第3話 転職のご案内
『え、え~~嘘!』
その場から去ろうとするとスライムが叫び、体を震わせている。
『テイム化している……主人(マスター)は……クライフになっている。
何でテイム化されたの、何かした?』
「あ~もう、し、知るかボケー!」
ただでさえ一杯一杯の状況の中、新たなスライムの質問に今まで出した事のない程の大きな声が出た。
「何質問してんだよ、知らねぇよ、知る訳ないだろ。何質問してんだよ。
質問したいのはこっち、何しゃべっだよ。何でテメェに弟子入りしてんだよ。
クライフなんていう英雄はいねぇよ、聞いた事ねぇよ何やった奴だよ。
というかチュパカブラ、チュパカブラってしつこいんだよ!」
我ながら訳のわからない事を、早口で捲し立てている。
おかしな状況に耐えきれなくなってしまい、たまっていた質問が次々に湧き出し、コントロールする事ができず暴走してしまっている。
『……クライフ』
質問事項をただ喚き散らす自分に、今までよりも低い声でスライムが呼びかけてきた。
「っ、何だよ!」
『クライフ、こっちを見なさい』
今度は命令口調で、さらに低い声だ。
『君は混乱しているね、そりゃそうだよね、先生も悪かった。
久しぶりに話が通じる相手だったからテンションが高くなってしまった。
一個一個落ち着いて一緒に解決しよう』
先生って何だと言ってやりたい気持ちがあったが、スライムの言葉には今までの会話にはない重みがあり説得力があった。
『まず、深呼吸しよう、吸って、吐いて~。ほらやってごらん』
「…………すみません」
深呼吸をした後、素直にスライムに謝る。
スライム相手に謝るのは非常に情けないが、非は明らかに自分にある。
『仕方がないよ、考えてみたらかなりぶっ飛んでいる状況だもんね。
でもこれから話す事も相当ぶっ飛んでいるよ、覚悟してね』
しゃべるスライムに弟子入りした、それよりぶっ飛んだ状況があるのだろうか。
『よし、じゃあ改めて自己紹介から始めよう、名前は……シショーになっているね。
見ての通り種族はスライム。
チュ、スライムイーターに食べられそうな所を救って頂きましてありがとうございます』
先程までとは違う、落ち着いた声色で自己紹介を始めている。
『今はスライムだけど、昔はヒューマンでした』
「そうですか」
『理解が早くて助かる』
何故という疑問は残るが、会話の内容や動きがヒューマンらしく無理矢理納得した。
『そして異世界から来ました』
「えっ……ちょっと待ってください」
さらっと理解できる容量を超えないで欲しい。
『先生のいた世界では転生とかいうけど、そういうのあるの?』
「…………異邦者」
他の異世界から来た人、つまり異邦者。
物語等で語られている程昔だが、実在していたと言われている。
英雄だったり、発明家だったり、大罪人だったり、革命家だったり様々だ。
皆に尊敬される善人もいれば、聞いただけで嫌悪感が湧く悪人もいる。
色々な人がいたが、共通して言えるのは誰もが歴史に名を残すような偉人だ。
しかしこのスライムが異邦者、モンスターランクが最下位のFランク、討伐しても賞金すら貰えないスライムが異邦者なのか?
『異邦者というのか。
先生は魔法もモンスターもエルフもスライムもいない世界から来ました。
こっちに来て何年たったかな、わからないぐらい時を過ごしていて、絶体絶命の時に助けて貰いました。ありがとうございます。
ちなみに自分の事を先生と呼ぶのは、前の世界で教師だった時の癖です』
元教師だったからなのか。
それにしても魔法もモンスターもいない世界か、不便そうだけれど平和な世界なのかな?
『ところで君は冒険者のようだけど、モンスターを仲間にできるテイマーでもあるのかな?』
「いえ、普通の冒険者ですよ」
『普通?』
スライムが体を曲げて、疑問を持っている事を体全体で表している。
『実は先生、スライム固有のスキルとは別に一つだけスキルがあるんだ』
「固有のスキル以外という事は溶解と分裂以外にスキルを持っているという事ですか?」
『うむ、ずばり鑑定だ。異世界スキル三種の神器の内の一つだ。
後アイテムボックスと異世界言語があれば良かったのだけど、それだけで天下取れちゃう事もあるぐらいすごいんだけどなぁ。
あ、ごめん、ごめん、先生授業とかですぐに脱線する癖があるんだ』
また訳の分からない事を言っている。
しかしスライムが鑑定のスキル、聞いた事がないが異邦者だからなのか?
『話を戻しまーす。
異世界から来たけど、みんなが話す言葉が理解できなかったんだよね。使っている言葉が違うからだと思って、頑張って言葉を覚えたんだよ、いや~苦労したよ』
スライムが少し誇らしげに語っているように見える。
『しかしだ、完璧にマスターしたはずなのに色々な人に声をかけたけど何故か通じない。
不思議に思いながら仮説をたて一つ一つ立証して、ついに意外な真実に辿りついたのだよ。
何とスライムは口がないからしゃべれないんだ!』
スライムが体の一部を曲げて、がっかり感を表している。
異世界の言葉を独学で覚えたのは素直にすごいと思うし、絶対自分にはできない。
しかしそれだけ頭が良ければ口がない事にもっと早く気づけなかったのだろうか。
『とにかく言葉を覚えてからは、ありとあらゆる物を鑑定しまくったよ。
その辺の植物に始まってモンスター、通行人、冒険者、目につく物ありとあらゆる物をね。
そしたら鑑定のスキルがカンスト、つまり極める事ができたんだ。
今ではウィキ○ディアにだって負けない情報量さ!』
鑑定スキルはごくありふれたスキルだ。
魔法と違って才能の有無に関係なく、訓練を積めば誰でも取得できるし、特に商人は持っていないと一人前に扱ってもらえない。
知識や経験が多ければ多い程より詳細にわかるらしいけれど、人の適正を見る事ができるレベルは滅多にいない。
ウィキなんとかはわからないが、もしこのスライムの言う事が本当であれば、それだけで食べていけるし国からスカウトが来てもおかしくない。
『で、今までのが前置きね』
「はぁ前置き?」
随分長い前置きだ、元々何の話だっけ?
『何が言いたいかというと、戦っている時に少しだけ君を鑑定したんだよ。
ごめんね、マナー違反だったかな?
でね、驚いたんだよ、君のレアリティがUR、ウルトラレアなんだよ』
「ウルトラレア?」
『えっと希少性がある?
う~んなんか違うな、素質があると言った方が伝わるかな?』
「素質がある、自分が?」
冒険者を十年近くやって、ランクが下から三番目のDランクのままなのに?
『そこで提案です!
本格的な鑑定を受けてみませんか?』
「本格的な?」
『うむ、君の眠っている素質をずばり言い当てよう!』
どうしようか、このまま訳のわからない状況に流されていいのだろうか?
『君はこのままでいいの?』
「え?」
グズグズと悩んでいると、スライムがドキッとする言葉を投げてきた。
このままでいいかだって?
ずっとゴブリンばかり狩っている、今のままでいいかって?
木刀を振り回して、皆にゴブリン野郎と陰で言われている今のままでいいかだって?
いい訳がない。
これでも色々自分なりに足掻いてみた。
ただどれもうまくいかず、最近は現実を見ようと諦めていた。
『ちらっとしか鑑定していないから断言はできないけど、君がもし変わりたいというのなら、先生はその手助けができると思うよ』
「……わかりました、お願いします」
少し悩んだが、スライムに頭を下げた。
異様な事が続いていてまずい気もするが、このスライムが放つ台詞になんか引きつけられている自分がいた。
まるで悪魔にそそのかされているのではないかと思うが、もし何かあってもスライム相手ならどうにでもなるだろう。
一応念の為、町までの逃走ルートを頭の中で鮮明にイメージしておいた。
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