第7話 改善される日常

 スライムとの共同の生活が始まってからもう三ヶ月過ぎた。

 他人との生活、ましてやスライムとの共同生活なんて夢にも思わなかったが、意外とうまく馴染めてきていると思う。

 

 三ヶ月で精霊魔法を覚える、覚醒する事はなかったけど生活は劇的に変わった。


『クライフおはよう、いい朝だよ!』


 スライムが器用にカーテンを開ける。


「ん~、おはようシショー」


 ベッドから体を起こして、体を伸ばしながらスライムに朝の挨拶をする。


 スライムさん、君と呼び合っていたが今はシショー、クライフと名前で呼び合っている。

 意地で師匠とは違うアクセントにしているが、気にしていないようだ。


 ある朝から毎日シショーに日が昇ったと同時に起こされている。


 早起きなスライムだなと思っていたが、どうやらスライムは寝るという概念がなく、夜は暇で仕方がなく朝日が昇るのが待ち遠しいらしい。


 ふかふかなベッドの感触に後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、パジャマのまま部屋の扉を開けると、豪華な朝食が開けた扉の先に置いてある。

 白く柔らかそうなパンの上に半熟の目玉焼きがのっており、スープの美味しそうな匂いと野菜とフルーツが美味しそうに盛られて食欲がそそられる。


 少し前までは考えらなれない贅沢だ。


 この生活が始まったのは、シショーが突然我が儘を言い出したのがきっかけだった。



『もっといい物を食べたい!』


 いつものうまいとは言えない硬いパンとスープを食べていると、急にシショーが叫び出した。


 周りの人には聞こえていないのはわかっているが、慌てて周りを伺ってしまう。


「どうしたんですか、急に」


『何この硬いパンは、スープにふやかさないとろくに食べれないのに、それにそのスープも量が少なさ過ぎ、味薄すぎもはや塩水でしょ』


「いや、いくら何でも塩水は言い過ぎでは」


 最初に一緒にご飯を食べた時とは『やっと異世界の七草から卒業できる!』と喜んでいたのに随分贅沢を言うようになった。


『異世界だからこんなものかとか思ったけど、美味しそうな物もの一杯あるじゃん。

 この前白いふわふわのインスタバエするパンケーキを食べている人がいたよ』


 何を言っているかはわからないが、昨日高級住宅地の清掃の依頼を受けた際、こっそり外に出してあげた時に何か見たのかもしれない。


『先生パンケーキ食べたい、パンケーキ食べてみたい!』


 シショーが両手を作り、左右に振って机を叩き子供のように駄々をこねている。


「そうは言われましても、金がないんで」


『よし、じゃあ先生が稼いでやる』


「へ、どうやってですか?」


『ここで先生のターン、ドロー、三種の神器、鑑定のスキル発動!』


 よくわからないが急にテンションが高くなり、変な事を言いながら変な動きをし始めた。


 頼むからあまり動かないで、先程から店員さんがこちらをチラチラ見ている。


「……鑑定のスキルで稼げるんですか?」


『何言ってんの、鉄板でしょ鉄板』


 周りの目線が気になり始めたので、一度泊まっている部屋に戻って作戦会議をする事にした。


『さぁ問題はどうやって鑑定するかだね。

 クライフも知っているように、鳥が目を隠すと大人しくなるのと同じで、先生達スライムは何かに全体を包まれると機能が停止してしまうんだよね』


 鳥が目を隠すと大人しくなるのは知らなかったが、テイマーギルドで教わった通りシショーは鞄に入るとピクリとも動かなくなり念話もできない。


「そうですね、どうやって鑑定するのですか? 

 スライムを堂々と抱えて歩くのはちょっときついです」


『だろうね、じゃあ鞄に小さい穴を開けてみるのはどう?』


「これに穴を開けるんですか?」


 銀貨三枚もした高価な鞄に穴を開けるのは躊躇してしまう。


「そう改造するのです!

 ダイジョーブです、進歩ノタメニハ犠牲ガツキモノデース!」


 何故か非常に不安を覚えたが、言われたか通り何回か穴を開けてはシショーに鞄へ入って貰い、念話ができるかテストを繰り返した。


『お、大丈夫そうだね。スリープモードに入っていないみたいだ』


 無事シショーと話す事ができたので、今まで背負っていたシショーが入った鞄を前に抱え町を探索する。


 間近で見る町にテンションが高くなったのか、シショーが鞄越しに動いているのを感じる。


 シショーに言われるまま、町をふらふらしていると、露天で汚い蝋燭立てが売っているのを目にした。


 何となく手に取ってみると錆びているし、一部が欠けているひどい状態だったがシショーから『それ絶対買って!』と指示がきた。


 言われるがまま銅貨五枚で買い、シショーが指定した骨董商に向かった。


 骨董商の主人はこちらを怪訝な目で見ていたが、手に持っている蝋燭立てを見つけた途端態度が急に変わった。


「銀貨十八枚でいかがでしょうか?」


 揉み手をしながら驚きの金額を提示してきた。


「わかりました、今後お客様とより良い関係を築きたいので、銀貨二十枚でいかがでしょう?」


「それでお願いします」


 驚きで黙っていただけだったが、金額が釣り上がりまさかの金額になった。

 どうやらあの蝋燭立ては没落した貴族の物で、歴史的価値がある品物らしい。


『交渉すればもう少し高値で売れたかもしれないけど、あまり欲張るのは良くないからね』


 シショーの鑑定では普通の鑑定スキルで価値がない、もしくは不明とされている物も正確に金額がわかり、どこに持って行けば高く売れるという情報もわかるらしい。


 何回かシショーが鑑定した変わった物を売りに行くだけで、簡単に生活費が稼ぐ事ができた。


 わかりやすいように財布を二つに分けた。

 くやしいけどだいぶシショーの財布の方が分厚い。


 金の問題が解決したので、現在はシショーが自ら鑑定し厳選したうまい飯を出す宿屋に泊まっている。


 泊まっている宿は食堂に重きを置いているようで、宿泊客は少ないが飯時は近隣から多くの人が宿の亭主が作るうまい飯目当てにやってくる。


 当初はシショーと一緒に食堂で食べていたが、スライムと喋っている姿を宿の女将さんに何度か白い目で見られたので、許可を貰って部屋で食べるようにしている。


 シショーは美食家で朝から卵が食べたい野菜が足りない、色々な種類のフルーツが欲しい等の我が儘を宿に特注で対応して貰い、その代わり朝飯ごときに結構な金を使っている。

 

ふわふわのパンを食べながら朝から幸せな気持ちになる。


 ただ冷静に考えると今はシショーに養って貰っている状態なのかもしれない。 



 スライムにたかって生きている事に思う事がないわけではないが、今は深く考えずにこの朝食を頂く事にした。

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