第14話 閑話 大ベテランのジュゼット=パステル
仕事の良い条件といえばまず思いつくのが、労働条件、安全性、金。
この三つじゃろうな、人によってはやりがいだったり、地位だったり、宗教的意義なんてもんもあるだろうけど、言い出したらきりないのでとりあえずこの三つとしておこう。
儂が働いている冒険者ギルドのギルド員というのは、この三つが非常に高い水準をクリアしていると言って良いじゃろう。
当番制なのでよっぽどの事がない限り仕事は定時に終わる上に、町から出る事がないのでこの上なく安全じゃ。
給金も高水準と言って良いじゃろう。基本給は高くないが代わりに様々な手当てがつく。
特に担当した依頼の1%も貰える。1%と言ってもこれは馬鹿にできない、下手な冒険者よりも稼いでいるやり手もいる。みんな手当て目当てにプライベートの時間を使って、有望になりそうな冒険者と仲良くなろうとする。
こんな誰もが憧れる職場じゃが、実は離職率はかなり高い。
原因は冒険者が簡単に死んでしまうという事だ。
詩人のドルバークの名言「冒険者の命は綿花よりも軽く、肥料よりも価値がない」とはよく言ったもんだ。
目をつけて仲良くなった冒険者が、自分が薦めた依頼で命を落とすのは精神的にきつい。何とか奮起したとしても、また同じ事が定期的にやってくる。
必然と儂みたいに気持ちを切り替えられる人しか残れなくなる。
そんな精神的にきつい職場で、特にきついと言われるのが新人担当だ。
希望に満ちたキラキラした目をした子共が、簡単に死んで行く。
何とか命懸けで帰ってきたが手足が無くなるような大けがをした場合、冒険者として活動できないと判断して首を申しつけなくてはいけない。
そんな訳で手当てのうまみも少なく、誰もやりたがらない新人担当を行うのは儂みたいなベテランがやるというのがギルドの通例じゃ。
儂は通常のギルド員と違い、元冒険者で相方が死んでしまったのを機に引退した所、先代のギルドマスターにスカウトされた。
それから四十年近く働いているロートルだ。
そんな儂の経験上、新人が死ぬ三つの落とし穴というのを見つけた。
一つ目は新人殺しとして名高いモンスターのアミラージじゃ。一本角が生えただけ可愛らしいウサギで、臆病で何もしなければ襲ってこない。
角、皮、肉どれも比較的高価で売れる。
一見新人に持ってこいと思われるが、アミラージは危険を感じると角を回転しながら飛ばしてくる。
これ自体は速度も遅いのでそこまで脅威ではない。
まずいのは傷ついてしまった時じゃ。この角には健康に影響出ない程度の毒がついていて感染すると、原理かわからんが周りのアミラージに敵認定を受ける。
認定を受けると森中に潜んでいるアミラージが見境なく角を飛ばしてくる。
解毒剤を持っていればいいのだが、新人には高すぎる為まず買えん。
その為調子に乗った初心者がアミラージ狩りをすると、大概角だらけの死体が翌日見つかる。
二つ目の落とし穴が、自分達よりも上級のグループの荷物持ちを行う事じゃ。
荷物持ちを行いながら上級者の戦闘や知識を学ぶ事ができると、新人に打って付けに見えるのが嫌らしい所だ。
まず上級者グループが行く所は新人では対処できないようなモンスターが多く、戦闘に巻き込まれ死んでしまう確率が高い。
さらに一緒に行ったメンバーの質が悪いと、逃げる時の囮にされる事もありうる。
三つ目がソロで行動する事だ。
新人がソロでもできる依頼は確かにある。薬草狩りとかはうまくいけば、モンスターにも出会わずに済む。
稼いだ金を独り占めできるので、薬草でもそこそこ儲かる。
ただしうまくいけばだ。
一人の時といのは様々なアクシデントが起きても、全部自分で処理せねばならん。
足をひねったとか、何かに挟まったとか、目に何か入ったとかパーティーメンバーがいれば笑い話になるじゃろうがソロだと即命に関わ。
ある程度知識、経験がないとソロで出かけるのは自殺行為なのじゃ。
そんな訳でじゃ、冒険者で安全に生き残るには面倒くさいと思ってもギルドの講習を受け、正しい知識を得て同じぐらいの実力で対等に組める人とパーティーを組む事じゃ。
孫と同じぐらいの若者が簡単にいなくなってしまう新人担当は儂でも辛い。
そんな中で長く働くコツというのがあってな、それは名前を覚えないという事じゃ。
人に名前を覚えて貰うと嬉しいもんじゃ。
名を呼ばれるだけで相手に認めて貰ったという肯定感を感じられる。
じゃが儂はあえて覚えないように必死で努力して、情が湧かないようにしている。
そうはいっても儂の努力もむなしく、名前を覚えてしまう時がある。
クライフ、この青年はその例外の一人じゃ。
Dランクまでの依頼が儂の案件なので、普通の冒険者は二年~三年ぐらいでCランクに上がるか、お陀仏になるかのどちらかで名前を覚えずに済む。
だがこの青年は、かれこれ十年近くDランクに居座り続けている。
来る日も来る日も親の敵のように、ゴブリンばかり狩っている変わった青年でついに名前を覚えてしまった。
彼の経歴を見ると昔はパーティーを組んでいたが、他のメンバーが別の町に行き一人この町に残ってしまったみたいで、その後はずっとソロで活動している。
ただある日を境にゴブリンの狩る量が増え、そしてゴブリン以外の獲物を狩るようになった。
体つきも変わってきたし、表情も自信があるように見える。何かをきっかけに突然成長する者もいるが、彼みたいにある程度キャリアを積んだ後に変化するのは珍しい。
そのクライフが、査定の為に儂の所へやってきた。
「これは両方とも君が仕留めたものかね?」
二つのフローズンフロッグの胃袋を並べてクライフに訪ねる。
フローズンフロッグの胃袋は伸縮性が高く、温度を低い状態で維持できるので冒険者の荷物袋や飲食店の冷蔵庫等に使う事ができる。需要が高く、高値で売買される。
フローズンフロッグの討伐難易度は低いが、解体の難しさで有名な獲物じゃ。
一つは今までで見た事もない程できが良い、傷一つなく妙に色が鮮やかでテカテカ輝いている。あまりにもできが良いので偽物ではないかと思った程だ。
もう一つはお世辞にも良いとは言えない。血抜きが甘いから赤黒くなっており、小さな穴も空いているし、伸縮性もほとんどない。
「…………はい」
クライフもこちらが何を言いたいのか気付いたようで、下を向いて小さくなっている。
明らかに二つは同じ人が解体した物ではない。
しかし記録を見ると間違いなくクライフが討伐している。
「こっちは見事じゃ、一つ銀貨二枚とボーナスで銅貨五十枚。しかしこっちは買い取れんの、どうしてもというのなら丁稚の練習用に銭貨五十枚という所じゃな」
「わかりました。それで御願いします」
「こっちが、君がやったものだね」
出来の悪い方を指差す。
「……はい、そうです」
素直に認めた。つまり直接口にしないが、もう片方は別の人間が解体したと言う事だ。
別にルール違反ではないが、あまり褒められる事ではない。
じっとクライフの顔を見ると申し訳なさそうにしている。
見慣れた顔のはずじゃが、今日は何故か庇護欲をくすぐられてしまう。
「君、もし良かったらあの研修受けないかい」
近くにあった研修案内の連絡版を指差す。
「研修ですか?」
初心者用の解体の研修で、何年も前にクライフも一度受けたものだ。
本来は一人一回までなのだが、儂の権限で無理矢理研修にねじ込む事もできる。
「いいんですか?」
クライフも本来できない事なのを知っているのか、申し訳なさそうにしている。
「うむ、この日の講習は儂が行う事になっているので特別にいいぞ。
確かまだ参加者はいないはずじゃ、問題なかろう。ただ、他の希望者が出たら新人の参加者と交えながらになるかもしれんが、それさえ良ければじゃがな」
「すみません、では御願いします」
「分かった、ではあさって時間に遅れないように」
「はい、御願いします」
そう言ってクライフは元気よく出て行った。
クライフが出て行くのを見届けた後、連絡版までしれっと歩く。
周りに誰もいない事を確かめ、そっと研修の案内を消した。
十年近いキャリアを持つ人間と、新人が同じ研修を受けるのはお互いにとって良くないじゃろう。
儂のモットーの一つとして依怙贔屓しないというものだったが、まさかこんな簡単にルールを破ってしまうとは。
どうせならとことん依怙贔屓しようと思い、研修の準備を始めた。
マンツーマンだから、かなり教え込めるはずだ。
色々な資料を準備している時、無意識に鼻歌を歌っているのを同僚に指摘された。
どうやら初めて行う依怙贔屓に少々浮かれてしまったようだ。
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