第2話
どんなに嫌だろうと仕事なので、帰るわけには行かない。久留島は重い足取りで新幹線を降り、電車に乗り換え、バスに乗り換え、最終的にはタクシーに乗っている。
双月は旅行気分を隠す気がないらしく、タクシーに乗り込むなり運転手に地元の名産品やら、おすすめの旅館なんかを聞いていた。思ったよりも移動に時間がかかったので、旅館情報が聞けたのはありがたいが、仕事なのにいいのかという気持ちもある。
これは報告書丸投げされるやつだと久留島は気づいて、帰るのすら億劫になってきた。
「光る石っていうのは、このあたりで有名なんですか?」
一通り観光情報を聞いて打ち解けたところで、双月は本題を切り出した。いや、本題はさっきまでの会話で、知りたいことがわかったから仕事で来ていたことを思い出したのかもしれない。
どちらにせよ、オカルト好きの高校生を装って情報を引き出す様子は手慣れていた。
「兄ちゃんたちも光る石を見に来たのか?」
久留島たちの前にも訪れる者がいたらしい。噂が真実だと分かってしまい、久留島の気持ちは重くなる。
「オカルトマニアが集まる掲示板で話題になってるんですよ。ちょうど休みだったから、気になって兄ちゃんに連れてきてもらったんです」
双月はそういうとにっこり笑って久留島を見た。合わせろという無言の圧に久留島は慌てて「そうなんです」と相づちを打った。
「選ばれた人間にしか光って見えないって、本当ですか?」
「本当だよ。俺の従兄弟は光って見えて、月に一度お石様を撫でに行ってる。お石様に選ばれた効果か、良縁にも恵まれて、仕事も順調。全く羨ましい限りだよ」
運転手はどこか誇らしげにそう語った。石に選ばれるという不可思議な状況を当たり前に受け入れている様子に久留島は違和感を覚える。双月も「そうなんですね」と答えながらも目が笑っていなかった。
「石に選ばれるってすごいんですね。地元の人じゃなくても選ばれるって聞いたんですけど、俺も選ばれるチャンスあるかなあ」
「よく知ってんなあ。たしかに最近若い奴が増えた。お石様のおかげだなって皆で話してたんだ。これで短命じゃなければ」
短命という言葉に双月の空気が変わる。運転手もしゃべり過ぎたと思ったのか、不味いという顔をした。
「た、短命って?」
「いや、二十代ですぐ死ぬってわけじゃないぞ。五十くらいで死ぬ奴が多いってだけで。お石様が側におきたがって早めに連れてくって話だ。つっても、苦しむわけじゃない。みんな安らかに死んでくし、悪いものじゃないんだよ」
慌てたようにまくし立てる運転手に「そうなんですか」と久留島は相づちを打ちながら、双月の様子をうかがった。双月は真剣な顔で何かを考えている。その様子が運転手も気になったらしく、バックミラー越しに双月の様子をうかがっているのが分かる。
その後の車内には微妙に気まずい空気が流れ、運転手は神社の前に双月たちを下ろすと、逃げるように行ってしまった。最初の頃の陽気な様子との変わりように、久留島は薄ら寒いものを感じる。
「ヤバいとこなんじゃ?」
「寿命持ってくっていうなら、ヤバいかもな。お前、まちがっても選ばれるなよ」
運転手の姿が消えた途端、いつもの調子に戻った双月が無茶なことをいう。選ばれる基準が不明な存在に選ばれるなと言われても。
「双月さんこそ危ないんじゃないですか。寿命を取るなら長生きな方が……」
「俺がとられるようなことがあったら、お前百パーやられるから、即逃げろよ」
双月は不穏なことを言うと、神社に続く石段を登り始めた。久留島は今度こそ逃げたいという気持ちになったが、双月一人行かせる度胸もなく、恐る恐る石段を登り始める。
田舎の神社ということで古い建物を想像していたが、思ったよりも綺麗だ。周りは木々で囲まれ、大きな鳥居の赤が映える。パワースポットと旅行雑誌に載っていたら信じてしまいそうな雰囲気がある。
落ち着きなく周囲を見渡している久留島と違い、いつの間にかスマートフォンを取り出した双月は神社の風景を写真に収めていた。提出する資料の準備だと気づいた久留島も慌ててスマートフォンを取り出したが、写真を撮るよりも先に巫女姿の女性に声をかけられた。
突然の訪問に女性は嬉しそうな顔をする。自分がつかえる神社が有名になって嬉しいのかもしれないが、なんとなく苦手だなと久留島は思った。逃げ腰で双月の隣に移動すると、双月はそんな久留島の様子をしばし観察してから、巫女さんに向かって笑みを浮かべた。
「すみませーん。うちの兄貴、ビビりなので」
不名誉な誤魔化し方をされたが嘘でもないし、他にいい誤魔化し方も思いつかないので久留島は何も言えなかった。恥ずかしさで小さくなる久留島に対して、女性は「そうなんですか」と柔和な笑みを向けてくる。気遣われていると思えば余計にきつい。
「お石様に会いにきてくださったのでしょう。ご案内します」
女性はそういうと、こちらの返事も聞かずに歩き始めた。柔らかな笑みを浮かべているわりに、着いてこいと言う有無を言わせぬ圧がある。会いに来たという言い回しも妙で、久留島は思わず双月を見つめた。
双月の眉間には皺が寄っている。思いっきり警戒している様子に、久留島は双月から離れないと固く誓った。無事に帰れますようにと神に祈ろうと思ったが、この場合、どこの神に祈れば良いのだろう。とりあえずお石様ではないことは確定しているので、久留島は適当に先輩方の中で一番神っぽい人に向けて祈ることにした。
女性は久留島たちを本殿へと案内する。入って良いものか戸惑う久留島と、様子をうかがう双月をよそに女性はどうぞ、どうぞと中に入るよう促してくる。その強引な姿に嫌な予感がひしひしとわきあがるが、調査のためにここに来ているのだから入るほかない。
恐る恐る中に入ると、本来であれば神の像が祭られているであろう場所に高そうな布をかけられた台がぽつんと置かれていた。その周辺には貢ぎ物らしい花や食べ物、なぜか子供用のおもちゃが並べられている。拍子抜けというか、あまりにも質素な本殿に久留島は面食らったが、何もないからこそ一つだけ豪華な台が気になって仕方ない。
先ほどまで腰が引けていたのが嘘のように、気づけば久留島は台へと近づいていた。背後から双月の「おいっ」という焦ったような声が聞こえたが、足は止まらない。
台の上には草で出来た籠が置かれている。その中にはきめ細かな布でくるまれた石が置いてあった。これがお石様だとすぐに分かった。石は淡く光輝いている。つるりとした表面が今にも泣き出しそうで、ああ、撫でなければ。あやさなければという思考で頭が埋め尽くされる。
伸ばした手を誰かに捕まれる。邪魔をするなと手を払いのけようとする前に、横から手が伸びてきて、赤子に触れる。途端、大きな泣き声があがって石が音を立てて割れた。
「えっ? アレ?」
久留島は目の前で起こったことが理解できずに唖然とする。久留島の手を掴んでいたのは双月で、その顔は不機嫌だと一目で分かるほどに歪んでおり、久留島はひぃっという情けない悲鳴をあげた。
「何に見えた」
「え?」
「あの石、何に見えた」
割れてしまった石を指さして双月が鋭い声を出す。久留島は一瞬なにを言われたか理解できず、遅れて先ほどまでの自分がおかしかったことに気がついた。
「あ、赤ちゃんに見えて……あやさなきゃって」
「そういうことか」
自分で言っていて意味が分からない久留島に対して、双月はやけに冷静だった。こういうことがよくあるのだろうか。やめて欲しいと久留島が思っていると、背後から金切り声があがる。
「何をしてるの!? 私の子に!!」
振り返れば先ほどまで優雅に微笑んでいた女性が憤怒の表情を浮かべていた。あまりの恐怖に悲鳴も出ない。山姥ってああいう人をいうのだろうと久留島は涙目のまま、双月の後ろに隠れた。
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