第6話 親友の診断

「何だ、この気持ち悪いスライムは」


 やはりルフトには、スライムの声は聞こえないようだ。


「色々と突っ込みたいとは思うが、とりあえず最後まで聞くだけ聞いてくれ」


 出来るだけ感情を込めず、客観的に今までの事を話した。


 ルフトは話をしている途中から笑い始め、そして話終わる頃には椅子から転げ落ちて声が出なくなるまで笑い続けている。


「く、苦しい、殺す気か。

 お前にこんなユーモアのセンスがあるなんて思わなかった。

 いや~久しぶりにこんなに笑った」


 ようやく笑いが収まると、椅子に座りながら指で涙を拭き取っている。


「ルフトが信じない事はわかった、じゃあこれを見てくれ」


 ルフトにライフカードを渡す。


「いいのか見ても?」


 無言で頷く。

 

 ルフトにはライフカードのロックを解除し、取得している資格、モンスターの討伐記録、所持金等の全ての情報が見える状態で渡した。

 これでこちらが本気だという事も多少伝わるだろう。


「へぇ~本当にテイマーの資格を貰ったんだ。やったな、あそこは景気がいいからな」


「まだ資格だけで、正式に登録はしていないけどね」


「意味がわからないんだけど。資格は取ったのに何で登録しないの、バカなの?」


「いや、スライムと合流を急いでいたから、とりあえず資格だけ貰っといた」


「すまなかったよ……大きな誤解があったようだ。

 よく分かったよ、お前が俺様の想像以上に大バカ者だという事が」


 器用に顔をころころ変えながら人を馬鹿にしていた。


「他にはヘンテコな称号って……スライムに弟子入りしたのか」


「…………事故だったんだよ」


 ルフトの同情する視線に耐えられず、思わず目線をそらしてしまった。


「まぁいいや、何かお前にあったという事は分かった。

 けどな、ヒューマンのお前が今から精霊使いと言われてもなぁ。

 まだ俺様がバードマンみたいに空を飛んだり、魚人みたいに海底で泳げたりする方が現実味があるんじゃないか?」


 確かにこれはルフトの言う通りだと思う。


 ヒューマンとエルフやバードマンをはじめとする亜人と呼ばれる種族では肉体的に大きく違う。バードマンは羽が生えており空を飛べ、魚人はエラがあるので息継ぎなしで潜れる。

 そしてエルフ=精霊使いというのが一般的だ。


 才能やセンスという話ではなく、種族として精霊使いになるのは無理だと思う。


「そこでだルフト。実はルフトが笑い転げている時、勝手にだがスライムに鑑定して貰った」


「ほぉ、面白い。お前のお師匠様の実力を見せて貰おうじゃないか?」


「師匠ではないって、まぁいいや、じゃあお願いします。

 えっと、名前はルフト=バイナー……エルフの名門の一族で祖先に英雄がいる」


 スライムが話してから話すので、時間差でぎこちなく話す。


 ルフトが手で口を覆い笑うのを我慢している。スライムを操って一人芝居をしているように見えるのだろう。


「年齢は……え、二百九歳? 

 三百超えてから数えてないっていってなかったっけ?」


「おお、よく調べたな、三百超えたって言った方が箔がつくだろう」


「そんなくだらない理由で、百歳近くも年を誤魔化すなよ」


「お前さ、実に面白いから俺様はいいけど、こんな事に金を使うなよ」


 確かにこれくらいの情報なら、その手の調べ事に強い人に依頼すればすぐに調べられる。


「じゃあスライムさん、もっとプライベート的なものをお願いします……えっと……昔B級一歩手前まで冒険者をやっていて……三対三の六人の男女パーティーを組んでいたが、女性全員に手を出していた事が……ダンジョンの中で判明した。

 そのダンジョンであやうく死にかけ、それをきっかけに冒険者は廃業している」


「あっているが、それこの前飲みの席でお前に話さなかったっけ?」


 そういえば、飲んでいる時に自慢された事がある気がする。


 ダンジョンのボスを倒した時に感極まって、パーティーメンバーの一人と抱擁して思わずキスしてしまい手を出した事が判明し修羅場になった。


 最悪の雰囲気の中ダンジョンから町へ戻る時、ルフトがトラップにはまって大けがをした。

 その時にヒーラーが治すかどうか協議が入ったとろくでもない事を自慢された。


「えっと他何かないですか?

 槍も使えるけど、どちらかというと弓を使う……精霊魔法は火、水、風、土、闇、樹……特に水と風が得意。趣味は女性をくど……茶が」


 もうあるだけ情報を言い始めていたが、途中でルフトの雰囲気が変わった事に気づく。

 表情豊かな顔から一転、感情が抜けたような真顔になっている。


「ルフト?」


 怖くなって声を掛けたが、ルフトの表情は戻らない。


 戸惑いながらルフトを見つめていると突然机を叩いて立ち上がり、扉に向かって鍵をかけた。


「…………今のを誰から聞いた」


 ルフトは鍵を閉めた直後、振り返らずに聞いた事もない平坦で無機質な声を発した。


「いや、スライムから」


『え、ちょっと!』


 思わずスライムになすりつけてしまった。


 スライムから抗議の声が聞こえないルフトは席に座り、机に両肘をつけて両手を組みこちらを見つめている。

感情が抜けた顔だが、目だけは怒りに満ちているように見える。


「わかった、信じよう。

 そのアホづらは、何もわかっていないな」


「さっきの鑑定で、気に障るような事を言ったなら謝る」


「話したかもしれないがエルフっていうのはな、年齢に関係なく火、水、土、風これら基本四種の精霊をある程度育てると一人前扱いになる。

 しかし一定の熟練者や才能があると上級精霊を使える事があるがその中で一番尊敬されるのが光の精霊だ。

 光の精霊を宿すだけで次期族長候補だ、女の子にはモテモテ入れ食い状態になる。

 その反面、闇の精霊を宿すと一気に評価が変わる。皆ゴミクズを見るような目になる。

 いいな、絶対誰にも俺様が闇の精霊の持ち主と言う事を言うなよ!」


 急に真顔で迫力を増すルフトに、スライムと共にただ何度も頷いた。


 その後も酒を片手にルフトのエルフ講座が続いた。

 ルフトの実家は名家で父が光の精霊を宿す族長だそうだ。中々子供が生まれない中で、期待をもって生まれたのがルフトだった。


 ルフトは闇の精霊を宿した事を家族以外に黙っていたが、友人を救う為に一度使ってしまい、皆の視線が変わった為ヒューマンの住む町で暮らす事を決めたそうだ。


「よし、ぐだぐた話しても仕方がない。

 お前に才能があるかどうかテストをしてやるよ」


「テスト?」


 テストなんて幼少の頃、教会で読み書きのテストを受けた時以来だ。


「大丈夫だ、てめぇは馬鹿面のまんま立っているだけでいい。とりあえず立て」


 言われるがまま立ち上がった。

 ルフトが無造作に近づき、顔を見上げて難しそうな顔をしている。


「テメェは無駄にでかい、跪け」


 小さく舌打ちをしたルフトを見ながら素直に命令に従う。

自分の身長は平均ぐらいで、むしろ体の大きな冒険者達の中では小柄でコンプレックスすら持っている。


 ただルフトはそんな自分より一回り以上小さいがこの手の話はルフトにはタブーだ。

 昔身長の話で揶揄した時、しばらく口を利いてくれなかった事がある。


 素直に跪くとルフトがじっとこちらを見つめ、突然で自分の顎を掴みくっとあげる。

 綺麗な顔を下から見上げると不覚にもドキドキしてしまった。


『おお、あれは世に言うアゴクイだ』


 スライムが訳のわからない事を言って騒いでいる。


「精霊の導きの多い人生であらん事を……」


 祝福らしい事を言って、額にキスをした。


「…………はい、終わり」


 ルフトが不機嫌そうに呟いた。


「え、もう終わり?」


「ああ、終わりだ。今精霊の種と呼ばれる物をお前に埋め込んだ。

 感謝しろよ、由緒正しき家の種だ。

 いくら金を積んでも買えないぞ」


「何ともないけど」


 立ち上がり、体を触って確認する。

 魔力が全身を巡る的な事を想像していたのだが、何も変化を感じとれない。


「そりゃそうだ。植えただけだ。才能があればその内何かしら見えるようになる」


「え、何か待っている間できる事ないの?」


「何もない、ボケっと口でも開けて寝て待ってろ。あ~疲れたとりあえずもう帰れ」


 冗談を言っているが目つきが悪い、急に機嫌が悪くなっているようだ。


 ルフトは自分の背中を押して家から早く出るように督促してきた。


「ちょっと待って、どれくらいで見えるの?」


「知らん人による。俺様みたいに天才はあっという間だったさ、三年、いや五年? 

 まぁ十年はかからなかったと思う。

 俺の知る限り一番遅かった奴は五十年ぐらいかかったかな」


 相変わらず長寿のエルフは時間感覚がヒューマンと違う、五十年後に開花しても困るのだが。


 ルフトに追い出されたので、仕方がなく宿へ戻る事にした。


 翌朝になったら精霊が見えるという事はなく、いつも通りの一日が始まっていた。

 いつも通り決してうまいとは言えない硬いパンを食べて、ゴブリン狩りに行く事にした。



 ただ昨日までの違いと言えば、少し上等な鞄を持って出かけるようになった事だ。


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