第23話 山のようなチャンス
師範代につけられた傷も完全に治ったので、西の平原での狩りを再開した。
モンスターの後処理は大変だが、死骸と一週間ほど格闘を続けた頃には大分手慣れてきた。
今日はいつもより少し深めに探索しようかと思った時、突然雨が降り始めた。
雨が降ると足取りが悪くなり、視界も悪くなる。
まだ余力はあるけれども、町に帰るべきかと迷っていると風の囁きが発動した。
風の精霊の爽が何かを見つけてきたようだ。
爽は異様にテンションが高く、自分の周りをグルグル回っている。
以前今回と同じぐらいテンションが高い爽について行った時、ゴブリンの三十匹以上の群れに遭遇し非常に焦った事がある。
恐る恐る爽が教えてくれた方へ向かうと、池の近くに獲物はいた。
スモールヒールバッファロー、全長5メートルを超え集団でいる姿を小さな丘と例えられる巨大な牛型のモンスターだ。
アミラージが新人殺しと言われるなら、このスモールヒールバッファローは中級者殺しと言われ、特に集団で突進する姿は山津波と呼ばれ非常に恐れられている。
基本的に近づかなければ襲ってくる事はないが、一歩間違えると大きさ=力という事を教えてくれるモンスターだ。
恐ろしいモンスターであるが同時に、貴族にもファンがいる程肉質がいいらしい。
そして文字通り山のように肉が取れる為、金に目が眩んだ中級者が痛い目に遭うのだという。
観察する為に身を屈めて少しずつ近づく。
雨の中巨体を寝そべらせて池の近くを休む姿は、何故か神秘的にすら見えた。
『うわ、改めて見ると大きいね、4トントラックぐらいあるんじゃない?
どうする、狩るの?』
「……どうしましょうか?」
シショーワードをスルーしながら考える。
『う~ん、チャンスだとは思うよ』
集団でいる所を遠くから見た事があったが、一匹でいるのは見た事がない。
「どうしますか?
相手は一匹とはいえCランクですからね、どちらが正解ですかね?」
チャンスなのはわかるが自分より明らかに格上だ。
リスクもあるがメリットもでかい。特に防具で金がすっからかんなので、うまくいけばシショーに借金を返し、それ以上にバックが見込める。
『クライフ、迷った時の選択に正解も不正解もないんだよ』
「へ、そんな事ないでしょ」
『結果論的にはあるかもしれないけど、そんなの誰にだってわからないでしょ。
それにその時選んだ選択が結果正解だと思っても、将来的には不正解だったという事もあるし逆もあるんじゃない?』
「どういう事ですか?」
『そうだね、ある老人の話をしよう。
その老人は妻を亡くし、息子と可愛がっている雄馬と静かに過ごしていました』
シショーは雨が強く降る中、突然語り始めた。
『ただある日、大事な馬がいなくなってしまったんだ。
そこで息子が心配して声をかけたら、なんて言ったと思う?』
「ついてないとかですか?」
『不幸とは限らないって言ったんだ。
息子は何を言っているのかわからなかったけど、しばらくすると、馬がつがいの馬を連れて爺さんの所に帰ってきたんだ』
「それは、良かったですね」
『話はまだ続きがあって、息子もクライフと同じく良かったねと言った所、今度は幸福とは限らないと言った。
再び何を言っているのかわからなかったけど、息子が新しい馬に乗っていたら、馬から落っこちてしまって骨を折ってしまった。息子はついていないと思ったけどただ爺さんは再び息子に不幸とは限らないと言った。
しばらくすると戦争が起きたんだけど、息子は骨が折れていたので徴兵されずにすんだとさ』
初めて聞いた童話だけれど、何となく言いたい事はわかった。
『どんな人も人生において何が正解で幸せか、何が不正解で不幸せかなんてわからないよ。
ただあえて言うならそうだな、後悔しない選択はあると思うよ』
「後悔しない選択?」
そんな事考えた事がない。
いつもどちらが正解でどちらが不正解なのか、もしくはどちらが得するか、安全ぐらいしか判断基準はない。
改めて振り返ってみると、何かを決める時は何となくその時の勢いで決めていて、あまり考えずに決めている事が多い気がする。
『そう、仮に失敗したと思っても、あの時はあれがベストの選択だったと思える事。
そう思える選択が後悔しない選択だと思う。
先生は今回戦うか、戦わないかどっちを選んでも間違いはないと思うよ。
クライフが後悔しないならね』
「後悔しない選択」
再び自分に言い聞かせる。
何だろう、どちらを選んだ方が後悔しないか?
『冷静になって持てる範囲の情報を整理して、状況分析をしてみて』
シショーに言われた通り分析をしてみる。
相手は中級殺し名高いスモールヒールバッファロー。通常は近づこうとすら思わない、ただ何故か普段は群れで行動するのに孤立している。
「何で一匹なんだろう」
『確かにね、ちょっと鑑定してみるね』
自分の独り言にシショーが反応した。
どうやらシショーの実力になると、遠くにいても鑑定できるようだ。
『わかったよ、どうやら右目を怪我しているみたいだね、それが理由で群れから離れちゃったみたい』
片目が見えないので遠近感が狂ってしまい、雨の影響もあって何かのはずみではぐれてしまったのかもしれない。
相手は格上とはいえ、一匹しかも怪我をしている。
こちらは疲労もなく万全に近い。
場所はどうだ?
相手は池の近くで休んでいる。まだ相手はこちらに気付いていない。
しかも雨が降って暗く、隠れながら近づく事もできる。
地面もぬかるんでいるけれど、シークレットブーツを使えば影響は少ない。
可能な限り相手を知れたし、自分と地形の状況も把握できた。
後足りないのは何だ?
…………覚悟か。
『決まった?』
「ちょっと待ってください、風の囁き、スモールヒールバッファロー」
普段は魔力の消費が激しいので、風の爽にスモールヒールバッファローが周りにいないか探して貰う。もし援軍が来たら一溜まりもない。
しばらくして爽が帰ってきた、この周りにスモールバッファローは奴しかいないようだ。
「……やりましょう」
『よしきた!』
正直に言えばまだビビっているし、今からでも逃げたい気持ちがある。
ただ迷っていた時に、ふとシショーと出会った時に言われた『このままでいいの?』という言葉を突然思い出した。
シショーは覚えていかもしれないけれど、未だに自分の中に突き刺さって残っている。
確かに精霊使いになったかもしれない、問題なく刃物を扱えるようになったかもしれない、間違いなく強くなった。
でもこのチャンスを逃したら、今までの色々な事を理由に逃げてきた自分と何ら変わっていないような気がする。
勝てないかもしれない、怪我をするかもしれない、ただ断言できるのはここで逃げたら間違いなく後悔する事だ。
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