〜Ⅰ-終〜契約

暫くの間、互いに何も話さない。

ユーリスは『夢』に見た彼に見惚れている。

『白い悪魔』は、少し困ったようにユーリスに問いかけた。


『…俺を召喚したという事は、叶えて欲しい願いがあるんだろう?』

「…うん。でも…先にいくつか聞いてもいいかな?」

『構わないよ?』


『白い悪魔』はユーリスの頼みを肯定して頷く。

ユーリスは暫し思考を巡らせてから聞いた。


「貴方は…俺に『命』を与えた悪魔?」

『…まぁ、そうだな。産まれ落ちる前に死ぬ魂は可哀想だからね』


コクリと頷いて『白い悪魔』はユーリスを見つめる。


「貴方は悪魔なのに、俺に同情して助けてくれたの?」

『…同情、とは少し異なるかな。俺は人間が好きなんだよ。だから君を助けた』


『人間が好き』、という言葉を聞いてユーリスは心の何処かで不満を覚える。

その『好き』、を自分に向けて欲しい、と思った。


「…貴方は名前はあるの?」

『………真名はあるな』

「教えてくれる?」

『…それは出来ない』


『白い悪魔』は、困ったように首を左右に振る。

ユーリスは、更に不満を覚える。

『貴方』をもっと、知りたいのに。


「何故教えてくれないの?」

『召喚主が悪魔の真名を知れば、召喚された悪魔は召喚主に一生纏わりつく事になるからだよ』


なら、尚更知りたい。

ユーリスはそう思うが、今の時点でそう頼んでもこの『白い悪魔』は応えてくれないだろう、と判断した。


「なら、何て呼べばいい?」

『…そうだな…『Blan(ぶらん)』…とでも』


Blan、と頭の中で反芻する。

『白』という意味があった気がする。

成る程、『彼』らしい。

ユーリスは少し機嫌を良くした。


「Blan、叶えて欲しい願いの話に戻るんだけど…」

『うん、何でも言ってごらん?』


ユーリスは少し考えてからBlanに問う。


「Blanが求める『代償』は何?」

『『代償』?ああ…俺は別に要らないよ』


Blanは当たり前、という反応を示しユーリスを見つめる。


「何故Blanは『代償』を求めないの?」

『さっきも言ったけど、俺は人間が好きなんだよ。だから『代償』は要らない』


じっとBlanがユーリスを見つめる。

ユーリスはBlanが自分に興味を持ってくれたのだろうか、と少し期待した。


「…なら、俺の願いはシェズを探して欲しい。大事な弟なんだ」

『わかった。君の弟を探し出す、が君の願いだね?』


Blanは了承した、というように頷く。


「…それから、俺の事はユーリスって呼んで欲しいな」

『ユーリス、だね』


Blanはユーリスの言葉を反芻する。

ユーリスはまた少し機嫌を良くした。


『じゃあユーリス、『契約』の『証』を君に与えるから手を出して』

「あ、うん」


『証』って何だろう、とぼんやり考えながらユーリスは右手をBlanに差し出した。

Blanはその手を取ると、緩やかに目を閉じて言葉を詠唱し始める。


『我、『―――――』の『名』において、『契約者』をユーリスと認める』


『―――――』の部分が聞き取れず、ユーリスは少し複雑な気分になる。

だが、次の瞬間右手の甲に熱を感じて思わずそこを見つめた。

ユーリスの右手の甲に、複雑な魔法陣が描かれていた。

そして、ユーリスを見つめるBlanの右手の甲にも、同じ魔法陣が。


「これは…」

『『契約』の『証』さ。これさえあればユーリスが何処に居ても俺はユーリスの元に行ける』


ユーリスの心に少し満足感が芽生える。


『ユーリスが『Blan』と呼べば、俺は何時でもユーリスの側に行く。…さぁ、そろそろ時間だよ。何かに困ったら俺を呼んでくれ』


Blanがそう言うと、ユーリスの視界が真っ白に埋め尽くされる。

一瞬驚くが、軽く目を擦り、ユーリスは目を開けた。

そこは、何時もと変わらない執務室。

床に描いた筈の魔法陣は消え、掌の傷も無い。

ただ、右手の甲には紛れも無く『魔法陣』が描かれていた――…

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