第15話 敬遠したい恩師


「おや、天才さんじゃないですか」


 ろくに刃物も使えない自分を天才さんと称するその声に死ぬほど聞き覚えがあった。


 背筋がぞっとして歩が止まる。


「……師範代、ご無沙汰しております」


 聞こえない振りして逃げたい気持ちが込み上げたが、実行する勇気がなく観念して振り返って挨拶をした。


 ボサボサの白髪と白髭にダボダボの小汚い服を着て、見るからに怪しい御老体。


 名をクロロ=バイト=イヤー、私の四人目の師範代だ。


 乞食と間違えられてもおかしくないような格好だが、ファミリーネームだけでなくミドルネームを名乗る事を許された貴族だ。


「偶然ですね、久しぶりですね、いやー本当に久方ぶりですね、卒業してからこの老人、老体を全然全くもって相手にしてくれないんですもの。

 教わる物を教わったら私は用なしで必要なしですか?」


 同じ事を別の言い方で言う癖は変わっていないようだ。


 少し甲高い声質もあって、言葉遣いは必要以上に丁寧だが嫌みに聞こえてしまう喋り方だ。


「いえ、そんな事はありません」


「本当はよくありませんし、見逃せませんけど、まぁいいでしょ。

 ちょうど良かった、これから飲みにいく所なので一杯付き合って一緒に飲んでくれますよね?」


「……はい」


「それはとても良かった。いい場所ですよ、テラス席で夕日が沈みゆくのを眺めながら一杯飲むのが、最近の自分の趣味でマイブームでして」


 生まれつき左右の足の長さが違う為、普通に歩くとびっこを引いて歩くよう見える師範代の後をついて行く。


『ねぇねぇ、誰?』


 ボディーバックの中にいるシショーが念話で聞いてきた。


「恩人で……天敵だ」


 クロロ師範代との出会いは五年程前、当時刀術を教わっていた三番目の師範代からの紹介だ。


 クロロ師範代は噂とかにも疎い自分でも知っている有名人だ。

 戦争で名の知られた元傭兵で、後に冒険者になりすぐにAランクまで登りつめた。

 居合い斬りの名手としても有名で、居合い斬りの斬撃を飛ばし離れた敵を攻撃する姿を見て「風切り」と言う二つ名がついた。

 その居合い斬りでドラゴンの首を刎ね、国王に気に入られ貴族になったのは既に物語として語れている生きた伝説だ。


 若い時に様々な無茶をしたせいで心臓の動きがおかしくなる病気になった為、本格的には冒険者として引退し、そこで暇潰しで始めたのが後進の育成だ。

 師範代の下では幻光のハインセン、双盾のジーダ、俊風のマギーなど二つ名を持つ冒険者や傭兵が多く育った。

 

 そんなクロロ師範代の目にとまったと思って、当時は大喜びしたのを今でも覚えている。

 いずれは自分も二つ名を持てるような人物になれると信じていた。


しかしそんな育成の達人のクロロ師範代をもってしても、刃物で切る事ができない自分をどうにかする事はできず、最終的には木刀を使う苦肉の策を生み出し、それと同時に卒業という名の首宣告を受けた。


 ショックだったが別に卒業させられた事に恨みはないし感謝もしている。

 ただ修行中ずっと振り回され続けてひどい目に何度もあったので、強烈な苦手意識が残っている。


 師範代の案内されたのは、町の中心から少しだけ離れた丘沿いにある居酒屋だ。

 従業員が可愛く眺めも絶景という事もあり、予約必須の人気店だ。

 事前に予約していたのか、すんなりテラス席に案内された。


「乾杯、悪いね天才さん、大変ご多忙で忙しいのに強引に無理に捕まえてしまって」


 決して悪いと思っていない、獲物を前にした狩人のような目がそう語っている。


「いえ、そんな事ないです」


 テラス席で絶景を見ながら、自然と泊まっている宿までの逃走ルートを考えてしまった。


「どうしても、なんとしても話をしたかったんですよ。

 最近大変なご活躍じゃないですか噂でもちきりですよ。

 是非その極意、秘訣をこの老体にご教授、ご指導願いたいものです?」


 入門しから一度も飲みに誘われていなかったので、何故今頃誘ったのか不思議に思っていたがようやく理由がわかった。

教えるのに失敗した出来損ないが最近少し活躍しているという噂を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。


「わかりました。お伝えしますが……ここですと人目がありますので」


「いいですね、いや本当に。天才さんは私の事を実に良く、誰よりも理解している、わかっていますね。そのもったいぶる、焦らせる感じがとてもいい」


 師範代の気味の悪い笑顔をした後、ウェイターを呼んで一言二言話すと小さめの個室に変更する事ができた。

 この人気店で無理が聞けたのでかなりの常連のようだ。


「じゃ天才さん、お願いします」


「わかりました。まずこれを見てください」


 ウェイターが個室を出たのを見て、シショーを鞄から取りだしルフトと同じ段取りで質問を受けずに一気に説明をした。


 師範代もいきなり現れたスライムに驚きはしたがルフトの様に笑い転げる事もなく、説明が全て終わった後も眉間に皺を寄せてずっと黙っている。


「いやはや、盲点です、一生の不覚ですね……そうだ、確かに精霊使い、それなら。

 うむ、何故気づかなかったのだ」


 しばらくの沈黙の後、師範代がポツリポツリと独り言を言い始めた。

 独り言の内容からして信じて貰えたようだ。


 刀との相性の悪さをよく知っている師範代なら、キープを使って実際に物を切れば信じてもらえるだろうと画策していたが、取り越し苦労だったようだ。


「私はね、天才さんの連れているスライムさんが本当に元人間とか、異邦人とか、凄腕の鑑定使いとか、そこはいまいちはっきりとは、ピンとこなんですけどね。

 天才さんが精霊使いになった、なれたというのが納得しましたし、腑に落ちましたよ。

 これでもない、嫌になるくらいにね」


「信じて頂きありがとうございます。

 正直こんなに早く信じてもらえるとは思っていませんでした」


「天才さん、私はね天才さんが知っているように才能がない、落ちこぼれと呼ばれている生徒を攫っては、勝手にいじくってみてカスタマイズ、チューニングするのが好きでね。

 誰もが諦めた人材を一流にできた時の達成感、優越感、快感がたまらない」


「はい、初めて会った時に説明して貰いました」


「天才さん見た時はピンと来る直感がきました。

 これは育てれば素敵で面白いとね、でも予想と反して全くもって全然駄目でしたね。

 剣を振るうセンスがあっても、切る事できず。

 タンクをやる洞察力と間合いを読むのはピカイチだが、盾を使うセンスがなく。

 魔法使いが羨む程の魔法量があるのに、放出する才能が全くない。

 称号を三つも取得できる程神に愛されているのに、回復魔法が使えない。

 ここまで中途判場な人材は見た事がなかった。

 私からちゃんと学べたのは歩術ぐらいですかね」


 唯一合格を貰えたのは師範代が生み出したクロロ流歩術で、独特のステップで相手に距離感を勘違いさせたりするのを目的としている歩法だ。


「そんな天才さんが精霊使いと言った瞬間、全てのピースがそろった気がしますね。

 何故思いつかなかったのか、いやはや常識、思い込みというのは恐ろしく怖い」


 ワインを飲みながら、実に悔しそうに、そして楽しそうな顔をしている。


「ただね負け惜しみ、言い分けじゃないけど、天才さんがテイマーとしての才能がそこそこある事には気づいていましたよ」


「え、聞いてないですよ!」


「本当ですよ、事実ですよ。昔あなたに何回か犬をワンちゃんを預けさせたでしょ。

 天才さんが立派に扱って飼い慣らしていたのを見て、間違いないと確信をしました。

 あれはとある貴族が甘やかしに甘やかしまくった駄犬ですから」


 師範代はその場で思いついたような変な修行が多かった。


 痴話喧嘩を止めてきなさい、武器を持たないで森に一日いなさい、掃除をしなさい、ダンスを学びなさい、ジャグリングをマスターしなさい等意味のわからないものばかりだ。


 理由も教えてもらえず、どんな無茶ぶりがくるか分からず毎日戦々恐々としていた。


 当時は精神的にまいっていたので、大分犬に癒やされた記憶がある。


「待ってください、知っていたら何で教えてくれなかったですか、教えてくれたら今頃は」


「そう、普通の平凡なその辺にいるテイマーとして生きていたでしょうね。

 あそこは生きていく分には問題なく稼げますからね。

 ただ私のプライドが、矜持が許さない。私の生徒に凡庸な平凡なテイマーが生まれるなんて。

 卒業の際に言うべきか教えるべきかどうか迷いましたが、言わなくて良かった。

 立派な曰く付き、色物のヒューマンの精霊使いが生まれましたから」


 テイマーの資質があるとわかっていたらゴブリン野郎と罵られる事なくもっと楽に生きていたはずだ。

 師範代はわかっていてあえて教えなかったのか。



 ニンマリ笑う師範代の顔を思わずぶん殴ってやろうかと思ってしまった。

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