久留島零寿の怪異事件ファイル

黒月水羽

第1話

『光る石を調査せよ』


 この一文から始まる指示書を久留島零寿くるしま れいじゅは微妙な顔で見つめた。しばし見つめ続け、文面に何も変化がない事実を受け入れると、隣の席に座った先輩へ問いを投げかける。


双月そうげつさん。光る石ってなんですか?」

「名前の通り、光ってる石だろ」


 駅弁三箱。新幹線のテーブルに積み上げ、嬉々として食している先輩こと双月の返答はそっけない。

 見た目は高校生だが、久留島が所属する組織の先輩。生きている年数はもうすぐ五十。人間じゃなくなった影響で外見の年齢が止まっていると聞かされたが、嬉々としてご飯を食べる姿は育ち盛りの男子高校生にしか見えない。


 見た目に騙されるなと散々先輩たちには言われているが、その先輩の一人が欺いてくるのはどういうことなのか。


 久留島が考えている間も双月は黙々と焼肉弁当を食べ続けている。一口が大きいわりには箸使いがうまく、こぼしたり音を立てることもない。荒っぽい言動に反して、育ちの良さが透けて見える。人間だった頃は良いとこのお坊ちゃんだったと聞いている。オカルト業界的にいえばかなりのいわく付きだったらしく、過去の話をしたがらないので詳しいことは知らない。


 美味しそうに食べる姿を見ていると久留島もお腹が空いてきて、駅で買った弁当を広げる。隣の肉肉しい弁当に比べると彩り豊かな配膳を見て、久留島のテンションは少し上がった。


「光を蓄積して光るとか、ライトを当てると光るって石はあるらしい。俺たちに調査依頼が来るってことは、そういうものじゃないだろうけど」


 弁当と一緒に買ったお茶を飲みながら、双月はのんびりした口調でそう言った。

 わかってはいたことだが、改めて言われて久留島のテンションは下がる。美味しそうだった弁当まで味気なく思えてきて、久留島は顔をしかめた。


 世界には、科学では証明できない不可思議な存在や現象が存在する。幽霊や神、妖怪に都市伝説。そういったオカルトについて調べ、記録するのが久留島が働く職場。特殊現象監視記録所。略して特視とくしである。


「何で俺、こんなとこで働いてるんだろ……」

「ホイホイ体質だから」

 愚痴とも言える言葉に対して、双月の返答はやはりドライだった。食事の方が重要だったのかもしれない。


 特視に所属してから知ったことだが、久留島はオカルト存在に好かれるホイホイ体質であった。就職するまで自覚せずにいたのは引き寄せると同時に愛されるという、幸運体質でもあったためだ。オカルト案件に遭遇しても運と勘で神回避していたらしい。

 だが、肝心の久留島は説明されてもピンと来ず、未だに疑っている。なにしろ幽霊なんて見えたこともないし、不可思議な体験は全て就職してから遭遇した。豪運を自覚しろと言われても難しい。


「この部署に配属されなきゃ、平和に公務員やってた気がするんですけど……」


 特視は一応公務員だ。一般的な公務員よりも給料は高い。代わりに離職率、殉職率も高いし、行方不明者も数年に一度くらい出るという別方向のブラックだが、今のところは同僚が死ぬ場面には遭遇していない。

 先輩にはお前の豪運のおかげだと言われるが、やはり久留島にはピンと来ない。


「お前の運を上回る奴が現れたら、近くにいたやつも含めておしまいだぞ。その前に回避率上げるために、知識身に付けろ」


 二箱目の弁当を開けながら双月はそんなことをいう。先輩らしい助言と食欲旺盛な子どもみたいな言動がちぐはぐだ。

 こういう、双月が普通の人間とは違う部分を見つけると久留島は落ち着かない気持ちになる。目の前の存在が人ではないと知識では知っているが、人間としての本能が否定したがっているのだ。

 

 しかしながら、双月が言うことは最もだった。いざという時、久留島は何の役にも立たない。体を張るのはベテランの先輩方だし、今回は護衛兼戦闘要員として同行してくれた双月だ。文句を言える立場ではない。

 といっても今回の任務は事前調査なので難しいことはなにもない。危なそうならすぐに帰ってこいと言われているし、入ったばかりの新人を死地に送るほど上の人間はバカでも無情でもない。


 今回、双月がついてきたのは任務が危険そうだからではなく、暇だったからである。日頃、双月と組んで仕事をしている先輩が今は別件で動いているため、事務所で大人しくしているのに飽きた双月が新人の護衛という名目でついてきたのだ。

 だから双月は完全に旅行気分。弁当の横には旅行雑誌が堂々と置かれているし、弁当を食べ始める前にはお土産の吟味をしていた。何事もなければいいなと、未知の存在に震えている久留島とは心持ちからしてまるで違うのだ。


 気にしても仕方ないと久留島は弁当に向き直る。お腹を満たすと不安は多少晴れた。そうすると次にやるべきことが見えてきて、事前準備は大事だと渡された資料を読み返す。

 

 調査対象は神社に祀られている石。地域住民にはお石様と呼ばれるそれが、一部の人間には光って見えるということで、オカルトマニアの間で話題になっているらしい。

 石が光って見えるものは石に選ばれた特別な存在なのだという。定期的に抱きかかえて撫でると御利益が得られるということで、石に魅了されて村に移り住んだものまでいるという話だ。


「石を撫でるだけで、本当にご利益なんて得られるんでしょうか?」

「本物の神ならあるかもな」


 双月はお茶の飲み、一息つきながらそういった。あまり信じていなさそうな返答に久留島は目を丸くする。


「神社に祀られているのに、神じゃないことってあるんですか?」

「この世におわす神は輪廻転生を司るカミのみ。あとは人が勝手に祀って、勝手に神と呼んでるだけ。それならそこら辺の石だって神と呼べる。それでも俺たちの定義でいう神に成ってる可能性はあるが、見てみねえとわかんねえよ。ただの石かもしれないし、神かもしれないし、別のナニかかもしれない」

「別のナニか……」


 双月はお茶を置いて弁当の残りに手を伸ばす。箸で持ち上げた豚肉と白米が、双月の口の中へと消えていく。双月は口の端についたタレをペロリと舐め、次の食事へと手を伸ばす。


「といっても、そう簡単に神なんて生まれない。元が石なら、感情があるかもわかんねえし、ナニかに成りかけてる怪異ってオチだと思う」

「怪異だったらどうするんですか?」

「報告して終わり。詳しいやつが調査に来る」


 そこで双月は言葉をとめ、神妙な顔をする。


「神に成ってた方が厄介だな」

「神なのに?」

「……お前、ちゃんと資料読んでるか? 神って言ってもいろいろいんだぞ。疫病神とか荒神とか。人間に対して友好的な神だけじゃねえし、会話できない石となれば交渉も出来ない」


 双月の言葉に久留島は唾を飲み込んだ。たしかに、荒ぶる存在を祀り上げることで神とし、気を静めてもらうという風習が資料には書かれていた。


「ヤバかったら速攻逃げる。お前のこと抱えて走ってやるから安心しろ」


 双月はそういって弁当の最後の一口を口に運ぶ。両手を合わせて「ご馳走様でした」という姿を久留島は呆然と見つめた。走って逃げなければいけない事態が待ち受けているかもしれないと気づけば、漠然と嫌だなと思っていた気持ちが強くなる。

 

 双月の後ろに流れる景色が映った。新幹線が目的地へ向けて進むにつれ、人が多く暮らすビル群が消え、木々や田んぼが連なるのどかな風景が増えていく。世間的には癒やされる光景なのだろうが、久留島は人の手を離れた、未知の場所へ向かっているような感覚にとらわれた。

 さすがに考えすぎだろう。そう久留島は、逃げそうになる自分を無理やり納得させた。双月は綺麗に弁当を片付けると旅行雑誌を広げる。


「何事もなかったら、お土産買って帰りたいな」

「フラグ立てるのやめてください」

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