第11話 切望したスタートライン

「焔 キープ」


 刀に赤い光が灯る、しばらくすると色が薄くなり始め点滅し始めた。


『カラータイマー発動』


 キープが切れそうになると、毎回言うシショーワードを無視する。


『二分経過!』


「よし!」


 合図を送ると、刀から光が消えて、赤い球体が自分の指先にやってくる。

 この赤い光は先日シショーと飲んでいた時に現れた火の精霊だ。


 今やっているのは、精霊使いの基礎的な特訓だ。

 この特訓はルフトから教わった方法に、シショーのアドバイスを加えたオリジナルの特訓法だ。


 ルフトに教わった伝統的な従来の訓練では無く、何故独自の特訓を始めたかというと話は三週間程前の初めて精霊が見えた翌日に戻る。



 予報通り雨竜様がこられた影響で大雨が降っていたがいてもたってもいられなく、朝早くに雨に打たれながらルフトの元へ向かった。


 眠たい目をしていたルフトだったが、「精霊の蕾がある」と言って目を見開いて驚いていた。


 正式に精霊使いになる為の儀式を行う事になった。


 儀式を行い、精霊の蕾から精霊を孵化させるのだろう。


 基本の火、水、風、土、そして上位精霊の闇の精霊も蕾があるらしい。


 闇の精霊について孵化しない方がいいのではと聞いたところどうせ他のヒューマンにはわからないし、何よりヒューマンが精霊使いになる事自体変なのだから、素直に上級精霊がいる事に喜べ」と言われた。


 儀式は座っているだけでルフトが枝を持ってきて、呪文のような言葉を唱えていた。


 叩き起こしてしまった所為か、ルフトは今日も機嫌が悪そうでずっとしかめっ面だ。


 儀式が終わった瞬間から、自分の周りとルフトの周りにいる精霊達をはっきりと見えるようになった。


 精霊達と対面した後、ルフトから教わったのがキープという練習法だ。


 精霊は自由を好み基本的に移動し続ける、そこで精霊に指示を行う練習として一定の場所にいて貰うようにお願いする練習だ。


 犬でいうと「待て」だがこれが思いの外難しい。


 最初は一秒も同じ場所にいて貰う事もできない。思うように行かないので、コツを教わろうと何度かルフト元を訪ねたがそっけない対応だった。


「そのうちなれる」


「繰り返せ」


「できなかったら、才能がない証拠だ」


「コツなんてない」


「そもそもヒューマンの精霊使いに教えた事はないから、何を教えればいいかわからん」


 と言われまともに相手にしてくれない。


 少しむかついたが、冷静に考えるとルフトに教わらなくてはいけない理由はない。

 そこでシショーに相談した所、元教育者らしく様々な案を提案してくれた。


『どうせやるなら漠然とやらず、目的をもって行動しよう! 

 まず、名前をつける所から初めてみよう!』


「精霊に名前をつけるんですか?」


『うむ、ペットにも名前をつけるでしょ。

 物とかにも名前をつけて、何かに愛情を持つという事はとても大切だよ。

 精霊だって意思があると思うから、名前をつけるのは最初の取っ掛かりとしてはとてもいいと思うよ』


「それって一般的なんですか? 

 ルフトは精霊に名前をつけてなかったと思いますけど」


『一般的かどうかなんて、関係ないでしょ! 

 そもそもヒューマンの君が精霊使いなのが既に普通じゃないのだから。

 それにエルフみたいにのんびりしていたら一人前になる前に寿命がつきるかも知れないよ』


 確かに、ただでさえ十年近くDランクで燻っていたのだ、悠長になんかしていられない。


 火の精霊に焔、水の精霊に滴、風の精霊に爽、土の精霊に硬、闇の精霊に月夜と名付けた。


 火と水は比較的スムーズに思いついたが他は苦労した。風は爽快な風をイメージして爽、土は硬い大地を想像して硬。動き回らない闇は夜空く浮かぶ月を連想して月夜と名付けた。


 二つ目の提案としてキープで具体的に目標タイムを精霊に与え、クリアする事ができたらご褒美を与えるというものだ。


 精霊にとって何がご褒美かわからなかったが、試しに指先に魔力を集めて直接あげてみた所喜んでいるように見えた。


 シショーの三つ目の提案は刀でキープを行うという事。


 精霊が一定の間同じ場所に留まると周りに影響を与える。

 それを利用して武器にキープして貰うと、武器に属性効果を与える事ができる。

 火が苦手なモンスターに、火の精霊をキープした武器で攻撃すると効果的らしい。


 しかしルフトは賛成しなかった。

 大昔に流行った手法らしいが、今はほとんどのエルフが使っていないらしい。

 キープを使って攻撃するなら、その属性で直接攻撃した方が 効率がいいらしい


 練習なので色々な物でキープした方がいい気がするが、シショーは刀でやろうと譲らなかった。『魔法戦士の鉄板でしょ!』と言っていたが何か目算があるのだろうか?


 キープが精霊によって得意不得意があるようで、キープが一番得意なのは闇の月夜、キープを解除してもしばらく刀から出ない程だ。

 次点で土の硬、水の滴が同列それに続き風の爽そして一番苦手なのが火の焔だ。


 そんなこんなで精霊が見えるようになってからはや三週間、オリジナルの特訓の成果なのか、ご褒美効果なのか、キープが苦手な焔も二分を超える事ができた。


 先程まで刀にいた焔の影響で鞘越しに刀の熱を感じる。


 刀にキープすると属性効果がつき刃物の色が変わり、少しだけ刀自体が変化する。

 火は赤く暖かく、水は青く冷たく、土は茶色で硬く、風は緑色で刀の周りに緩やかな風が流れ、闇は色の変化というより輪郭がぼやけて見える。


 最初は色も効果も薄く、誤差の範囲内だったが、最近は違いがはっきりわかるようになった。


『これで精霊全員二分の壁を超えたね、いよいよ二段階目に突入しちゃいますか!』


 シショーがどうしても欲しいと言って買ったチェーン付きの懐中時計を振り回す。

 シショーを入れる鞄の十個分以上価格の高級品だから、もっと大切に扱って欲しい。


 シショーの言う二段階目は、実戦でキープを使ってみるという事だ。



 いつもより少しテンションが高めのシショーを連れてゴブリン狩りに向かう。


 森を徘徊していると、遠くの方にモンスターがいる事を風の精霊の爽が教えてくれた。


 爽は精霊の中でも、あらゆる事に過剰に反応する傾向が強かった。そんなビビリと思っていた爽だが、敵の居場所に敏感になり索敵してくれるとは思わなかった。


 シショーいわく「風の囁き」というスキルらしく、もうじき正式にスキルとして取得できそうとの事だ。


 爽に導かれた方に行くと、目的のゴブリンがいた。


 ばれないように近づき息を潜める、刀に手をやると少しだけ手が震えていた。


 ゴブリン相手に緊張しているようだ。


 相手はいつものゴブリンだ、違うのはキープを使うだけだ。

 ただそれだけなのにビビってしまう自分に何だか笑いが込み上げてくる。


 刀を抜き水の精霊の滴にキープをお願いし、刀が青白く光る。

 個人的にこの色の光かたが一番好きだ。刀が研ぎ澄まされた感覚になる。


 今回キープは滴にお願いする事を決めていた。

 キープが一番得意な闇の精霊の月夜は魔力の消費が激しく、集中力が落ちてしまう恐れがあった。

 持続時間も安定していて、硬くなる性質がある土の精霊の硬でも良かったが、使う度に刀の重心が若干変わる気がする為、水の滴を使う事にした。

 

 シショーも滴を使う事に関しては『フォースも使えそうだし、いいんじゃない』と訳のわからない事を言いながら賛成してくれた。


 キープができている事を確認して、ゴブリンがやってきたので茂みから出て行く。

 奴もすぐにこちらに気づき、腰に差している二本のナイフをさっと抜く。


 しまった、二刀流だ。


 強いゴブリンはナイフを好み、その中でも二刀流は格別に強い事が多かった。

 普段なら無理に戦わずスルーするが、今回はキープで戦う事で頭が一杯だった為、観察が足りなかった。

 

 首を動かしてストレッチし、息を吐き動揺している気持ちを落ち着かせる。

 あくまでも自分らしく戦おう。


 自分の間合いで、自分のできる範囲で、相手の嫌がる事を行うだけだ。


 右足を擦りつけて地面の硬さを確認し、徐々に奴の間合いに入る。


 ゴブリンは二本のナイフを構え、小さい体をさらに小さくするように屈み、頭を小さく前後に振ってリズムを作り間合いに入り込もうとしている。


 攻撃の事しか考えずやみくもに突っ込んでくる事が多いゴブリンの中で、自分の戦い方を熟知している賢いゴブリンだ。


 上段で構えていた刀を突きに特化した型に変え、奴の頭の前で刀をちらつかせる。

 奴は刀が目の前にあるのを嫌い、左右に不規則に動きながらどうにか入り込もうとしている。

 

 焦らずに相手の嫌な事を徹底する。

 刀を奴の前に置きき続けストレスを与え続けた。

 

 睨み合いを一分程すると、ゴブリンの唸り声のトーンが少しだけ高くなった。

 十分ストレスを与えただろ。


 大きな声をあげて刀を上段に構え直し、刀を振り下ろす。

 奴は待っていましたと言わんばかりに、刀をナイフで受け流しながら自分がいた場所へ潜り込もうとした。


 しかしそれを予想していたので軽く歩法で躱し、奴の右側に回り込む。


 隙だらけの奴の手を狙って刀を振り下ろす。


 運が良ければ手が痺れてナイフを落とすかもしれない。


 ザクッという、今までに経験のない感触が手元に伝わる。


 願いは通じたと言っていいかもしれない。


 奴のナイフは地面に落ちた。



 奴の手も一緒にだが。



 何が起きたのか、よくわからない。


 ドンと肩に衝撃がきた。

 

 隙だらけの自分に奴の攻撃を喰らってしまった。

 一度距離を空けよう、奴もそれには賛成のようで簡単に距離が空けられた。

 奴は血が出続ける腕を一生懸命別の手で止めようとしている。


 下から見上げる目は完璧に怯えている。

 先程まで感じていた闘争心は微塵も感じない。

 血の出方からして時期に奴は死んでしまうだろうが、とどめを刺した方がいいだろう。


 刀に目をやるとまだ青白く光っている。

 無防備な奴の首に目がけて刀を振るい、先程と同様の慣れない感触が自分の両腕を襲った。


 浅すぎず深すぎず狙い通りの、憧れ続けてそして諦めていた一振りだ。


 すぐに奴は血を大量に流し倒れた。


 奴の死体を見ながら必死で息の吸い方を思い出そうとするが、リズムがおかしく息苦しい。


 生まれてこの方、こんなに興奮した事はない。

 シショーに会った時よりも、精霊が初めて見えた時よりも、初めて冒険者登録した時よりも、今が一番興奮している。


 震える手で刀をしまおうとしたが、とてもできそうにないので途中で諦めた。


 深呼吸をして何とか自分を落ち着かせよう。


 深く息を吸った時、自分の肩から鈍い痛みが走った。


 ゴブリンのナイフが肩に突き刺さっていた。

 慌てて抜き取りナイフを捨てる。

 どうやら攻撃を喰らった事もわからないぐらい動揺していたようだ。


「シショー……これはどういう事ですか」


 姿は見えていないが先程別れた草むらに向かって尋ねる。


『うむ、予想通りというか、予想以上の成果だな』


 草むらからシショーが現れた。どうやらシショーにとって予想していた事らしい。


『クライフ。まず言っておくけど、これはキープがすごいのではない。

 ルフト君が言っていたように、キープを使って攻撃するのは効率の悪い方法で、通常はここまでの劇的な変化は現れない。

 あくまで、クライフが本来持っていた技能が発揮しただけだよ』


「どういう事ですか?」


『ふむ、説明しよう!』


 近くにあった石の上にジャンプし、人差し指らしき物を作り上に向けている。


『キープの前にまず、クライフの斬撃について。

 出会った時に刃物との相性は、悪くないと言ったのを覚えている?』


「確か鍛治士の適性があるって言われた時に」


『そうあの時は説明しなかったけど、厳密に言うとね、刃物とは相性はいいんだけど、刃物で攻撃するつまり斬撃になるとマイナスホセイがかかる』


「……マイナスホセイって何ですか?」


 いつもは適当に流すシショーワードだが今回はしっかり確認する。


『えっと、何だろう……デバフじゃなし、呪いみたいなものかな』


「呪いですか?」


『ただね。

 キープを使うとクライフの攻撃は斬撃ではなく、魔法攻撃に分類されるんだよ。

 そうするとあら不思議、刃物で攻撃しているのにマイナスホセイが外されるのだよ!』


「魔法攻撃に分類?」


『つまり、キープを使うと一時的に呪いが解けるという事だ』


 まだ理解していないが、この際原理はどうでもいい。


 つまりキープを使えば先程のように、切れるという事だ。


 あの感触をもう一度味わいたいという欲望が、ドバドバと溢れていく。


『怪我もしているし、興奮しているので明日から色々試してみよう』


 次の獲物を探そうとする自分に今日はここまでにしようと諭してくれた。


 本日の成果はゴブリン一匹、それに対してポーションを三分の一も使った。

 赤字確定だったが全く気落ちせず、むしろ時間が経っても興奮は収まらなかった。


 次の日から冒険者生活が大きく変わった。

 

 長年冒険者をやっていたが、ゴブリンは弱いモンスターだという事を初めて実感できた。


 試しに少し上のランクのコボルトやミニオークを狩ってみた所、ゴブリンと同じという事はないが苦戦する事なく倒す事ができた。


 そして、ある事に気づいた。キープを使えば解体ができる。


 これによってゴブリンに囚われずに狩りをする事ができる。


 切れる、この当たり前の事ができるだけで無限に世界が広がっていく開放感がある。



 早く追いつきたい、興奮して中々寝付けない日が続いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る