第5話 エルフの親友

 日がすっかり落ちて辺りが真っ暗になった為、精霊使いへの転職は一端保留にした。

 

 脇にスライムを抱えて町に入ろうとした時、門番に止められた。

 テイマーの資格がないとスライムを町へ連れ行く事ができないそうだ。


 スライムなんて町のあちらこちらにいるので大丈夫だと思っていたが、頭の固い門番が「規則」の一言で入れてくれなかった。


 そこでスライムと出会った場所まで戻り、一旦別れる事にした。


 町に戻った時、全てを忘れて宿で寝ようという強烈な誘惑に駆られたが、何とか断ち切りテイマーギルドに向かった。


 テイマーギルドは今までぱっとしなかったが、調教したモンスターを使って輸送業を始めた所大当たりし、仕事がひっきりなしにあるらしい。

 テイマーは使い手が少ないので休みは少ないが、その分高級取りなのだ。


 テイマーが少ない原因の一つが、鑑定のスキルと違って才能ありきという所だ。

 いくら情熱があり訓練して経験を積んでも、才能がなければ一生テイマーにはなれない。


 そして肝心の才能の有無は、テイマーギルドにある特注の水晶を使わないとわからない。


 その鑑定料が金貨三枚。

 水晶が貴重で消耗品だというのがテイマーギルドの説明だが、それにしても法外な料金だ。


 しかしこんなぼったくり鑑定を依頼する人はそれなりにいるらしい。

 テイマーになれば金貨三枚ぐらいはすぐに返却できるからだろう。


 金貨三枚、偶然にもこつこつゴブリンを狩って貯めた全財産に近い金額だ。

 鑑定を受けるべきか迷う気持ちもあるが、あのスライムを信じて受けてみよう。



 意を決してテイマーギルドに向かったが、拍子抜けをするほど簡単に資格を得る事ができた。

 水晶に手を置いたら光が出て合格との事。


 資格は無事取れたがテイマーギルドへの登録はしなかった。

 研修が必要なようだし、まだテイマーとして生きていくと決めた訳ではない。

 必要になった時に改めて来ようと思う。


 スライムを迎えに行こうと思った時、露店でスライムを入れるのにちょうどいい大きさの鞄が目に入った。丈夫そうな革でできたボディーバックだ。


 銀貨三枚と武具を除けば自分が今まで買った物の中では一番高かったが、金貨三枚使った後なので今更と思って買ってしまった。

 完全に金銭感覚が麻痺してしまっている。


「スライムさん」


 先程別れた場所でスライムを呼びかける。

 周りに人はいないが、恥ずかしかったので小声になってしまった。


 辺りを見回しても見当たらない、もしかしたらスライムイーターにやられたのかもと心配になった。

 ただ心のどこかで「スライムがいなければ、もう悩まなくていいのでは?」という淡い変な期待もあった。


『ごめん、待った?』


 考え事をしているとしれっとスライムが現れた。


 スライムと再会できてホッとしたが、同時に悪い事を考えてしまったという罪悪感も湧いた。 

 気持ちを悟られないようにしながら、スライムを先程購入した鞄に入れ町へ戻った。


 門番は先程規則と言った石頭の門番だったので、テイマーの資格を見せた所かなり驚いていた。

 口元に力が入っていて何かを言おうとしてグッと堪えている様に見えた。

 気持ちはよくわかる、スライムの為に金貨三枚払ったようなものだ、自分でも変だと思う。


 視線に耐えきれず逃げるように宿へ戻り、普段しない鍵を掛けスライムを机の上に出す。


『お~ここが町の中か、一度でいいからあの赤い壁の向こう側へ行ってみたかったんだよね』


 そう言って、スライムが何度もジャンプをしながら窓から外を覗いていた。


『いや~本当に嬉しいよ。改めてありがとうございます』


 体を半分に折りお辞儀らしきものをしてきた。


「いえ、無事テイマーの資格を貰いましたので」


『そうだよね、テイマーになれたんだよね、おめでとう! 

 という事はさぁ、鑑定は間違っていなかったという事だよね? 

 どう、やっぱり精霊使いにならない?』


「いや~ですけどね」


 鑑定はあっているようだがやはり信じる事ができない。


 精霊使いは文字の通り精霊を使役して魔法を唱えて貰う職業だ。

 普通の魔法使いと違い直接魔法を唱えず、代わりに精霊に魔法を使って貰う。


 精霊魔法の一番のメリットは詠唱時間がなく、即座に魔法が発動する事だ。

 ヒューマンが使う魔法より火力が弱いなどの弱点もあるが、それ以上に利便性は大きく、多くのヒューマンがエルフから教えを請うが、成功したと言う話は聞いた事がない。


 そもそもヒューマンには、精霊を見る事ができない。

 見る事ができるのは、エルフと一部のドワーフやドラゴンニュート等の亜人達だ。

 

 ただ亜人達も見えるだけ、精霊魔法を使える訳ではない。

 精霊使い=エルフという考えが一般的だ。


『う~ん、素質はあるのに何で見えないのだろう? 

 後少しだと思うだよね、何かきっかけがあれば、すぐに見る事ができるようになると思うよ。

 誰か教えてくれそうな人はいない?』


「知り合いに一人だけエルフがいますけど」


『エルフ、マジで!  

 来た~そう来なくっちゃな! 

 何の為に転生したんだか。耳は長いの? 

 そしてやっぱり美形?』


 急にテンションがあがったのか、左右に体を動かして気持ち悪い動きをしている。


「……ええ、まぁ」


『よし、行くぞ!』


 丸い体をうまく使って机から飛び降り、器用に自ら鞄の中に入ろうとしている。


「あの、まだ精霊使いになると決めた訳じゃないんですけど」


『そんなのどうだっていい、何をグズグズしている、早くエルフに逢いに逝くぞ! 

 善は急げ、タイムイズマニー!』


 出会った当初と同じぐらいテンションが高い。

 精霊使いを勧めているのも、ただエルフに会いたいだけではないかと疑ってしまう。


「ちょっと!」


 勝手に鞄の中に入ったスライムから返事はなく、ピクリとも動かなくなっていた。


 テイマーギルドでスライムという種族は体全体を何かにくるまれると、停止する習性があるという事を教えてくれたのを思い出した。

無理矢理鞄から出して話をする事もできるが、どちらにしろいずれ奴の所に行かないといけないので諦めた。


 行くしかないのか……気が滅入る。



 壁際の郊外に奴の家と店がある。

 奴はこの町にいる唯一のエルフで、町随一の薬師だ。


 奴の家が見えてきた、悔しいが品の良いレンガ作りの家だ。

 家の周りにきちんと手入れされ、色取り取りの花が咲いている。


 時間帯が遅かった為、店に本日閉店の看板が掛かっていた。

 看板に奴お手製の似顔絵で「また来てね」と書いてある。女性が見たら可愛いと思うのだろう、奴はこういう所に一切妥協しない。


 どうやら店側から光が漏れているので、店仕舞いをしているらしい。


「ルフト、入るぞ」


 声をかけながらドアノブを回す。

 鍵はかかっておらず、扉についている鐘の音を聞きながら店に入る。


 入ってすぐに目当てのエルフを見つけた。

 ヒューマンが憧れる肌の白さと、絹のような細いつやつやした髪を持つエルフだ。


 驚いたのだろう、ルフトの切れ長の目が一杯に見開いている。

 

 机越しでルフトに対面する形で、恐らく五十代と思われる品の良い女性が座っている。

 それだけなら何ら問題ないが、ルフトが机に置いてある女性の手を両手で握りしめている。

 どうやら口説いていた時に乱入してしまったようだ。

 

 ルフトの整った顔の眉間に皺が寄っている。


「あ、ごめん。出直す」


「あら、ルフトちゃんのお友達?

 嫌だわ、もうこんな時間じゃない、それじゃあまたね」


 ルフトに握られている手を慌てて抜き取り、マダムはそそくさといなくなってしまった。

 見た目にそぐはない素早さに、自分もルフトも唖然としてしまった。


「あ~あ~ああ、ぶざけんなよ! 

 後少しだったのに、口説き続けてやっと店まで来て貰って、いい雰囲気だったのに。

 もう少しだったのに……ジュリアちゃん」


 真っ赤になって怒ったかと思うと、突然肩を落としピンと張っていた長い耳が垂れた。


「いや、本当にすまん。あの人をどこかで見た事あると思ったけど、ウォーシュ商会の女将さんだよね?」


 以前買い物行った時、たまたまルフトが口説いていたのを見た記憶がある。


「そうだよ、よくも台無しにしてくれたな。

 いつも呼ばなきゃこないのにもう頭に来た! 

 今日はとことん付き合って貰うぞ!」


 そう言って棚からから酒を取りだして、マダム用に作った香り高いお茶に自分の為に買った安酒を豪快に投入した。


「いいけどさぁ、マジでそのうち誰かに刺されても知らないぞ」


「それは気をつけないとな、町中のレディが悲しんでしまう」


 ルフトはふざけた事を言いながらつまみと酒の準備をし始めた。


 この地域はエルフが少なく、そのメリットを最大限に利用して女性を口説きまくるのがルフトの趣味だ。


 ルフトのターゲットは自分より若い事。つまり孫がいる程お年を召していても関係なくあらゆる女性を口説く事から、町中の男性から白い目で見られている。


 女性に節操がない事、たまに俺様的な部分がある事、その二つさえ目をつぶれば面白くて中々良い奴ではある。


 ルフトは頑丈な木刀を探している時、師範代に紹介して貰った。

 エルフが作る木刀は特殊な樹液をかけている為、通常の木刀と比べて多少頑丈であった。


 何度か通っていると、いつの間にか唯一と言っていい飲み仲間になっていた。



「俺もあの時は流石焦ったよ、あそこでハゲ散らかした町長が帰ってくるなんて」


 酒を飲み始めるとてルフトの機嫌が徐々に良くなり、六十近い町長の奥さんに手を出したという最新の武勇伝を語ってくれた。


「本当にいい加減にした方がいいよ、マジで町から追放されるよ」


「いや~、わかっているんだよ、わかっているんだがなぁ、こればっかりはなぁ。

 そういうお前はどうなんだ、見た目は俺様程じゃないがそう悪くはないから、問題なのはお前の歪んだ性格だけだな」


「性格の事はルフトだけには言われたくないね、あいにく彼女とか作るとかそういう状況じゃないからね」


「相変わらずだな。でだ、お前なんで今日来たんだっけ、誘ってもいないのにお前からこの時間帯に来るなんて初めだよな」


「いや、その……相談があってね」


「ほぉ~へぇ~お前が俺様に相談、初めてじゃないか? 

 人の話を聞かないで勝手に自分で話をつける、自己完結野郎のお前が」


「自己完結野郎ってひどいね。聞いて欲しい話があるんだ。まずこれを見て」


 意を決して鞄からスライムを取りだし、机の上に置く。


『あ、到着した? 

 ではエルフさんご対面! 

 おお、耳長~い、髪さらさら、超美形!

 で、男かーい!

 君、君、こういう場合女性のエルフと出会うのが定番、テンプレじゃろが。

 約束が違うよ、お約束でしょうが!』


 スライムが体を激しく動かしながら、こちらに文句を言っている。


 いやそんな事は言っていない。

 男性だとは言っていないが、なんで女性と思い込んだのだろう。



 この後ルフトにこのスライムを紹介しなければいけないと思うと、憂鬱な気持ちに押しつぶされそうになった。


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