スライムの弟子になりました。

うをの目 そば太郎

第1話 ゴブリンハンターの日常

 これでも人並み以上に苦労してきた自負はある。

 

 不幸自慢はしたくないが、決して恵まれていたとは言えない生活だった。

 

 飯に困った事や、意地の悪い先輩からの嫌がらせを受けるぐらいは日常茶飯事だ。

 

 そんな生活の所為で普通の人よりも、自然とタフになったと思う。

 無神経になったという方が正しいのかもしれない。


 だからそんじょそこらの事では動揺しないと思っていた、つい先程までは。


『君はすごいんだ』


『君はたいした男だ』


 町近くの林の中で、男の声が頭の中で響く。

 形を変えながら様々な賞賛が飛んでくる。


 褒め言葉に耐性のない自分には辛く、居心地が悪い。


『君は特別なのだ、君のポテンシャルはそんなもんじゃない』


『新たなる人生を歩ませたまえ』


 ストレートな口説き文句の中に、時よりよく分からない物も混じっている。


 いつの間にか相槌を打つのを辞めていた。


 とりあえず目の前で起きている事を無視して、今日の出来事を整理してみよう。

 途中までは何も変わらない日常だったはずだ。


 もう一度よく思い返す。



 宿で決してうまいとは言えない硬いパンを食べ、一息ついてから冒険者ギルドに向かった。

 絡んでくる先輩もいなくなる、この遅めの時間帯に依頼を貰いに行く事にしている。


 いつも通り割りのいい仕事は既に他の冒険者に奪われていた。


 仕方がないので常時請けられるゴブリンの討伐依頼を受け、東の森へ向かった。


 一日にゴブリンを五匹狩る事を自分のノルマとしている。


 何とか無事本日のノルマを達成し、町へ帰る途中で新たにゴブリンを見かけた。

 

 綺麗目な服を着ているので、子供が大人の目を盗んで町から出て遊んでいるのかと思ったが、近づくと長い耳、大きな鼻、口からはみ出ている犬歯が見える。


 間違いなくゴブリンだ。

 

 川辺の水で顔を洗いその横に大きな棍棒が置いてある。

 顔を洗う姿は非常にぐったりしており、おじさん臭く妙に哀愁を漂わせている。

 服装が新しいのは一度戦って奪った直後なのだろう。


 ゴブリンは小さく、力も特別な能力もなく、冒険者ランクではEランクに分類される。

 モンスターを狩る事を生業としている冒険者にとっては雑魚かもしれないが、一般人にとってはそうでもない。


 特に彼らは低い背を利用して隠れて奇襲するのが非常にうまい。

 毎年馬鹿にできない人数が犠牲になっている。


 少し迷ったが、まだ余力があるので狩る事にした。


 息を殺し徐々に間合いを詰め後ろから忍び寄ったが、途中で気づかれてしまった。


 口を大きく開け、犬の鳴き声より低く野太い特有の唸り声を響かせて牽制してくる。


 重低音を聞きながら、足裏全体で地面をこすりつけて地面の感触を確認する。

 川辺だけあって砂が柔らかく、気を抜くと足を取られるかもしれない。


 師範代から「何事もまず足場だ」と口酸っぱく教え込まれた。

 立ち方、足の運び方、転び方どれも足場に合わせないといけない。


 ゴブリンの持つ大きな棍棒はどこで拾ったのか作ったのかわからないが、彼の身長と同じぐらいの大きさだ。

 持っているというより、引きずっていると言った方が正しいだろう。


 彼が大きな声を上げ、棍棒を自分に向かって振り下す。

 重量感のある棍棒が、川辺の砂を舞い上げる。


 当たれば骨ぐらい簡単に砕けるだろうが、脅威には感じず余裕を持って躱していく。

 棍棒を躱す度に舞い上がる砂の量が小さくなる。


 ゴブリンは体が小さいのでスタミナがない、まして彼は連戦と思われる。棍棒を数回振り回せばこうなる事は、彼よりも自分の方が知っている。


 何度目かの雑な攻撃を躱した時、初めて刀を抜いた。


 自分が唯一持っているスキル【刀術】の力が刀に移り、刀のキレが増す。


 彼から「ギョッ」と小さく何かに驚いたような悲鳴が漏れる。


 何に驚いたのだろうか?

 攻撃された事か?

 思いの外攻撃が鋭かった事か?


 それともたいしてダメージがなかった事か?


 重い雑な攻撃を躱し、鋭い振りからの鈍い一撃を与えた。

 

 ほんの僅か、彼の赤い血が飛ぶ。

 

 何度も躱しては攻撃を加える と、あっという間に彼は傷だらけになった。

 

 額から流れた血が目に入ったのか、手で仕切りに目を擦っている。


 普通の冒険者ならゴブリンと戦いは一瞬で終わる、五分以上時間がかかる事はかなりまれだ。


 では何故ここまで時間がかかるのか?


 彼が普通のゴブリンより強いのか?

 いや彼は普通のゴブリンだ。

 棍棒を使っているし、連戦で疲れているという所で言うと普通よりさらに弱い。


 では武器がなまくらなのだろうか?

 それも違う。

 片刃でそりが入っている刀は、普通の剣よりも断ち切る事に特化している。

 本来ならゴブリンの骨ごと切る事もできるはず。


 当初はあまりにも切れないので偽物を買ったと思い鑑定依頼した所、間違いなく本物の刀で新人冒険者が持つにしては上等すぎると鑑定された。


 では腕が悪いのか?

 これも否と言いたい。

 もちろん分をわきまえている、万年Dランク冒険者の自分より強い人間はごまんといる。


 ただ「冒険者の命は綿花より軽い」という言葉があるように、すぐに命を落としてしまう職業を十年近く続けている。年数だけで言えば中堅とベテランの間と言って良いキャリアだ。


 刀というマイナーな武器に併せて町唯一の刀術が学べる道場に通いつめ、訓練の末に刀術のスキルを取得できた。道場では自分以外の門下生には負ける気がしない。

 ゴブリンごときに苦戦する方がおかしいのだ。


 では何故このように苦戦しているか?


 相性が悪いのだ、武器との相性が。



 正確には「刃物」との相性が。



 その相性の悪い武器で、時間をかけながらゴブリンの傷を増やしてゆく。


 彼の目から戦意が喪失している事がわかった。

 そろそろ頃合いだ、一度彼と距離を空けて刀を鞘にしまう。


 彼が不思議そうにこちらを伺っている、逃がしてもらえると思ったのかもしれない。

 申し訳ない、こちらも生活が掛かっている。


 もう一本腰にさしている武具を取り出す。


 先程の刀の半分ぐらいしか重さしかない武具をギュッと握る。


 心なしかゴブリンがその武具でいいのかと武具をを見つめている気がする。

 

 この武具は様々な武器を試した結果一番自分に適した武具だ。

 

 それが刃物がついていない武具、木刀だ。


 刃物がなくても、刀術のスキルが使用できるのがこの木刀しかなかった。

 

 

 残念ながらがこの木刀が自分の主力の武具だ。

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