第16話 天才さん
「まぁ、天才さんそんなに怒らないでくださいよ、その時のお詫びを込めて今日は奢りますから、好きなだけ食べて飲んでください。そこのスライムさんも是非」
師範代はシショーにコップを渡し、ワインを注いだ。
こちらが怒っているのを見てさらに上機嫌になった師範代は、ワインを飲みながらあれこれ質問が続いた。
師範代は三時間程ハイペースで飲み続け、呂律が怪しくなり目がとろけ始めている。
「ところで天才さんは、今狩り場はどこでやっていますか?」
「今ですか、まだ東の森ですけど」
「そうですか、可能なら早めに西の平原に行きなさい。上級者のベテラン冒険者の何人かが、浅瀬で行方不明に行方知れずになっているんですよ」
「深部ではなく、浅瀬で?」
町から近くの森を通称「浅瀬」と呼ばれている。
自分がゴブリンを狩っている浅瀬は初級者用だが、森深くは「深部」と呼ばれ上級者向けとされている。
「そう経験豊富な、上級者パーティーが帰り道に浅瀬でメンバーとはぐれる人が多発して多い。
低ランカーはなんとものないのに、上級者だけがいなくなる。
しかも変わった、変な目撃例も増えてる。
芳しい程怪しい匂いがぷんぷんでしょ?
大変面白そうですよね」
この人は本当にこういう曰く付きが大好きだ。
トラブルやピンチな状況を喜んで自ら突っ込んでいく。
「それは変わっていますね」
「そうでしょ、だから天才さんは変なのを見つけても決して近づかないでくださいね。
あれは私のです、誰にも渡しません」
「わかりました、師範代ありがとうございます」
「ふむ、その師範代と言う呼び方を、いつになったら辞めてもらえますか。
それとも天才さんに何も教えられなかった私への嫌がらせ、当てつけですか?」
「いえいえ、卒業しても師範代は師範代なので、それを言うならいい加減天才さんという呼び方を辞めて頂けないですか?」
「それこそ、無理です、不可能ですよ。
天才さんはいつまでも永遠に天才さんのままですから」
天才さんと呼ばれたのは、自分と刃物の相性の悪さを初めて見た時に「どうやったら、その刀で、その振りでその角度でそこまで切れないのか、もはや芸術、逆に天才的だ」と言われ、それから師範代の中で天才さんの名前が定着してしまった。
「天才さんは何で、天才さんと呼ばれているかわかりますか?」
「それは刃物の相性の事で……」
「まぁ、揶揄しているしからかっていますけどね。
でも刃物との相性の悪さなんて、天才さんが天才だというほんの一部でしかないんですよ」
「一部?」
「私が天才さんを天才だと一番に思うのは執着心のなさ、自我のエゴの希薄さとでも言うのでしょうか。
これがね、ちょっと普通ではないレベルで異常なんですよ。
天才的というより異質というべきですかね」
「異常、異質ですか」
「ええ~そうです、普通の一般的な人は多かれ少なかれ大なり小なり程度が違いますが、欲がありますからね。
戦っている時でも、早く帰って酒飲みたい、討伐部位を痛めたくない、みんなに賞賛されたい。みたいな気持ちが、欲がどうしても行動に移ってしまい、出てしまう。
けど天才さん、あなたは私が教えた通り真っ直ぐにぶれないで、そして常に相手の身になって一番嫌がる事をしている」
「はい、相手の立場になって、常にやられたくない事をやるのが師範代の教えの基本ですから」
「そうなんですけどね、天才さんはちょっとそれを一途に徹底し過ぎですね。
私も天才さんが知っているように性格、根性が少々捻じ曲がっている自負があります。
人が困る顔が大好きで、愛おしくなるタイプでSだと自覚していますが、天才さんも私と変わらず、いやむしろあの嫌がる事を行う徹底ぶりは私以上のドSかもしれませんね」
「いや、それはないです」
そこは違うときっぱりと言える。
あの苛烈な修行を喜んで人に与える人と同類な訳がない。
「そうですかね、同じぐらいのいい勝負だと思うのですけどね。
ドSか鬼畜かどうかは一旦置いとくとして、天才さんのすごい所は相手が敵が何を考え何を求めているのか察するすごい観察力。
一方で何故か身内や仲間に対しては無関心な所が有りますよね。
私も人の事は気にしない方ですが、天才さんは私よりさらに悪くひどい」
「それは、はいそうです」
先程と違い今回は素直に認めざるを得ない。
仲間らしきものはいないし評価や評判を気にするぐらいだったら来る日も来る日もゴブリン狩りなんかはしない。
「敵は誰よりもよく見えているのに身内はよく理解しようとしない……ん?
という事は天才さんが私の事を良く理解していると思えるのは、天才さんにとって私は教えを導く味方ではなく、厄介な事を言う敵側に属しているんですか?」
今日一番の笑顔をこちらに向ける。目を合わす事ができず首を振るのが精一杯だった。
「まぁいいでしょ、私も結局天才さんに教え、導く事ができなかったですしね。
そういえば、最近新しく教えを請いたいという輩ができましたよ」
「新しい弟子ですか、自分で最後みたいな事を言ってなかったですか?」
「天才さんで最後にしようと思ったのですけど、しつこく、執拗に弟子入りを志願するのがいまして根負け、降参しました」
「そうですか」
根負けしたと言っているが、恐らく最終作品が自分(失敗作)で終わるのをよしとしなかったのだろう。
「天才さんと比べるとちょっと地味で質素だけど、天才さんと違って普通に問題なく剣術は筋がいいし、魔法も素質がありそうだし、盾を持たせりゃそこらのタンクよりしっかり守れるし、少しだけど回復魔法だって使える」
「それはすごいですね」
「刀を渡してたみた所、すぐに居合い斬りを取得、覚えましたよ」
「え、マジですか」
師範代の代名詞と言えるのが刀を使った居合い斬りだ。同じ刀使いだったのでいつか教えて貰えるかもと期待したが最後まで教えて貰う事はなかった。
正直言うとその弟子が羨ましい。
「だけどね、あれは優秀な優れた戦士にも魔法使いにも何にでもなれるのだろうけどちょっと物足りないなですね。このままだと優秀な秀才で終わっちゃうかもしれませんね」
「秀才ならいいじゃないですか?」
「つまらない、面白くないですね、もっと天才さんみたいな、歪さがないといけませんね」
「歪……ですか」
もう異常とか異質とか歪とか言わないで欲しい、流石凹む。
「あの地味で質素な子にどのように異質さを、歪みを与えるか模索中ですよ。中々器用な子でね、刀と剣の二刀流なんてやらせていますがどう思います?」
「それは……大変そうですね」
まだ見ぬ新しい弟子に同情を禁じ得ない。
剣は叩き切るのに対して、刀は断ち切る事に特化している。
切れ味では刀の方が上だが頑丈さでは数段剣の方が上だ。
自ずと戦い方も違うし、それぞれスキルが別で必要になる。
ただ普段は剣を使ってここ一番で刀を使ったり、敵に合わせたりすれば意外と使い勝手はいいのかも知れない。
「天才さんも切れるようになったからって、浮かれているとすぐに抜かれますよ」
「はい。それは良くわかっています」
「天才さん、あなたの剣の才能、センスは私の現役が一流だとするとそうですね、二流よく言っても一流半ですかね」
「師範代と比べたらそうでしょうね」
「ただね、他の形だったら分からないですよ。
それが精霊使いなのか、何なのかは分からないですけどね。
まぁ天才さんが普通の精霊使いになるなんてありえない、不可能でけどね」
「何でですか」
「天才さんだからですよ、現に今も精霊使いとしての普通のスキルはないんでしょ。
それでいいんです、普通の平凡な精霊使いみたいなつまらない物じゃなく、天才さんらしく型にはまらない特別な独自の何か面白い物になってください」
「はぁ、わかりました」
その後も師範代は満足げな顔で飲み続け、途中トイレに行くと中々戻ってこなかった。
様子を見にいくとトイレの上で豪快に寝ていた。
師範代を起こし、千鳥足の師範代を肩に担ぎなら店を出た。
支払いはいつの間にか師範代がすませてくれていた。
半分寝ている師範代にお礼を言って遠慮無くご馳走して貰った。
「すみません、クロロがご迷惑をおかけしました」
師範代の家の方向に向かっていると、後ろから澄んだ女性の声がした。
振り返ると可愛らしいメイド服を着た女性が申し訳なさそうな顔をしている。
「ん、シッソか」
先程までろくに会話ができなかったが、女性の声に反応して目を覚ました。
格好からして女性は師範代の使用人か何かだろう。
慣れた手つきで師範代に肩を貸し、荷物を手に持った。
ボロボロの格好で忘れがちだが、師範代はミドルネームを持つ歴とした貴族だ。
使用人の一人や二人いてもおかしくはない。
「ではお先にまた今度、時間がある時にお話を拝聴、聞かせてください。
じゃあシッソ、帰りますよ」
「はい、では失礼します」
そう言ってメイドさんに連れられて師範代がいなくなった。
宿までの帰り道で、弟子入り時代も含めてここまでクロロ師範代としっかり話をした事がないと思った。
今までは怖い、ドSで、鬼畜な人でなしという風にしか思っていなかったが、たまにだったら飲みに行ってもいいかもしれない。
一月に一回は多いな、一年に一回…………数年に一回ならいいかな。
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