開放地区 -みえざる-

判家悠久

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俺秋桜孝士郎、生まれも育ちは青森県。土地柄、恐山等々あるので、霊現象にかなり近い環境でもある。故に住民も禁忌のイベントには最新の注意を払う。この面だけは理性的な土地柄だ。


そして俺秋桜孝士郎はと言うと、母方の先祖代々から霊感は結構強い方に入る。ただやっためたらに強くない。霊をお祓い出来ないので、そこはご容赦を。



Y線高品駅再開発地区の企業ビル群右棟奥、龍ケ崎精密機器の新築本社はそこにある。俺達がいるのは18階の打ち抜きフロアだ。昔の様に、営業各種が気軽に入って来れる環境ではなく、セキュリティも強い。ある意味では、ゆったりとしたオアシスだ。

ただ、再開発地域故の地鎮は行き届かず、結界も甘い。


ある晴れの日の午後、右後方でピキッが来た。来るのか。不意に首を右後方に向けると、黒い影が、100m走の女子国体選手位の速さで、フロアを一直線に走って来る。ぶつかるかの心配は無かった。何かしらの形而上の存在だから。案の定、部長席を綺麗に突っ切って、ゴールテープを切る。気がついたら、何処かに霧散した。


危ない危ない。取り敢えず、右手の人差し指と中指を絡ませ、軽く印を結んだ。俺はいない、来るな、その意思表示だ。

いや待てよ。何か生暖かい視線が俺に注がれる。


「秋桜さん、何を見たのですか、教えてくださいよ」


それは、同じ営業補助課の同じ班の松坂美咲の狼狽えた視線だ。ああ見えなくても、気配は分かるのか。

松坂は、俺より一回り下で、若い割には良い勘を持っている。同じ班になる前は同類かもだった。

まず営業補助課とは何かになる。来た仕事をそつなくこなす。これは当たり前。ただ、俺の仕事運びとしては、その業務内容のフィロソフィーを読み解き、後の障害となるものは片っ端から排除し、尚且つ業務中で不具合が生じたら、データベースソフトのプログラミングも速やかにアップデートする。周りから見れば、楽をしやがって。まあ説明が面倒なので、うっかりの蹴りさえも入れない。

誰か理解出来る人間はいないかなと思うも、それは中々いない。ただ直感で、松坂の聡明さは使えそうだなと思い描いていた。そして春の人事異動で同じ班になる。

恐らく上司も、同種類の人間だからケミストリーさせてみようかの面白がりはあった筈だ。それは即時に効果が出た。松坂も、事前に障害に気づくの早く。俺と松坂の最小ユニットで、大手取引先にバックアップをつつがなくこなしている。

とは言え、俺はそこ迄、松坂の勘が良いとは思ってなかった。


「ああ、何となく良い天気だなって。折り畳み傘持ってきて損した」

「秋桜さん、違いますよね。グーンと、何かを見てましたよね」


まあ、食いつくよな、松坂。知れず取り憑かれたら嫌だろうし。


「まあ、何となくね。黒い影、サーと早かったね」

「幽霊ですか」

「ここ、俺の経験だけど。霊は見えない、気配だけだ。もし見えたら、その霊に視界も侵食されて、見せられているから、所謂積んでる。物騒だから、取り敢えず、印は結んでおいた」

「やっぱり、物騒な地域なんですね。ちらほら見えてる噂聞きますよ」

「噂止まりが、まあビギナーズだよな」


松坂には取り敢えず、簡単な印の結び方を教えた。万が一でも、霊がその印の残影を見ると釘付けになるので、早々にその場から立ち去る。逃げる事は美徳だ。



後年になるが、SNSのトークで松坂から動画配信サイトのURLが送られてきた。いつかの黒い影はこれですか。

開いた動画、サッカー中継のブラジルのスタジアムの観客席を突っ切る黒い影だ。これはほぼ一致だ。改めて映るもの何んだなと思った。松坂には、そうこんな感じと返信をした。


改めて考察してみた。霊に視界に入って来られたと思っていたが、この手の黒い影は、ビデオカメラにも映るって事は、別の何かだ。ざっくり言うと妖怪の類だろう。浮遊霊が合体する例もあるが、そっちはアンリミテッドに大きい。この単一の意思を持った動きなら、やはり無邪気な妖怪が妥当だ。


そんな妖怪なんて。いや、無きにしも非ず。新開発地域という事で、無制限に人流が流れ込む。それは、どこで気に入られたか地縛霊持って来る、勤め人もいる。妖怪も先祖代々懐いている事もあるし、東京都は総じてそういう所だ。

ただ、高品駅再開発地域に、そういう地鎮する社は存在しない。もはや、何でもござれの解放区もどうしたものやら。

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