第24話 スニーキングミッション


「インザダークネス」


 小声で闇の精霊の月夜を体に纏わせ、暗闇に同化する。


 作戦はインザダークネスで近づいて、不意打ちで仕留めるというシンプルなものだ。


 先程のシショーの話ではないが、邪魔だと思った雨だが今は降って良かったと思える。


 スモールヒールバッファローの怪我をしている右目側から徐々に近づく。


 近づくにつれて、スモールヒールバッファローの体の大きさ、異様さに圧倒される。


 チャンスは一度きりだ、心臓の鼓動がさらに高まる。


 途中から匍匐前進で少しずつ距離を詰む。


 奴の一挙手一投足に、全神経をすり減らしながら観察して進んでゆく。


 胃をキリキリさせながら時間をかけて来た甲斐があって、立ち上がれば三歩程で攻撃できる範囲に入る事ができた。


 行けると思い、腕に力をかけて起き上がろうとした時、スモールヒールバッファローが突然立ち上がって周りを見渡し始めた。


 慌てて地面に伏して息を止める。


 この体制で相手にばれたらもうどうしようもない。

 無様に踏まれて背骨が折れて即あの世行きだろう。


 スモールヒールバッファローはしばらく周りを見渡した後、再び元の休む体勢になった。

 何とかばれなかったようだ、今頃になって身体中の汗が出始めた。


 雨と泥と汗で気持ち悪く、吐き気すら感じ始めた。


 身体中が熱く、まるでヒートアップを唱えたかのようだ。


 そうだ、興奮してヒートアップとキープを唱え忘れていた。

 あのまま攻撃していたら、ろくにダメージを与えられなかっただろう。


 キープ、ヒートアップと心の中で精霊魔法を唱え、覚悟を決めて再び腕に力を入れて立ち上がり、一気に奴に立ち向かう。

 またこちらに気づいていない牛目がけて飛び上がり、奴の太い首に刀を振り落とす。


 刀から自分に確かな手応えが伝わった。。


 ただ今までにない巨体相手の為、まるで壁でも切っているように感じた。

 致命傷を与える事ができたと思うがか自信を持てない。


 牛が猛烈な雄叫び声を発している。

 あまりの声の大きさに背筋が固まり体が硬直してしまった。


 その時フワッと体が浮いた。


 猛烈な勢いで周りの景色が変わった後、地面と衝突し経験した事がない衝撃を全身で感じた。

 肺から全ての空気が抜け、一瞬心臓が止まったかと思えた。


 どうやら奴が痛みで声を上げ暴れ回った際、巨体にぶつかり吹っ飛ばされてしまったようだ。

 倒れている訳にはいかない。


 クロロ師範代の修行のおかげで、どんな状況でも条件反射ですぐに立ち上がれた。

 視界が落ち着かない中、牛に焦点を何とか集めて見つめる。


 牛はドバドバと血を垂れ流しながら暴れている。

 あの状態なら攻撃を加えなくても放っておけば時期に死ぬだろう。


「痛っ」


 距離を取ろうとした際、治りたての肋から激痛が走り思わず声が出てしまった。


 牛が無意味に暴れるのを辞め、こちらを向いた。


 自分の声に反応してしまったようだ。


 遠目のスキルを練習した成果なのか、牛と目があった気がする。


 奴の目に怒りが集まっている。

 この痛みの原因を作ったのが、自分だという事がばれてしまったようだ。


「ンゴゴオオ!!!」


 牛から今までに聞いた事のない唸り声を出し、血を流しながら肉の塊が突っ込んでくる。

 

 どうするか、肋が折れているので逃げきる事は難しい。

 

 生き残る為に思考を高速で回転させる。


「インザダークネス」


 やった事がないが、サブの木刀を抜いて闇の精霊の月夜を木刀に力一杯注ぐ。


 そして牛をギリギリまで引きつけ、肋の痛みを無視して奴の怪我をしていない目に向け木刀を叫びながら投げ込んだ。

 狙い通り奴の目に木刀が命中し、牛が驚きのあまり突進が止まった。


 魔力で強化されているとはいえ所詮頑丈な木刀でしかないので、ダメージはなかったかもしれないが目眩ましにはなったようだ。


 痛みを堪え素早く牛の横に回り込み、牛の首目がけてもう一度刀を振るう。


 血がもうほとんど出し切っていたのか、すぐに大きな地響きと音を立てて倒れた。


 勝ったと思うが念のため距離をとる。


 終わってみれば短い一戦だったが滅茶苦茶疲れた。


『クライフ、やったね!』


 近くで隠れていたシショーがやってきた。


『某蛇を彷彿させる見事なスニーキングだったね』


 変な褒め方をしているシショーはスルーして息を整える。


 ライフカードを確認すると、討伐記録にスモールヒールバッファローの名前が書かれていた。


「討伐できたみたいですね」


『おめでとう!』


「ありがとうございます」


 気が抜けて、泥だらけの地面に座り込んでしまった。


『えっと、喜んでいる所、あの~言い難いんだけど』


 シショーが珍しく何か言い淀んでいる。


「どうしました?」


『これ……どうやって運ぶの?』


 何だそんな事か、確かにこんな巨体は一人では運べる訳がない。


「依頼をギルドに出します」


『え依頼、町に戻るの?』


「違います、ここからこれを使って依頼を出せます」


 ライフカードを出して見せてみる。


「冒険者限定でギルドに出せる依頼が二種類あります。

 その一つが大物を討伐した時に回収に来て貰う依頼です」


 ライフカードに書かれたスモールヒールバッファローの討伐記録を数秒押すと、新たに依頼の画面が現れた。


『長押しするとかスマホみたい!』


 なんかよくわからないが、いたく感動しているようだ。


「距離と内容によって変わりますが、報酬の内二割ぐらい持って行かれますけど、ギルドの職員と手の空いている冒険者に声をかけて回収してくれます。

 人が集まらない場合もありますけど、多分ここなら大丈夫です」


 この運搬の依頼はほぼ確実に報酬が貰える上、拘束時間が比較的短く人が集まりやすい。

 技能もいらないので新人には大人気だ。

ギルドの職員も積極的に新人に声がけをする。

 

自分も昔は何回か声をかけて貰った事があるが、解体がずば抜けて下手くそだったので途中から声が掛からなくなってしまった。

 ライフカードをじっと見ていると依頼完了のマークがついた。


「これで依頼完了です」


『すごいね~ようは逆ウー◯ーイーツだね! 

 来るという事は位置情報とかも共有されるんだ。

 すごいぞ異世界、意外とハイテクノロジーだ!』


 楽しそうにシショーワードで語っている。


「はぁ、そうですね」



 疲れきっていた自分には適当に合わせるのが精一杯だった。


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