第2話 揉み消したい称号

 木刀を抜き、先程以上に鋭く重い打ち込みを行う。


 三発程当てるとあっという間にゴブリンは事切れた。


 木刀は耐久力が低いのでまず刀で相手の心を折り、止めに木刀を使う。


 この戦法は師範代が無理矢理生み出した苦肉の策だ。

 非常に格好悪いが、様々な武具を試した結果この戦法が一番効率が良かった。


 ゴブリンが完全に死んでいる事を確認して息を整える。


 この後穴を掘り遺体を燃やすという重労働が残っている。

 これをやらないと他のモンスターの餌になり、最悪のケースだとゾンビやグール等のアンデットになってしまう。


 穴を掘り終わった後、火打ち石で火を熾す。

 リトルファイアーという生活魔法を使えればかなり楽なのだが、あいにく自分は使えないので毎回火打ち石を使う。


 無事作業が終了したので石の上に座って少しだけ休憩する。


「我が魔力に応じ、ひとすくいの水よ集え」


 手に神経を集中していると僅かに水が集まり、それを大事に飲み渇きを潤した。


 自分には魔法のセンスがないようで、唯一使える魔法は先程唱えた「ワンカップ」という水を少しだけ出す生活魔法だけだ。


 昔とある魔法使いに見て貰った所、魔法の保有量が人の三倍近くあるが、それ以上に魔法を放出するセンスが絶望的らしく「十年に一人の才能の無駄使い」と言われた。


 石の上で休みながら、今日の成果を確認する為にライフカードを取り出した。

 ゴブリン4、ボブゴブリン2とライフカードに書かれている。


 冒険者ギルドに登録すると、ライフカードへ討伐したモンスターの実績を記録する事ができるようになり、討伐した記録によって報奨金が貰える。

 ライフカードには身分証明としての役割があり、町へ入る際にも必要だがその他にも生まれ、職歴、どの神に所属している等の様々な情報が載っている。

 無くさないようにいつも胸ポケットに大事にしまっている。


 ライフカードしまう時、思わずため息をついてしまった。


 取得している称号が目に入ってしまったからだ。


称号一覧

 【ゴブリンハンター】

 【ゴブリンスレイヤー】 

 【ゴブリンの天敵】


 称号は所属している神によって頂けた非常に名誉ある物だ、本来は決して見てため息が出る物ではない。

 称号を取得すると何かしらの恩恵があると言われている。

 恐らくゴブリンに対して特化した効果だと思う。

 

 この称号は自分がいかにゴブリンを狩っていたかを示す物で、決して自慢できる物ではない。


 ゴブリンばかり討伐する事で「ゴブリン野郎」と他の冒険者達に裏で呼ばれている。


 別に好きでゴブリンばかり狩っている訳ではない。

 刃物がろくに使えないせいで、せっかく討伐したモンスターをうまく解体できず、換金できる部位を駄目にしまう。


 しかしゴブリンはそもそも利用価値のある部位もないので冒険者ギルドでは討伐の賞金が銅貨十枚と、他の同ランクのモンスターより銅貨三枚程高い。

 少しでもお金を得る為に仕方なくゴブリンを狩っているのだ。


 嘆いても仕方がない、日が沈む前に急いでヒュータスの町に戻る事にした。


 住んでいる町ヒュータスは、王都チェルスタインと国一番の港町アザーとの間にある比較的大きい町だ。


 ヒュータスの象徴的な濃い赤色の壁が見えてきた。

 あの赤い壁を見ると無事に帰って来る事ができたという安堵感に包まれる。


『誰か!』


 安心仕切っている時に助けを呼ぶ声が聞こえた気がした。

 慌てて背筋を伸ばし、声のする方へ向かった。


 普段は助けに向かうべきかそれとも誰か他の人援軍を求めるべきか迷う所だが、今回は何故か体が勝手に動いた。


 不思議に思いながらも声のする方へ来てみたが、助けを求める人はいなかった。

 代わりにスライムと、そのスライムを好物にしているスライムイーターという口の先が尖ったゴブリンがいた。


『助けて~吸われる~』


 スライムが助けを求めている。


 そんな訳はないと思いたいが、間一髪でスライムイーターの攻撃を奇妙な動きで避けるスライム。


『わ!』


『ちょっと、あぶな!』


『落ち着いて話そう、きっと分かり合える』


 そしてその状況に適したスライムの声が頭の中で響いている。


 とりあえずスライムイーターを木刀で倒す事にした。

 スライムに夢中になっている所を後ろから攻撃し、数発で息の根を止めた。


『あ~死ぬかと思った。このチュパカブラめ、えいえい!』


 スライムイーターの遺体をスライムが体の一部を伸ばし、べしべしと叩いている。


 スライムは体の中心にくぼみを作り、口のように開いたり閉じたりしている。

 音はスライムの口の形をした所からではなく直接頭の中から聞こえる。


 今まで経験した事ない感覚に背中がもぞもぞする。


『ありがとう助けてくれて!

 いや~油断した、いつの間にかチュパカブラの群れが追っかけてきた。

 しつこくさぁ、丸一日は逃げたんじゃない?

 何匹かはまくる事ができたけど、最後の一匹のチュパカブラがしつこくてさぁ、マジでリアル24とかおじさんは辛いよ』


 何を言っているのだ。チュパカブラ、リアル24、聞いた事がない言葉も多いがそもそも何だこのスライムは、意志があるのか?


 スライムといえば「スライム脳」という悪口の通り、食べる事と増える事(生殖する事)しか考えない、本能のままに生きるモンスターのはずだ。


『いや~言葉覚えて良かった。誰にも声が届かないと思ってたけど、いざという時に伝わって』


 試しに耳を塞いでみるが、変わらず声が聞こえている。


『あの聞こえていますよね?  

 ちょっと、もしも~し聞こえていますか?』


「あ、はいすいません」


 謎の声の仕組みを解明するのに必死だったので、声をかけられて咄嗟に謝ってしまった。


『良かった、やっぱ通じていたんだね。

 まずチュパカブラから助けてくれてありがとう!

 私は……あれ、名前なんだっけ? 

 まぁ、いっかスライムやっています。

 よろしくお願いします』


 スライムが体を二つに曲げ、頭を下げているように見える。


 どこから突っこめばいいのだろうか、自分の名前を忘れるものなのか?

 記憶喪失だとしても、それがどうでも良いというリアクションもおかしくないか?


 本当にスライムなのか、何故しゃべれるのか、頭に響くこの声は何か、チュパカブラとは、名前忘れて大丈夫なのか、スライムやっていますって何だ、色々な疑問が次々湧き出てくる。

 何から聞けばいいのだろうか。


「…………クライフといいます」


 とりあえず質問は先送りにした。


『おお~いい名前じゃないか』


「はぁ、そうですか?」


『うむ、フライングダッチマン、スーパースター、救世主、英雄と同じ名前なんて実に羨ましい』


 何故かスライムが感動したらしく、スライムらしからぬ気持ち悪い動きをしている。


 クライフ、そんな英雄なんかいたか?


「えっと…………スライムさん?」


『ちょっと待った! 

 まだ名前はないが、スライムさんは辞めてくれ! 

 君達でいうとヒューマンさんとか、人間さんとか、ホモサピエンスさんとか、ヒト科ヒト属さんみたいに言われるとの同じだからね。

 でも名前がないと不便だね。

 チュパカブラから救って貰った縁だし、君に名前をつけて貰おう!』


「いや、名付けはちょっと」


『そっか、そうだよね。初めて出会っていきなり名前をつけてはハードルが高いよね。

 あだ名も同じようなものか、じゃあ呼び方を決めよう。

 そうだね、一応私の方が年上みたいだから兄貴、大将、先生、師匠とか何でもいいよ』


「はぁ、師匠ですか」


 このスライムの方が年上なのか?


 頭が痛くなってきた。コメカミを指で押して痛みを緩和させる。


 しばらくグリグリと揉んでいると、胸元にしまい込んでいるライフカードから音がした。

 滅多に音なんて鳴らないのに何だろう?


『何、昔の懐かしい携帯用ゲームの起動音みたいな音は?』


 スライムの訳のわからない事を無視してライフカードを取り出す。

 変わった所はないかと見ていると、称号の欄に見慣れない文字の羅列があった。


 称号一覧

【ゴブリンハンター】

【ゴブリンスレイヤー】

【ゴブリンの天敵】

【スライムの弟子】(NEW)


 じっとライフカード見つめた後、元の位置に戻し何も言わずそこから立ち去ろうとした。



 自分は何も見ていないと自分に言い聞かせようとした。


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