第19話 精霊使いの証明


 先程まで朗らかな顔をしていた親方の顔つきが目に見えて険しくなっている。


 後ろに立っている妹弟子も驚いたと思う。


「なるほど…………疑う訳ではないのですが証明して貰う事は可能ですか?」

 

 滅茶苦茶疑っている。

 言葉遣いこそ丁寧だが怒らせてしまったようだ。


「そ、そうですね。ここでは見せられないのでお庭をお借りしてもいいですか?」


「どうぞ……こちらへ」


 明らかに怒っている親方の後を追って庭に行く。


 やってしまったかもしれない、もっと丁寧に説明すべきだったか。

 こうなったら直接見て貰うしか方法はない。


 案内して貰った中庭は、ガーデニングがしっかり行き届いた綺麗な庭だ。


「これから詠唱なしで、精霊魔法を使います」


「どうぞ」


「シークレットブーツ」


 怒っている親方と心配そうなレベッカの前で、最大限の高さで魔法を唱える。

 即座に足の下に土を盛り身長の倍の高さになる。

 

ゆっくりと顔を見上げる親方と目が合う。


「………………これが精霊魔法ですか?」


「えっと、そうみたいです」


 キープやヒートアップは補助系なので伝わらないし、風の囁きはモンスターが周りにいないと使えない。

 インザダークネスでもいいのだけれど、明るい時間帯だとわかりづらい。


 消去法でシークレットブーツを披露する事にした。

 部屋でやると室内に土の汚れがついてしまうかもしれないので庭をお借りしたが、移動してまで見せる様な魔法ではないのかもしれない。


「……随分変わっていますね」


「ええ、よく言われます」


 何だか急激に恥ずかしくなり、シークレットブーツを徐々に解除して短くしていく。


「どのような時に使われるんですか?」


「すいません、まだわかりません」


 毎日訓練して慣れてきたが、これといった具体的な使い方がまだ決まっていない。


「そうですか、とりあえずもう少しお話を聞かせてください」


 最初に入った部屋へ戻り、クロロ師範代と同じようにシショーを袋から取り出し今までの経緯を説明した。


「いや、こんなに驚かせられたのは久しぶりです」


 親方も途中から笑い出し、柔らかい雰囲気になってきた。


「すみません」


「ジュゼットさんも人が悪い、紹介状に一言ぐらい書いてあれば良かったのですが」


「えっと、多分ジュゼットさんも知らないと思います」


「そうですか、吹聴して回るよりはいいと思いますけど何かあった時の為にもジュゼットさんには話した方がいいですよ」


「確かにそうですね、そうします」


「わかりました、では改めてですが防具に出せるご予算はおいくらですか?」


「金貨二枚です」


 事前にシショーと決めていた金額を申告する。

 一部シショーから前借りをした金額だ。


 ここでは金貨二枚ははした金かもしれないが、自分にとっては大金だ。


「わかりました、では予算内で最高の物を私が作りましょう」


「え、マジで?」


 ずっと会話に参加しなかった妹弟子が、素の声を出して驚いている。


「失礼しました」


 親方に睨まれた妹弟子が即座に謝罪した。


「それではこちらで測定させてください」


 身長や手足の測定が始まった。


 様々なサンプルを付け、意見を聞かれながら一時間程で終わった。


「二週間後にはクライフ様に最高の物をお渡しする事をお約束します」


「ありがとうございます、お願いします」


「レベッカ、玄関まで送って下さい」


「はい、こちらへどうぞ」


 妹弟子に先導されて部屋から出て行く。


「流石クライフ先輩、今日は本当に勉強になりました!」


 玄関を出るとフランクな口調になり大袈裟に褒めてきたが、どこに勉強する要素があったのだろうか。


「レベッカさんは」


「レベッカでいいです、もしくはシッソでいいです」


「シッソ?」


「クロロ師範代からシッソと呼ばれます。どうやら質素な私に付けたあだ名みたいです」


 言われて見れば師範代にそう呼ばれていたかもしれないが、この華やかで可憐な女性が質素だと?


「師範代らしいね」


 自分も天才さんと呼ぶ所からして、あの人は特徴の逆のあだ名をつけるみたいだ。


「そうなんですよ」


「じゃあ、自分もクライフだけでいいですよ」


「年上かつ冒険者の先輩で兄弟子ですから、クライフ先輩のままでいかせてください」


「そう?」


「はい、お願いします!」


 あまり先輩づらしたくなかったが、可愛らしい笑顔で言われたら折れるしかない。


「それでレベッカはここの弟子でもあるの?」


 呼び捨てで呼ぶのに照れが出ているが、平静を装ってみる。


「違いますよ。ボク、クロロ師範代に弟子入りするまでここでバイトをしていました。

 今でもたまにバイトとして雇って貰っています」


「そうなんだ、随分手慣れているから、てっきりまだやっているのかと思ったよ」


「クロロ師範代に弟子入りを了承してもらえるまで三年ぐらいかかっちゃったから、その間は毎日来てましたからね」


「三年も?」


「はい、あの時は苦労しました」


 師範代に弟子入りするまで、三年もかかったとは思わなかった。


 自分の出来が不甲斐なく、師範代はもう弟子を取るのを辞めたと言っていたのでそのせいだろう。

 

 妹弟子に申し訳ない気持ちで一杯になる。


「弟子入りするまでの間、どうせバイトするなら少しでもプラスにならない場所がないかなとか思って。

ここだと武器防具の良し悪しもわかるようになるし、上級の冒険者が何を求めてどこにこだわるのかわかるし。

 それに冒険者以外も来る人も一流の人ばかりだから、縁ができるかもって思ったりして」


「そっか……偉いね」


 年下なのになんてしっかりとした事を考えているのだろう。


 何も考えずに宿から近いというだけで、皿洗いをしていた自分とは雲泥の差だ。


「もうすぐバイトが終わるんで、良かったらこの後飲みに行きませんか?」


「あ、ごめん、明日早いんだ」


 正直に言うと可愛らしい女性からの誘いに思いっきり心が揺れたが、これ以上話をしていると自分の中にある僅かな自信すらも失う気がして、思わず逃げ出してしまった。


「そうですよね。すみません、またお願いします」


 怒られた子犬のように、がっかりしている妹弟子を見るとさらに罪悪感が湧いてくる。


 慌てて宿へ帰って明日の準備をする。



 嘘はついていないと自分に言い聞かせて、罪悪感から逃れるように朝早く起きシークレットブーツとインザダークネスを使いながら暗い町を走った。


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