第18話 ネクストステージ


「もし良かったらじゃが、エリアの変更をしたらどうかの?」


 東の森でゴブリンやコボルト、ミニオーク狩りをひたすら繰り返していると冒険者ギルドのジュゼットさんから提案を受けた。


「エリアの変更ですか?」


 エリア変更に申請は必要ないが、通例的にギルドへ報告する事になっている。


 この町では三段階にエリアを分けている。

 町から東の森入り口付近を初級、西の平原が中級、そして東の森深くが上級としている。

 

エリアの変更という事は西の平原という事だろう。


「うむ、エリアを変更しても問題ないぐらい力がついていると思うぞ。

 それにあまり大声では言えんが東の森はいい噂を聞かんしなぁ」


 師範代が言っていた、上級者が行方不明になっている件か。


 ジュゼットさんも言うなら何かあるのは間違いないだろう。


 変更する事に同意すると事前に準備していたのか、別の部屋で色々な資料を見せて貰いながら教えて貰う事になった。


 説明によると東の密林に対して、西は辺り一帯を見渡す事ができる平原だ。

 東の森は急勾配が激しく隠れる場所が多い為、モンスターも小型な二足歩行タイプが多い。

 奇襲されやすくモンスターを探すのが大変だけれど、強いモンスターがいないので初心者向けと呼ばれている。


 それに対して中級者向けと言われる西の平原は小型から中型のモンスターが多く、特に四足歩行のスピードに特化したモンスターが多い。

 平原で一番出会うと思われるモンスターが、青い毛を生やした狼のコバルトウルフだ。

 コバルトウルフ単体の強さはゴブリンと変わらない。ただ彼らはゴブリン達よりも集団で狩りをするのがうまく、集団リンチという陰湿な技を仕掛けてくるようだ。


 ジュゼットさんは集団戦になるので、できればパーティーに入って欲しいと言っている。

 あいにくパーティーを組んでくれそうな奇特な相手はいない。


 ジュゼットさんいわく、西で戦う為に必要なものが二つある。


 一つは匂い玉だ。西の平原は鼻のいいモンスターが多いので、いざとなったらこれを相手に投げて嗅覚をおかしくした後に逃げる事ができる。


 注意事項としては、鞄の中で暴発しないように扱わないといけない。

 自爆した人があまりにも臭すぎて、町に入れさせてもらえない事もあるらしい。


 確かルフトの所で販売していて、色付きと色なしを選べたと思う。色付きは煙幕的な効果もあるらしいけれど少し高かった気がする。


 二つ目は防具の購入だ。ウルフ達は手首や足首等の細い所を狙う事が多く、そこをカバーする事が必須らしい。一定の防御力があればいいので、できる限り軽いのを選ぶように言われた。


 武具は少しでも自分にあう武器はないかと色々買った事があるが、防具を買うのが久しぶりでどこに買いに行けばいいかと聞いた所「よく今まで生きてきたな」と飽きられ、最後には「冒険者なら武器より防具にお金を使いなさい」と怒られてしまった。


 一通り怒られた後「しばらく待っておれ」と言われ部屋を出て行ってしまった。


 戻って来た時に鍛治屋の住所が書いてあるメモと手紙を手渡された。



 翌日メモに書かれた通りの場所に行くと、高級住宅街に辿り着いた。


 目的の家は外から見た感じは普通のおしゃれな家だ。


 再度住所を確認するが間違いない。


 恐る恐るノックをする。

 しばらくすると扉の奥から人の気配を感じた。


「はい、何でしょうか?」


 執事服を着た女性がドアを開けてくれた。


 短い黒髪をオールバックでキッチリ固めていたので服装もあって一瞬男性かと思ったが、声と自分より一回り小さい体格からして女性だろう。


「すみません、ノーテン工房であっていますか?」


「はい、そうです。どのようなご用件でしょうか?

 あれ、もしかして、クライフ先輩じゃないですか!」


「え?」


 向こうは自分の事を知っている、どうしよう一番苦手なパターンだ。


 記憶力が悪く、特に人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。


 先輩という事は後輩、冒険者か?


 こんな綺麗な女性なら覚えているはずなのだが全然思い出せない。


「えっと……」


「すみません、自己紹介してないですね。

 ボク、レベッカですそして先輩と同じくクロロ師範代の門下生です」


「あ、あの時の」


 ついこの前クロロ師範代に出会った時、師範代を回収したメイド服を着ていた女性だ。


 あの時は使用人か何かだと思っていたが、まさか妹弟子だったとは思わなかった。


「すみません、クライフです」


「いえ、あの時と服も髪も違いますし、挨拶してなかったので」


「そうだったんですね、てっきりメイドさんだと思い込んでいました」


「ボク、シチュエーションによって服装を変えるの好きで。師範代のお世話をする時はメイド服、ここでバイトする時は執事服、冒険者や師範代の修行中は戦闘服に分けてます」


「はぁ、そうなんだ」


 趣味について熱く語っているが服装に全く興味がない自分は正直共感する事ができない。


「失礼、クライフ様。こちらへは武具か防具をお求めですか?」

 妹弟子は仕事中だという事を思い出したようで言葉遣いが切り替わった。


「はい、あ、こちらをフェノールさんに渡して下さい」


「頂戴いたします、紹介状ですね。

 親方に渡してまいりますので、申し訳ないのですがこちらで少々お待ちください」


 妹弟子が丁重に手紙受け取り、扉を閉めて中に戻った。


 どうやらジュゼットさんの紹介してくれた鍛冶屋は、一見さんお断りの格式ある所だったようだ。こんなラフな格好で入って大丈夫だろうか?


「どうぞ中へ、直接親方がお会いするそうです」


 しばらくすると妹弟子が爽やかな笑顔を向けてドアを開けてくれた。


「お願いします」


 緊張しながら民家の中に入る。


「初めてのお客様の場合、親方のお弟子さんが話を聞くのが通例ですが、クライフ様は親方が直接お会いするようです。流石ですね」


 絵画が並ぶ細長い廊下を歩きながら、嬉しそうにこちらを褒めてくれる。


 何故いきなり親方が会ってくれるだろうか、思い当たる節がない。


 案内してくれた部屋には、品のあるインテリアと申し訳ない程度に武具防具が飾ってある。

 その中に眼鏡をかけ、キッチリ目の服を着た細身の男性が待ち構えていた。


「初めまして、ノーテン工房の代表のフェノールです」


 代表って、この人が親方なのか?


 勝手にドワーフみたいなごつい体の人を想像していたが、イメージの真逆だった。


「クライフです、よろしくお願いします」


 ギャップに驚いている中慌てて挨拶を返す。


「お座りください、コーヒーは飲めますか?」


「あ、はい」


 条件反射で言ったが、コーヒーのような高級品は飲んだ事がない。


「レベッカ、頼みます」


「かしこまりました」


 妹弟子が部屋から出て行き、親方がじっとこちらを見て品定めをしている。


「ジュゼットさんのご紹介なのでどんな方かと思ったのですが、見た目は普通なのでちょっと驚きました」


「すみません」


「いえいえ、悪い意味で言ったのではないのですよ、私はね粗暴な人が嫌いなのですよ。

 礼儀正しい冒険者なら大歓迎ですよ、店を任せられてからは紹介状なしでは会わないようにしているのですよ」


 冒険者や傭兵は確かに粗暴な人が多く人によって毛嫌いされているが、鍛冶屋が嫌っているのは珍しいかもしれない。鍛冶屋も冒険者達程ではないけれど粗暴なイメージがある。


「人を見る目があると思う人に、紹介状を書いて貰うようにお願いしています。

 条件は二つ、一つは最低限の礼儀がある人。

 どんなに実力があっても、礼儀がなければ喋る獣と同じですからね。

 もう一つは、今は実力がなくてもいいので見込みがある人、何か光るものがある人。

 …………あなたは確かにその二つはクリアしてそうですね」


「あ、ありがとうございます」


 今日はやたらと過大評価を受ける、一体どこを見て素質があると思ったのだろう?


「失礼します」


 妹弟子がコーヒーを持って現れた、コーヒーを置く姿が様になっている。


「どうぞ飲んでください。豆からこだわっている自慢のコーヒーです」

 親方に勧められ、初めて飲む高級な黒い液体を恐る恐る口に入れる。


「それでは本題を伺います、何をお求めですか?」


「防具をお願いしたくてまいりました」


 不思議な味の飲み物に夢中になっていたので、親方の質問に変な言葉遣いで返してしまった。


「ジュゼットさんの紹介状にも書いてありましたが、小手と脛当てですね」


「はい」


「もう少しあなたの事を教えて頂けますか? 

 あなたはどういう戦い方をしますか? 

 もし良ければですが、可能な範囲でお持ちのスキルも教えてください」


「えっと……」


 どうしよう、精霊使いである事を伝えるべきなのだろうか?


 ルフトとクロロ師範代以外の人に、しかも初対面の人に教えて信じてもらえるだろうか。


「大丈夫ですよ、これでも一流店である自負はあります、お客様の情報は秘匿します。

 もしご希望であれば、レベッカを部屋から出しますよ」


「いえ、大丈夫です」


 あの妹弟子になら聞かれても問題ないと思うし、既に師範代から聞いているかもしれない。


「自分は刀使いで……精霊使いです」



 鈍感な自分でも部屋の空気がバキバキに凍りついたのはわかった。


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