第20話 心労が重なる西の森


 防具が出来上がる約束の日に再び店へ訪問した。


 残念ながら親方も妹弟子のレベッカもいなかった為、お弟子さんが対応してくれた。


 お弟子さんと軽く雑談をした後、親方特製の防具を持って来てくれた。


 デザインも非常にシンプルで、裏面に暗い紫色のストライプがある。その辺の露天でも普通に売っていそうな小手と脛当てだが、手に持った瞬間信じられない程軽い。


 恐る恐る付けてみたが吸い付くようにフィットする。

 お弟子さんの説明では西の平原レベルではまず防御力も問題ないとの事だ。


 本当に金貨二枚で良かったのだろうか?

 全ての準備が整ったので気合いを入れて西の平原に向かう。

 

 平原はいつもの薄暗い森と違い遮るものがなく、良くも悪くもひたすら見通しがよい。

 遠くで他の冒険者がモンスターと戦っているのが見える。

 

 今までとは違った常に何かに見られているという緊張感がある。


 しばらく歩くとソロでいるからか雑魚に見えるからか、初日だけで三回もコバルトウルフ達に絡まれた。

 うまく立ち回って何とか追い返したが、その後に本当の戦いが待っていた。

 周りに転がっているウルフ達の死体から換金できる部位を解体して、いらない部分は処分しないといけない。


 買い取りする部位がないゴブリンと違い、コバルトウルフの皮は鞣すと独特の発色をする為いい値段で買い取りってくれる。


 パーティーメンバーがいれば分担で解体するか、死体をそのまま台車か何かに積んで町へ運ぶ事ができるが、全て一人で解体作業を行わないといけない。

 本気でパーティーが必要と思ってきた。

 

 ジュゼットさんの解体の研修を受けられて本当に良かった。

 以前東の森でたまたま討伐したフローズンフロッグを解体してみた所、伸縮性が全くないどす黒い何かになってしまった。

 

 見かねたシショーが『見本を見せよう』と言って、スライム固有のスキルの溶解を使って別のフローズンフロッグを見事に解体してくれた。

 溶解のスキルがないので全く参考にはならなかったが、まだ生きているのではと思うような美しいフローズンフロッグの胃袋が手に入った。

 

 ジュゼットさんに精算をして貰う際、何も考えずに自分が解体した黒い何かとシショーの芸術的なフローズンフロッグの胃袋を同時に出してしまった。

 

 自分が片方を解体していない事を、ジュゼットさんにはバレていただろう。

 怒られる又はペナルティーを受けると思ったが、何も言わずにいてくれた。

 

 それ所か本来一度しか受けられない研修をしかもマンツーで受けられた。

 それ以来何かと声をかけて親身になってくれて、今回のようなエリア変更のアドバイスをくれたり、ノーテン工房への紹介状を書いてくれたり色々とお世話になっている。


「クライフ先輩」


 解体でヘトヘトになりながらも、赤い城壁が見えてきた時に後ろから声をかけられた。


「レベッカ?」


 振り返るとそこにこの前出会ったばかりの妹弟子のレベッカがいた。


 メイド服や執事服ではなく、刀と剣を持った冒険者らしい格好をしている。


「どうしたの、こんなの所で」


 町の入り口のすぐ近くだが、日も落ちかけて人通りの少ない場所に一人でいる。

 出会った時と違い、何やら異様な空気感を発している。


「実はボク、先輩を待っていまして」


 顔をうつむけている、若干目が赤くなっているように見える。

 明るく、年下だけれどしっかりとした女性というイメージだったが、今日は親と離れたような幼子に見える。


「自分を、どうして?」


 何があったのだろう、依頼でも失敗したのだろうか?


「ごめんなさい、ボクどうしたらいいかわからなくて」


 両手を顔に当て泣き始めてしまった。


「え、ちょっと」


 妹弟子が目の前で泣き出してしまい、何をすればいいかわからずあたふたしてしまう。


 こういう場合どうすればいいのか、女性に慣れているルフトでもいればいいのだけれど。


「シショー、どうしましょう?」


 背負っているシショーに小さな声で助けを求めた。


『ど、ど、どうしよう。とりあえず、どこか落ち着いた場所でボクっ子の話を聞こう』


 同じく動揺しているシショーのアドバイスに従い、妹弟子に触れるぐらいの距離まで恐る恐る近づくと妹弟子は顔に当てていた両手を下に降ろした。


「レベッカ?」


 妹弟子が短く息を吐き、足を広げて腰を落とす。


「え?」


 妹弟子の繊細そうな手が刀に向かう。


 見慣れた構えに、自分の中で警鐘の鐘が急に鳴り出した。



 居合い斬りだ、咄嗟にそう確信できた。



 慌てて頭を戦闘モードにする。

 自分より一回り小さい妹弟子から鋭い攻撃が迫ってくる。


 こちらからも刀を抜いて抵抗するか。


 いや間に合わない。


 重心を後ろにして無理矢理体をそらす。

 居合い斬りで放たれた刀が自分の顔目がけて飛んできている。


 高速に向かってくる刃が、急激に動きが遅くになっていく。


 音が聞こえない世界「静の間」に入った。


 死を感じた時にだけ入る事ができる、あらゆる物がゆっくり動いて見える世界。

 それが静の間だ。

 この世界に踏み入れるのも初めてではない、今回も落ち着いて行動する事ができる。


 刀がゆっくり自分に向かってくるが、体がそれ以上にゆっくり動く為どうやっても躱す事ができない。


 いくら世界が遅くなっても、避けられないものは避けられない。


 半ば諦めの気持ちになった時、視界が大きくぶれ、目の前で高速に何かが走る炸裂音がし静の間から解放された。


 いつの間にか妹弟子から5メートル程離れた場所にいた。


 無理矢理躱した反動か足元がおぼつかなく、何とか尻餅をつくのを堪えた。


「すごいや、クライフ先輩。

 どうやったんですか?」


 いきなり攻撃してきた妹弟子が、先程までの泣き顔から一転、新しいおもちゃを貰った子供のようなキラキラした顔をしていた。


 どうやって?

 確かに先程までは妹弟子の居合い斬りの間合いに入っていたはずだ。


 本来は躱す事ができず、致命傷を受けていただろう。


 遅ればせながら刀を抜いて考えるが、思考がまとまらない。


「シッソさん、あなたの負け、敗北ですね」


 癇に障る、聞き覚えのある笑い声がした。


 できない事はわかってはいるが、絶対に振り返りたくなかった。

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