第21話 おっかない師弟達


 振り返るとクロロ師範代がポテトチップの袋を抱えて、バリバリと齧りながらこちらを鑑賞していた。


「はい、負けました」

 

 レベッカが嬉しそうに頷きなら刀をしまった。


「シッソさん、あなたはまだ居合斬りは未熟で不慣れなので、使ったら後の隙が大きすぎる。外したら、躱されたら負け、死ぬと思いなさいと言って教えたでしょ。

 どうです、あなたの先輩、兄弟子の天才さん、クライフさんは?」


「想像以上でびっくりです!」


「そうでしょ、そうでしょ。

 シッソさんの今の実力だと、天才さんの前ではどんな時に不意打ちしても避けられてしまいますね」


 そんな事はない、見慣れた構えだったから咄嗟に反応できただけだし、それに何故躱せたのかはわからない。


「シッソさん、今日の授業はここまでです」


「はい、ありがとうございました」


 レベッカが師範代と自分に向かって、深々とおじぎをしている。


「レベッカの修行ですか」


 いきなり攻撃されたので、クロロ師範代に少々ぶっきらぼうに言ってしまった。


「天才さんそんなに怒んないでくださいよ。もちろんシッソさんの修行という面もありますが、天才さんの今現在の実力も力量も知りたかったんですよ」


 こちらの怒りを笑いながらスルーされた。


「先程『静の間』に入りましたよね、ただその後どうやって躱したのですか?」


 静の間への入り方は、クロロ師範代の修行で教えてもらったので当然使える事は知っている。

 決して思い出したくない方法だったが、その苦労あって何とか取得できた。

 

 スキルではないので使いたい時に必ず使えるわけではないが、何度かここ一番で命を救ってもらっている。


「…………わかりません」


「わからないですか、まぁいいでしょ。シッソさんこの後天才さんと話があるのであなたは町に戻りなさい」


「え! ボクもいちゃダメですか? 

 そうですか、わかりました」


 師範代に睨まれ不服そうにしなっがらレベッカが町に戻って行った。


「では、もう一度聴きます、伺います。どうやって躱したんですか」


 レベッカが完全に町に戻るのを見届けると、改めて質問してきた。


「いや、本当にわからないんです」


「ふむ、どうやら本当にわからないみたいですね」

 

 そう言って嫌な笑顔をし始めた。


 レベッカが不意打ちをする前よりも、大きな警鐘の鐘がガンガン鳴っている。


「では天才さんの体に聞く事、伺うことにしましょう」

 

 そう言ってポテトチップの袋を捨て、刀をゆっくりと抜き始めた。師範代が刀を抜く、つまり居合斬りを使わないという事だ。

 

 師範代の代名詞と言える居合斬りを使わないなら、戦力は半減と言っていいだろう。

 ただ半減した戦力でも、自分よりずっと上なので死ぬ気で立ち向かわないといけない。


 シショーを地面に下ろして、刀を構え、キープとヒートアップを唱える。


 久々の師範代に対峙する。


 見事に脱力し切って、隙だらけに見えてしまう構えだ。


「準備はいいですね、じゃあこちらから行きますよ」


 そう言うと師範代がいつの間にか距離を詰めていた。


 戦闘において相手との距離感を掴むのには自信があったが、師範代の前だとその自信が木端微塵に砕かれる。


 師範代は攻撃する時の「起こし」と言われる初動が極めて小さく、見抜きづらい。


「ほぉ、お見事」


 いつの間にか距離が縮まり、振りかぶってきた攻撃を何とか防ぐ。


 今まで何度も攻撃を喰らっているおかげで、ほぼ勘で反応する事ができた。


 手を抜いているのか、連撃で攻めてくる事はなく距離を空ける。


「もう一度さっきの見せて披露してください」


 完全に脱力した状態から再び瞬時に距離を詰め痛ぶってくる。

 

 受けてばかりでは始まらない。

 気合を入れて攻撃するが、ぬるりと避けられる。


 そして空きだらけになった顎に、クロロ師範代が掌底を放つ。


 足から力が抜け視界がぶれる中、勘で刀を振るうと金属同士がぶつかる甲高い音がした。


「見事、ご立派、まさか攻撃されるとは思いませんでした。

 ではもう一段階ギアを上げて行きますよ、早く先程のを見せてくれると楽になります」

 

 そう言ってまた力が抜けた構えから一瞬で間合いを詰める。


 こちらも何とか一矢報いたがったが、抵抗虚しく一方的に痛ぶられてしまった。


「今日はここまでですかね、さすが天才さん、こんなに『縮地』を使わされたのは久しぶりですよ」


「…………縮地?」


 肋骨が何本か折れ、切り傷と打ち身によって何とか立っているという状態だ。

 そんな意識が半分飛んでいる状態で、初めて聞いた言葉に無意識に反応した。


「おや、天才さんにまだ名前を言っていませんでしたか。力が抜けたこん状態からでも一瞬で移動する、これが縮地です」

 

 目の前でだらけきった体制から一瞬で別の場に移動して見せてくれた。


「ああ、天才さん。

 期待させたら、ごめんなさい、申し訳ない。

 縮地はスキルなので、いくら天才さんでもそう簡単には取得、獲得できないですよ」


「……そうですか」


「まぁそうがっかりしないでください。天才さんが強くなっているのはよくわかりましたから、 今日はとてもすごく楽しかったですよ。また遊んでくださいね」

 

 そう言って刀をしまい、鼻歌を歌いながら意気揚々と町へ戻っていった。完全に町に入った所で意識が飛んで倒れてしまった。



「そうなんですか、元教師だったんですね。

 今はクライフのヒモ? またそんな事言って」


 意識がはっきりしない中で、明るい女性の声で目が覚めた。

 体を起こそうと思ったが痛みが走り、起き上がるのを諦める。体を触ると包帯が巻かれ手当てをされていた。


 首を曲げ声のする方を見ると、シショーとレベッカがいた。


「あ、クライフ先輩、目覚めました?」


『クライフ、起きた? 知らない天井だと思うけど心配しなくていいよ』


「レベッカ? ここは?」


 シショーの変な表現はスルーして、レベッカに質問した。

 

「ボクの部屋です。しばらくして戻ってみたら、先輩が傷だらけだったのでボクの部屋へ連れてきました」


 という事はここはレベッカの部屋か、そしてレベッカの寝ているベット。


 言われてみると女性特有のいい匂いがする気がする。

 

 そう思うとまずいと思い、ベットから抜けようとしたが激痛が走った。


「まだ、無理ですよ、ゆっくりしてください」


「だけど、まずいでしょ」


「いえ、気にしないでください。ボクも色々勉強させてもらいましたし、師範代に言われたとは言え、不意打ちで攻撃したせめてもの罪滅ぼしです。

 今日はここで休んでください、いくらポーションを使って傷は塞がっていても先輩ボロボロですから」


「そう? じゃあ、悪いけどそうさせてもらうよ」


 体が疲れきっていた為、もうあれこれ考えるのが面倒くさくなり、ベットの中で再び意識を手放した。


 翌日なんとか体を動かせる状態になったので、レベッカにお礼を伝えて宿を後にした。


 どうやってシショーと会話をしたのかと思ったが、レベッカが連絡板で文字一覧をその場で作り会話を試みたらしい。

 レベッカの適切な怪我の対処のおかげで、あれだけの怪我だったが数日寝れば完治しそうだ。今度改めてお礼をしにいかないといけない。


 しかし昨日は、初めてできた妹弟子と卒業した師範代に襲われるという、恐ろしい一日だった。



 またいつか、あの師弟達が満面の笑みで襲ってくるような嫌な予感が頭をよぎって、慌てて頭からその妄想を追い出した。


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