第22話 閑話 サプライザー フェノール=スタイラー
鍛冶職人として店を構えるようになってからも「お客様に期待以上の物を」をモットーにしている。
依頼人の期待より良い物を作って相手の驚く顔を見る事ができた時が、作り手冥利と思える瞬間だ。
幼少の頃は病弱だったせいか、線が細く筋肉がつきにくい体質だった。
病になる度に与えられた本をベッドの中で読み、妄想を膨らませていた。
幼いながらも貧弱な体では勇者にも賢者にもなれないというのはわかっていた。
そこで物作り、特に英雄の為の武器、防具を作るような鍛治士になるのが幼少の頃からの夢だった。
ただこの体のせいで、弟子入りするのが難しかった。
鍛治士=体がごついドワーフのイメージが世間についている為、ドワーフというよりエルフ体型の私は弟子入りしてもと鍛治の腕を見て貰うどころか、話すら聞いて貰えなかった。
困り果てている所に、ある人が親方を紹介してくれて弟子入りする事ができた。
何とか弟子入りできた親方は、世間のイメージ通りの典型的に職人気質の親方だった。
体はごつく、スキンヘッドで無口で厳つい職人。
見て覚えろと基本的に何も教えてくれず、何か間違えると口より先に手が出るタイプだ。
ただ腕だけはよく、あの無骨な人が作ったと思えない程繊細で惚れ惚れするような武具や防具を作っていた。
兄弟子は何人もいたが親方のやり方について行けず何人も辞めていき、いつの間にか自分が一番弟子になっていた。
親方の動きを辛抱強く観察し盗み続け、試行錯誤しながら腕を磨いた。
さらに親方が苦手な客との交渉や、弟弟子のまとめ役を自然とやるようになっていた。
しばらくすると自分の顧客もかなりでき、独立の話がちらほらで始めた。
独立するかそれともこのままでいるか悩んでいたある日、親方に呼ばれた。
親方は汗だくになって剣を打っている最中だった。
こちらを見ると作業する手を止め、近くに置いてあった資料を何も言わずぶっきらぼうに差し出した。よく見ると勤めているノーテン工房の権利書だった。
「後はお前の好きなようにやれ」
そう言って、再び鍛治を始めた。
この瞬間、二代目ノーテン工房の親方になった。
今後の事を相談しようとしたが、本当に興味がないらしく要望を二つだけ伝えてきた。
難しい仕事を回す事、そして今後は親方や初代と呼ばず、御隠居と呼ぶようにとの事だ。
どうやら一人の職人として、ただ鍛冶に没頭したいようだ。
御隠居の許可を頂いたので、思い切って貯めていたアイディアを実行する。
まず今まで尋常に熱く、そして鉄を打つ音と職人の罵声でうるさい工房のすぐ近くで客と商談をしていたが、閑静な住宅地の中に商談専用の店を構えた。
そして誰かの紹介でないと入れない、つまり一見様お断りにした。
一見様お断りの店は貴族専用の商店とか、飲食店ではあるが、一工房が客を選ぶというのは珍しい。
当初反感を持ちスタイルが納得がいかず辞めていく弟子や、離れていくお得意先もいた。
しかしやってみると客質は良くなり、貴族や商人等の今まで工房に直接行くのに躊躇していた人からは好評だった。
世間のイメージとのギャップを楽しんでもらえるように、店はできる限りシンプルかつ上品にそして私自身はもちろん弟子達にも服に気を遣わせた。
さらに私はよりインテリに見えるように、必要のない眼鏡をつけている。
「親方、失礼します」
入ってきた女性はレベッカ、可愛げがあり気難しい職人達にも愛されている。
いつもは気さくに話してくるがオンとオフをしっかり切り替え、仕事中はちゃんとした言葉使いで話すだけでなく、自前で手に入れた執事服を着ている。
バイトだが非常に物覚えもよく、商人の元で育ったというだけあって読み書き計算もできる上に品が良い。そして悔しいが私よりコーヒーを淹れるのがうまい。
今は残念ながら冒険者になってしまったが、弟子の一人が怪我をしてしまったので無理を言ってしばらくの間復帰して貰った。
「新客です、こちらが紹介状です」
「ありがとう、ほぉジュゼットさんか……面白いこちらに案内しなさい」
「わかりました、お連れします」
新客は弟子に任せる事が多いが、ジュゼットさんの紹介では直接見ない訳にはいかない。
ジュゼットさんは私に御隠居を紹介してくれた大恩人だ。
今は冒険者の新人担当という地味で辛い仕事を淡々とやっているが、冒険者やギルドのスタッフにとどまらず、私のような職人、商人、芸術家や噂では町の領主、権力者や貴族等の実力者達の恩人だ。
ジュゼットさんに頭が上がらない人はこの町に大勢おり、ヒュータスの御意見番と一部に言われている。
人を見る目も確かなので今度の紹介者が楽しみだ。
レベッカに連れられ青年が入ってきた。部屋の印象と私の格好に驚いているのが、手に取るようにわかる。
この瞬間は何度体験しても面白い。
挙動不審ではあるが最低限の礼儀はできているようだ、レベッカがコーヒーを淹れてくるまでしばらく観察をしたが、何故ジュゼットさん程の御方が紹介してきたのかがわからない。
会話の流れで見込みがありそうと適当な嘘をついてしまった。
今の所私の評価は、その辺にいる覇気がない冒険者だ。
観察してもわかりそうにないので、思い切って踏み込んで聞いてみた。
信頼関係のない相手にいきなりスキル等の情報を聞くのは失礼になるが、こちらとしては最適な物を作る者として、ある程度開示して貰わないといけない。
青年が躊躇した後、自分の事を精霊使いだと自信なさげに呟いた。
一瞬何を言っているかわからなかったが、理解が追いつくと急にやる気が無くなる。
たまにいるのだ、こういう自分を特別だと演出する奴が。
怒っている芝居をしていたが、途中から本当に腹立たしくなってきた。
庭を借りたいと言うので、要望通り連れて行く。
一体何を見せるのか。
青年を漠然と見ながらこの後どうするか考えていた。
ジュゼットさんは彼のどこを評価したのだろうか、流石のジュゼットさんも年で耄碌してしまったのか、久々にジュゼットさんに会いに行った方がいいのか。
色々な事を頭に回らせていると、青年が一言何か呟いて突然消えた。
そして見上げる所に青年がいる、足が異常に伸びた?
違うよく見ると足の下に土が積み重なっている。
これは何だ、魔法か?
いや魔法なら詠唱があるはずだ。
詠唱しないで即座に発動したという事は、本当に精霊使いなのだろうか。
何度かエルフに会った事があるが、こんな魔法聞いた事がない。
青年と目を合わせていると、徐々に青年の足元の土が減っている。
何だろう、幻術か催眠術かマジックの何かもしれない。
真偽はともかく、もう少し話を聞く必要性がある。
部屋に戻り再度話を聞かせて貰った。
ヘンテコなスライムも含め終始驚かされてばかりだった。
驚いて貰う事に喜びを感じる私が、この低ランク冒険者にいいように驚かされる。
なんか悔しい。
話を一通り聞いた後、この依頼人を疑った事への謝罪を込め私が製作する事にした。
レベッカも声に出して驚いてしまっているが無理もない。
私が製作している製品は安い物でも金貨十枚はする。
これは私自身への罰だというのを建前にしているが、心のどこかで一泡吹かせたいと言うイタズラ心が騒いでいた。
依頼人をレベッカに送って貰い、早速設計図を作る。
材料の選定は精霊使いという事なので、魔法と親和性が高く、軽く、硬度が高く独自の粘りがあるミスリルが混ざった鋼にする事にした。
はっきり言って金貨二枚だと材料費の半分も払えていないが、採算度外視だ。
意匠などせず、できる限りシンプルなものにした。
しかしいくらシンプルにしても色や輝き方で見ればすぐにミスリルが入っている高級品だとばれてしまう。
Dランクである彼には分不相応で、余計なトラブルを招くかもしれない。
そこで鉄を上から薄くコーティングして、できる限り安っぽくしてみる事を思いついた。
実は金貨二枚ではとても買う事ができない高級品だと気づくか、事実に気づかず安く売ってしまうか。
どちらにしろ想像するだけでたまらない。
設計図が出来上がったが、このままだと魔力に反応して硬くなるミスリルの性質を鉄が邪魔してしまう。
「どうした、珍しく眉間に皺を寄せて」
設計図を眺めていると御隠居が声をかけてくれた。
第一線から外れてから、よく声をかけてくれるようになった。
相変わらずの厳ついスキンヘッドだが表情も柔らかくなり、最近だと若者の面倒をよく見てくれていて大変ありがたい。
「御隠居、実はですね、ちょっとしたイタズラをしようかと思いまして」
「イタズラだと、聞かせてみろ」
簡単に依頼人の話をして設計図を見せた所、御隠居が豪快に笑い上げた。
「あえて安っぽくするか、やった事ないな。よし手を貸してやろう」
「え?」
こうして二人で初めて防具を製作する事になった。
御隠居のアイディアで、鉄でコーティングをした後に裏面に筋を入れて、紫色に染色した純度の高いミスリル鉱物を溶かして流し込む。
これにより鉄で覆われていてもしっかり防具全体に魔力が伝わる。
染色したミスリルの流し込みは温度調整が難しく、御隠居に指導して貰いながら何とか製
作する事ができた。御隠居にここまで丁寧に教えて貰ったのは初めてかもしれない。
御隠居の協力もあり会心の防具が完成した。
ぱっと見は、銀貨三枚で売っていてもおかしくない防具だ。ただもし同じ物を買うとしたら、金貨三十枚ぐらいかかる代物だ。
残念ながら彼が来る日はどうしても外せない用事がある。
渡して感想を聞く事も、観察する事もできない。次に会うのを楽しみにしていよう。
ただ彼と再会した時にまた斜め上の予想外な事を言われて、こちらを驚かせてくるような嫌な予感がした。
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