第10話 閑話 運のいい男 バルド=フォーラン
自称、俺が町で一番運がいい男バルドだ。
わかっている、厳密に言えば俺より運のいい人間なんて山のようにいるだろう。
それでも、一番運がいいと思うようにしている。
俺は金持ちの家の生まれではないし、美人の幼馴染みがいる訳でもない。ハンサムでもなければ頭がいい訳でもない。
魔法もろくに使えない、普通の農家生まれの四男だ。
農家の四男って言うのはなぁ、最悪の称号だ。
長男がくたばって、次男がくたばって、三男がくたばってようやく出番が来る。
どの農家の四男も成人になったら問答無用で家を追い出される。
金も、学も、コネもない俺は冒険者になるという選択肢しかなかった。
特別な才能はなかったが威張っている先輩の腰巾着になる事で何とかやっていた。
三流の生活が一変したのは、冒険者生活の二年目の頃。
普段一緒に行動するメンバーが二日酔いだか食あたりだか何かで体調を崩して、仕方なく一人でできる薬草の採取の依頼を受けた時だ。
無事東の森で依頼品を手に入れた帰り道に、どの店で飲もうかなと考えていた時に冒険者と思われる男の死体を見つけてしまった。
死体の近くにストームグラムベアーという、Bランクモンスターの死体もある。
ストームグラムベアーは2mを超え紫色の毛で覆われている、基本的に森の奥深くにいて滅多にこの辺までやってこない。
森の死神、紫の悪魔と言われているトップクラスでやばい化け物中の化け物だ。
大木が折れ、地面がえぐれ、あちらこちらに血が飛び散っていた。
壮絶な戦いがあったのは間違いない。
きっとこの冒険者は森の奥からここまで戦いながら逃げていたのだろう。
一応自分の所属している神アルディアに、雑で簡易的に供養した。
当時の俺は全く信仰心がなく、祈り方もこんな手順だったかなと辿々しくやる程だ。
アルディア様といえば海と酒と勤勉の神と言うけれど、どこにその要素が俺にあるのだと思っていた。
海なんてろくに見た事ないし、勤勉とは反対のその日暮らしだったし、酒ぐらいしか当てはまるのはなかった。
でもよ酒なんてみんな好きだろ、酒の為にやりたくもない仕事をしているんじゃないか。
愚痴を言ってしまった、話を戻そう。
男を供養した後、何か頂けるものがないかと死体を漁っていた。
「…………ロゥー」
離れた場所から小さいが威厳のある唸る声が聞こえた。
身体中の毛が逆立ち、慌てて必要以上に距離を取る。
遠くから目を凝らしてみると、紫色の毛むくじゃらでご立派な胸板が僅かに揺れていた。
まだ熊は生きていやがった。瀕死とはいえ、もし立ち上がれば、先輩の機嫌を取るぐらいしか能力がなかった自分には勝てる要素がなかった。
熊のでっかい体と同化して見えなかったが、熊の腹に斧が刺さっているのに気づいた。
恐らくあの男が死ぬ寸前に放った斧が致命傷になったのだろう。
斧をよく見ると装飾があちらこちらに付いてやがる、見た事がないほどの上等品だ。
無意識に唾を飲み込んだ。
売ればいくらになるのだろう、そう自分の中の悪魔が囁いた。
自分の命と欲望で天秤にかけた所、自分の命というチップは安かったらしく斧を引き抜く事にした。
おっかなびっくり熊に近づき、斧を引き抜き大量の返り血を浴びた。
豪快に血しぶきをあげている熊から、重たい斧を放って慌てて距離を取った。
血が無くなったのか、僅かに動いていた熊は完全に動かなくなった。
もしかしたらと思いライフカードを確認した所、討伐リストにストームグラムベアーが載っていた。
斧を抜いたのが、とどめを刺したと認定されたらしい。
討伐部位を換金できる資格が手に入ったので、いそいそと皮と牙を剥ぎ取る。
討伐記録がないとギルドでは換金してくれなし、別の店で卸しても足元を見て大した金額にならない。
斧と併せて、まとまった金額が手にはいるはずだと意気揚々とギルドに報告しに行った。
ギルドに着いてからストームグラムベアーを倒したと、法螺を吹いたが誰も信じてもらえなかった。
しばらく粋がっていたがギルドのお偉いさんに呼ばれてしまい、色々と事情聴取を受ける事になった。
別に悪い事はしていないと思い、開き直り洗いざらい話した。
あらかた聞き終わると待っているよう言われた。
一時間程ぼけっとしていると、一目で貴族だとわかる男女が部屋に入ってきた。
どうやら死んだ冒険者はいいとこのボンボンだったようだ。
斧は貴族の家に代々受け継がれるものらしく、貴族の無言の圧力に負けて何も言わずお返しし、遺体の場所も丁寧に教えた。
「息子さんは、逃げずに立派に戦ったと思います」と適当な事を言った。
貴族はいたく感激し「敵を討ってくれてありがとう」と金貨十枚も褒美を貰った。
ただ斧が欲しくて抜いただけだが、余計な事は言わずありがたく金貨を頂いた。
なんやかんやあったが、ストームグラムベアーの報奨金も皮も牙も無事に全額貰えた。
今まで持った事がないまとまった金をゲットした。
当時の浅はかだった俺は初めて手に入れた大金にテンションが上がってしまい、昼間から知り合いを集めて綺麗な姉ちゃんがいる高級店で飯と酒を奢った。
一日で終わればいいものを、何日も働きもせずに毎日遊び続けてしまった。
至福の時はあっという間に過ぎ、大分手持ちが寂しい感じになってしまった。
そこで何を思ったか、全部使い切りたいという衝動に駆られた。
何に使い切ろうと迷っている時、テイマーのギルドが目に入った。
テイマーの資格診断には、大量の金がかかるのは知っていた。
当時は診断ごときに金をかける奴の気持ちが全くわからなかった。
ただ診断料がちょうど手持ちの金貨三枚とピッタリだったので、結果を全く期待しないで診断をした。
「適性がある確立は、五百人に一人ぐらいだがいいか?」と聞かれたがいいから早くやってくれと言い、投げやりに診断用の水晶に手を置いたら見事に光り出した。
まさかの合格、あれ程驚いた事はなかった。
それからすぐに冒険者をきっぱり辞め、テイマー見習いとして勤める事にした。
どうやらクズな俺にもアルディア様が好きな勤勉さがあったらしく、上司に気に入られる
ように働いているとあっという間に支店長にまで登りつめる事ができた。
人生やり直したつもりで真面目に働いている、嫁を貰い子供も一人できた。
当時の行き当たりばったりな生活から、地に足をしっかりつけた生活に変わった。
ただ生まれ変わったと言っていい俺だが、一つだけ職権濫用している事がある。
本来見習い等がやるテイマーの資格を診断する仕事を、適当な理由をつけて部下にはやらせず自分でやっている。
何故かと言うと、目の前で試験に落ちる人を見るのが快感なのだ。
才能があるかもと一発逆転を狙って、金貨三枚という大金を持って診断に来た奴が目の前で落ちるのがたまらない。
人の不幸を見て自分がいかに幸運だったがよくわかる。
その瞬間、自分が一番町で運がいいのだと思う事ができる。
見た目、肩書き、収入、人からの評判なんかは努力で多少は変えられるが根本的な部分はそう簡単には変われない。
「バルド支店長、診断希望者ですよ」
今日も大切な、大切なお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ、診断ご希望と伺いましたが、諸注意事項は聞かれましたか」
昔は全くできなかった、営業スマイルでお客様に対応する。
「はい、聞きました」
「では金貨三枚とサインをお願いします」
少し挙動不審な青年だ、良く鍛えられているから冒険者か何かだろう。
腰には剣の中で珍しい軽い曲線を描いた刀を差している。
この刀使いをどこかで見た事があるような気がする。
思い出した、ゴブリンばかり狩るゴブリン野郎じゃないか。
まだ生きていたのか。そうか、とうとう冒険者ではやっていけないとわかったか。
俺がというよりか、先輩がとにかく嫌いでよく絡んでいたな。
どうやら変わった俺には気づいていないようだ。
「何か?」
「いえ、では金貨三枚お願いします」
凝視した為怪しまれたが、すぐに誤魔化した。
ゴブリン野郎は一度深呼吸をし、袋から金貨三枚を取り出した。
金貨三枚、単純計算だとゴブリン三千匹だ。全部貯金に回せる訳がないからもっと殺しているのか。
すげぇな、こいつ今まで何匹のゴブリンを殺してきたんだ。
ゴブリン野郎から金貨三枚を貰う、一応ばれないようにこっそり鑑定を行って偽物ではないか確認する。
お金さえ頂ければどんな変わり者でも大切なお客様である事には変わりない。
水晶がある部屋へ丁寧にご案内する。
光らないように手袋をして金庫から水晶を取り出し、ゴブリン野郎の前に置く。
金貨三枚の理由はこの水晶が高級で消耗品という事になっているが、それは嘘っぱちだ。
本来は金貨三枚どころか別にただでもいい。
どうやらテイマーギルドは、あまりテイマーを増やしたくないらしい。
テイマーは特別だというブランディングをしたいのと同時に、才能が子孫に引き継ぎやすい所を利用して一族で利権を牛耳りたいみたいだ。
「ではクライフ様、こちらに手を乗せてください。輝きましたら、合格になります」
ゴブリン野郎は生唾を飲んだ。この瞬間が楽しみだ、野郎のがっかりした顔を拝める。
野郎の手が水晶を触りそして……光ってしまった。
見事な光っぷりだ、俺が診断した時より数段神々しく光っていやがる。
「あの、これは合格ですか?」
「…………おめでとうございますクライフ様、合格でございます」
その後テイマー資格の書類を渡し、詳しい事は部下に任せた。
最悪の気分だ。
ゴブリン野郎のがっかりした顔を見られないどころか、あいつがテイマーになってしまった。
テイマーギルドはモンスターを扱うので、新人を教育する義務がギルドにある。
その為、個人で何でもする冒険者と違い組織的に動いている。
下の人間は上の言う事を聞く必要があり、上の人間は下の面倒を見る義務がある。
つまりゴブリン野郎が何かミスをすれば俺の責任になるのか。
それにしてもあの野郎、驚いていたけれどあまり喜んでいなかったな。
まぁゴブリン野郎は変わり者で有名だから考えても仕方がないな。
……その変わり者が部下になるのか、ますます気が重くなってきた。
とりあえず、面倒な仕事ばかり押しつけてこき使ってやろうと気持ちを切り替え、奴にやって貰う依頼を精査する。
「で、あいつはいつから働くんだ」
ゴブリン野郎を任せた部下が戻ってきたが、頭をかいて少し困った顔をしている。
「いや、それがですね、とりあえず今はいいとの事です」
「今はいいってあいつ冒険者だろ、仕事の引き継ぎとかもないだろうし、他の町にコネでもあるのか?」
「いえ、そういう訳じゃなさそうです。『研修があるなら今はいいです、必要であればまた来ます』だそうです。後スライムをテイムした後の諸注意を聞いてきました」
「は、何じゃそれ!」
奴の為にそろえていた書類を叩きつけた。
金貨三枚も払ってテイマーの資格を得たのに、ギルドに所属しない?
しかもスライムをテイムした後の諸注意だ?
そんな奴は聞いた事もない。
イライラが収まらず、店長権限で早退し家で酒を飲む事にした。
しばらく一人で飲んでいるとある事に気がつき、気持ちが落ち着いた。
苛つく理由は何もないではないかと、むしろラッキーだと、変な部下ができなかった事を純粋に喜ぶべきだと。
慌てて服をよそ行きの服に着替え、教会に向かった。
ゴブリン野郎が気が変わって戻ってこない事を、心を込めてアルディア様に祈り始めた。
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