡単に引き下がってくれて良かった。


 嘘はついていない、雨が降っていたのも、スモールヒールバッファローがソロでいたのも、片目を怪我していたのも全て運が良かったと思う。


 職員のエリカさんを中心に解体作業が行われた。


 通常は遺体をそのまま馬車に詰め込んで町で解体を行うが、スモールヒールバッファローの場合馬車に入りきらないので、この場所で解体してパーツに分けて馬車に載せる。


 まだ解体を始めたばかりだが、既にエリカさんが血だらけになりながら指示をしている。

 あの大きさだと解体するだけでも一苦労するだろう。


「これ、本当にゴブリン先輩がやったのですか?」


 解体を邪魔にならない場所で見ていると見知った顔が現れた。


「……そうだけど」


「ゴブリン先輩、実はすごかったんですね。

 おいらてっきりゴブリンだけだと思っていました、見直しましたよ」


 屈託ない笑顔と気の抜けた声でシンプルに失礼な事と失礼な呼び方をするのは、冒険者の後輩のキニーだ。

 自分に目をつけている冒険者の先輩が、ゴブリン野郎といつも自分を呼んでいるのでその先輩の舎弟のキニーはゴブリン先輩と敬意を込めて呼んでくれている。


「おい、依頼人に失礼な事を言うじゃない!」


 遠くからでっかい声でエリカさんの注意が入った。


「エリカさん、何の事ですか?」


「いいからこっちに来い」


「了解しました~、ではゴブリン先輩はそこでゆっくりするといいです」


 最後まで、失礼な事を言い続ける。


 もう一人自分を先輩と呼んで、無駄に過大評価してくれるレベッカと大違いだ。

 まぁあれはあれで怖いけれどね。普段は愛嬌のある可愛げのある女性だが、隙を見せるとこの前襲ってきたような突拍子もない事を仕掛けてくる気がする。


 色々と考え事をしているとあっという間に解体が終わった。


 スペースが余っていたので馬車に乗せて貰い一緒に町に戻った。


 肋が痛いしヘトヘトなので、エリカさんに要望をいくつか伝えて精算は明日にして貰った。



 翌日約束通りエリカさんの所へ精算しに行ったが、ジュゼットさんが現れて担当を代わってくれる事になった。


「大手柄だったそうじゃないか」


 満面の笑みでジュゼットさんが討伐と解体した肉の明細書を渡してきた。


 明細書には金貨七枚銀貨五十三枚と予想を超える金額が書かれていた。


「……運が良かっただけです」


 あまりの金額に小市民の自分は動揺していたが、何とか言葉を捻り出せた。


「ソロじゃから、西の平原は厳しいと思っておったが、まさかスモールヒールバッファローを倒せるとはのぉ、どうやったんじゃ?」


「その事なんですが、実は相談がありまして」


「ほぉ」


「今は一番忙しい時間だと思うので、後でお時間を作ってもらえませんか?」


「今でかまわん。いい所にいた。

 ニール君、この持ち場一時的に変わってくれんかね?」


 ジュゼットさんが近くで別の仕事をしていたギルドの職員にお願いしている。

 君付けで呼ばれた職員がこちらを振り返る。

一部に白髪が入ったダンディーな人だ。


「え、ジュゼットさん……わかりました」


 驚いた顔をした後にすぐに元の威厳のある顔になり、他の人に指示を飛ばしている。


「こっちじゃ」


 驚きながらジュゼットさんについて行く。


 ニールさんって、このギルドの副ギルト長で二番目に偉い人ではなかったっけ?


 以前使った上客用の個室を当たり前に使っているし、ジュゼットさんって何者なのだ。


「実はですね、最近新しいスキルというか魔法というものを取得しました」


 部屋に入ってまずシークレットブーツを見せ精霊使いになった事を話し、最後にシショーを紹介する。ジュゼットさんは驚いた顔はしているが、無事信じてくれたようだ。


「なるほど、何かあるとは思ったが、まさか精霊使いになっているとは。

 それにスライムの異邦人も面白いの」


「今まで、黙っていてすみません」


「いいんじゃ。とりあえず、これはギルドにはまだ記録しないでおくよ。

 ただもし、開示してもいいと判断できたら教えてくれ」


「わかりました」


 こちらの気持ちを汲んで貰って大変ありがたい。まだ基本のバレットも覚えていないヒューマンの自分が、精霊使いと名乗る事に躊躇している。


『クライフ、忘れないうちに』


 シショーが手を作りお肉の方を指差している。


「そうだった、ジュゼットさん。これ日頃の感謝の気持ちです」


 お肉を全て換金しないで一部だけ現物で貰い、お世話になっている人に配る事をシショーと計画していた。


「気持ちは嬉しいが、これは君の物じゃ」


「日頃お世話になっているのに何もできていないので、せめてこういう時ぐらい」


「うーん、しかしな」


「別に規則上問題ないですよね?」


 賄賂は禁止になっているが、食料に限ってはセーフとなっている。

 よく女性ギルド員に理由をつけて、お菓子やデザートを渡している冒険者を見かける。


「わかった。せめて一番小さいのと交換してくれ。独り身の老人にはこの肉は大きすぎる」


「はい、ありがとうございます」


 無事お肉を貰ってくれたので、他にお世話になっている人達にお肉を配りに行く。


 最初にクロロ師範代と妹弟子のレベッカに配りに行ったが、あいにく師範代と妹弟子は長期の依頼を受けたらしく留守だった。


 仕方がないのでルフトに肉を渡す事にした。

 肉にうるさいルフトは、スモールヒールバッファローの肉に飛び上がって喜んでいた。


『エルフなのにお肉食べるの?』


 シショーが驚いていたが何故驚いたのだろう。エルフと言ったら森の狩人、狩猟民族の代表格だと思う。

 どうしてベジタリアンと思ったのか。


 残った全てのお肉は日頃からお世話になっている宿の亭主に渡そうと思う。


『ちょっと待った! 

 クライフ、どうせ配るなら女将さんに渡した方がいいよ』


 抱えている鞄からシショーが念話を飛んできた。


「え、亭主じゃ駄目ですか?

 正直、女将さんの方に苦手意識があるんですけど」


 シショーと話をしている所を目撃され白い目でこちらを見てくる女将さんより、亭主の方が寡黙だが何かと話やすい。


『だからこそだよ。説明しよう!』


 鞄が小さく盛り上がった、恐らくいつものポーズを鞄の中でしているのだろう。


『人は何かを貰ったら、その人に何かを返さなきゃいけないと思う。

 これを返報性の原理と言う。

 ちなみに悪い事にも同じく返報性の原理は効くから気をつけてね』


「うーん、なんか媚を売っているみたいで、嫌らしくないですか?」


『正直だね、下心だけだとよくないかもね。ただ感謝している気持ちに嘘はないでしょ?』


「まぁ、はい」


 シショーに言われて始めているけれども、誰にお返しをするかを選んだのは自分だ。


『なら、いいんじゃないの? 

 大事なのは何を渡すかじゃなくて、感謝をしている気持ちを相手に伝える事だよ。

 いくら良い心がけでいても、何もしないと人に気持ちは伝わらないからね』


「シショー、その返報性の原理からすると、別に亭主に渡しても良くないですか?」


『亭主から女将さんの元に行くのと、直接女将さんが受け取るのじゃ、感謝の情報量が全然違うよ。騙されたと思ってやってみな』


「そうですか、わかりました。やってみます」


 勇気を持って女将さんに渡したところ、大変驚いてくれたが満面の笑みで受け取ってくれた。


 その日の夜は宿中にお肉の焼けるいい匂いがした。その匂いにつられて集まった客によって、あっという間に渡した肉の塊は売れ切れたらしい。


 結局食べられなかったと思っていたが、女将さんが一番美味しい所を持ってきてくれた。


 初めて食べる上質なお肉は匂いといい、味といい、口どけといい、今まで食べていたお肉とはレベルが違った。


 翌日以降もお裾分け効果なのか、返報性の原理なのか、女将さんに何かと声をかけてくれるようになった。



 今まで何となく嫌らしいと思っていたけれど、今度チャンスがあったらまた勇気を持って裾分けをしてみようかなと思った。

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