開放地区 -いざなう-

判家悠久

temptation.

 死神のノルマって何だろう。地球で暮らす以上、適正人口を守ろうとしているのだろうか。まあ、ここはある程度の結論だが、至極真面目で完全な個人趣味だと思う。


 ◇


 ここは、いつもの曰くアリアリのY線高品駅再開発地区、龍ケ崎精密機器の新築本社18階、フリーアドレスの打ち抜きフロア。ここ最近曇ってるなと、大窓を眺めつつ。右後方の、販売推進課の静川克雄主任の席周辺を見る。懲りずにいるよな死神。


 死神は、静川克雄主任のフリーアドレスの側面ハジに立って、ずっと静川主任を飽きずに眺めている。

 結構輪郭が立っているので、最初は、西洋中世紀のマントを着た医師のコスプレかと思っていた。ただ、徐にその死神、そのままだと生々しいので、メフィストと名付けたが、どうにも顔らしきを見つめると、目隠しマスクで顔が認識出来ない。

 霊体でも、妖怪でもない。初めての死神を、結界の甘い解放地区の高品駅再開発地区を見れるというのは、どうなんでしょうね。龍ケ崎精密機器に、行政品川区役所の、形而上管理なんて。


 まあ静川主任、そろそろ頓死するのかなと思っていたが、3週間立っても死なない。死神家業も根気強い営業系いるんだなとは思っていた。

 そう、不意に思った。静川主任は、メフィストと何かしらの取引をしているんじゃないかと。40代後半の静川主任の同期であれば、大凡は課長の役職を拝命している。栄達か。役職者以外給料低いから、住宅購入したければ、どうしても出世したいよな。本社勤務だったら、そのワンチャンスは何処かしら転がって、拾う確率は格段だ。


 ピッツ、曇りがちな空で、近くに雷が迸った。そして、ゴーンの雷音がフロア全てに響き渡る。


「アッツ、」


 その息を飲んだ声は、隣の席の一回り下の同僚の松坂美咲だ。俺は背もたれ椅子のローラーを転がして、松坂の椅子に直横付けした。


「大声出すな、何を見た。あいつら神経図太いから、寄ってくるぞ」

「あの、その。雷で乱反射して、窓に、そう、静川主任の側に、死神が写っていました」

「死神、言うな。仮称メフィスト。漏れ聞くと、あいつら、名前に触れられると警戒してやって来ないから」

「ちょっと待って下さい、ここ、まるで怨霊ビルじゃないですか」

「それ違う。ここら、高品駅再開発地区隈なくそれだ。ああ、言っちゃったよ。いいから、知らんぷりしてなって」


 松坂は、辛うじての勇気で口チャックのジャエスチャーをした。概ね合格だ。

 そもそも、死神が死神の格好するのは今はブームなのか。俺の知ってるアメリカ映画では、ステッキに漆黒の上下スーツの筈なのだが…ああ、メン・イン・ブラックとスタイリング被ったから原点回帰か。死神って流行には聡いんだな。


 ◇


 それから数日後の午後。静川主任がおもむろに、俺の席にやってくる。


「秋桜君さ。私ね、これから、下のフロアのマシン営業部の、同期のK課長の通夜に行かないといけないから、いつもの様に、貸し出し機材の問い合わせ来たら、共有フォルダの在庫リストを確認して、承認しておいて」

「ええ、いつもの通りに任せて下さい。でもあれ、K課長って、あの宴会部長のK課長ですよね」

「そうだよ。もっとも、来月の異動で、本当の部長の内定だったんだけどね。人生って、いきなり尽きるものだね。ああ南無阿弥陀仏」


 静川主任は丁重に手を合わせる。

 宴会部長事マシン営業部K課長は、超が付くほどツイている。単純に宴会部長の盛り上げ役として、伸び盛りの営業部を転身しては、一番手柄で課長に昇進した。

 その功績は、うちの中堅にしては絶対落とせない入札を勝ち抜いている。談合は以ての他だから、抜群の力場分析力に、強烈な運を持っている。そう、誰が出世を否定するだろうだ。


 いや、待てよ。


 静川主任は元はトップ営業であり、K課長とはライバルだったと聞く。タイプの違うもの同士を競い合わせたら、甲乙も何も比較出来ないので、温情しかない理不尽な人情でしか、物差しを図れない。言わば、体裁よく静川主任は弾かれた。

 そう、このタイミングでK課長が早死にしたら、そのまま静川主任が、後釜としてマシン営業部の課長に入る可能性が一番高い。

 つまりか。静川主任とメフィストとの契約は、栄達なのか。その栄達の為に、K課長が早死にして良いのものだろうか。そこからは、松坂美咲の世間話が差し込まれる。


「秋桜さん、K課長って誰に刺されたのですか。宴会部長の勢いで、若手に、派遣にと、食い散らかしていたらしいですからね。ああ、腹上死かも知れませんね。ご愁傷様です」


 松坂が、えらく目を釣り上げて話すものだから、まあ同期が被害を被ったかだ。話半分としても、今流行りのコンプライアンスではアウトだろう。

 そりゃあ、花形であるマシン営業部も、K課長自業自得の雰囲気が蔓延したら停滞するだろう。ここで、どうしても温和な静川主任を営業復帰させて、何事もなく営業活動に邁進させようかが手に取れる。


 ◇


 それから下期の異動で、静川主任は花形であるマシン営業部に異動して、課長に出世した。その人当たりの良さで、夜の接待も順当にこなし、気がついたら最短期間で部長に昇進した。流石は静川部長だと、幹部の覚えもめでたい。その幹部たちが静川部長の梯子を外したのに、掌返しは世の常か。

 至って順調に見えるが、静川部長の心の奥底は深過ぎる。メフィストを招き寄せ、まず、K課長を天国に送った。そして自らの栄達の為に、メフィストに何年分の寿命を差し出したか。メフィストにしては、一石二鳥で上首尾だろう。下のフロアのマシン営業部に一緒に異動したので、死神の微笑なんて、いや見たくもないが。人間の業とは深きものだ。


 そして静川部長は既定路線で、リーマンショックほぼ直後に、急性肝炎で亡くなった。どう考えても、身の丈を超えたを接待漬けだろう。


 静川部長の葬式は有志の社員が送り込まれ、ほぼ社葬の様相になった。俺も受付けに入り、取引相手に丁重に対応した。

 ただ、またいる、あいつメフィストが。静川部長のポストが空いた以上、誰かを、そこに座る機会を与えようとしている。全く。潔斎しきれない高品駅再開発地区に新築本社を構えるから、結局居座ってるじゃないかメフィスト。

 取り敢えず、また18階フロアは十分に盛り塩しておこう。どうしても減りが早いだろうけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

開放地区 -いざなう- 判家悠久 @hanke-yuukyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る