第9話

「団長ー! いけーっ!」

「おぉっ! あれは滅多に見ることのできない秘技・トルネードサンダージャスティスアタック!!」


 なにやら仰々しい名前です。

 しかし、剣技に疎いわたくしでも、ジョシュア様がとんでもなく強いということははっきりと分かります。

 何せ、ドラゴンと互角に渡り合っているのですから。


 大剣は子どもくらいの背丈だというのに、軽々しく振るうジョシュア様。

 体の大きさからは信じられないほど俊敏に一帯を駆け抜けます。


「今日が決闘当番でよかった……」

「副団長が悔しがりそうですねぇ」


 盛り上がるだけでなく、涙を流している団員の方もいらっしゃいます。


「くうっーっ。今日は最高の日だ!」

「夜は宴会だな! 団長なしで!」


 どうやらとても熱戦のようで、立ち会えたことをうれしく思います。

 とにもかくにも詳しいことはさっぱり分かりませんが、わたくしも両手を組みながら決闘を見守ります。

 ハラハラしますが、ドラゴンと互角に渡り合うジョシュア様は……『魔王』ではなく『勇者』です。


 (団員の方々の実況曰く)接戦の末、見事、ジョシュア様が勝利しました。

 地面に突っ伏したドラゴン。

 鎧を外して髪の汗を払うジョシュア様。

 ……あんなに激しく動いていたのにちっとも息が上がっていません。


「シャーロット様!?」


 団員さんの制止を振り払ってわたくしはジョシュア様へ駆け寄り、見上げました。


「とってもかっこよかったですわ!」

「……シャーロット?」


 まだジョシュア様は戦闘の余韻が抜けきっていないようです。


「わたくし、貴方が婚約者だということを誇りに思います。大好きです、ジョシュア様」

「……今、何て」


 みるみるうちにジョシュア様の焦点が定まってきて、兜を地面に投げ、わたくしのことを抱きしめてきました。

 わたくしはすっぽりとジョシュア様の両腕に収まってしまいます。


「きゃっ!?」


 抱きしめられたのは初めてで、思わず声が出てしまいました。

 厚い胸板をお持ちなのは分かっていましたが、鎧越しでも分かります。騎士団長として真摯に鍛えられているということが。

 わたくしの呼吸が苦しくなりそうだと気づいたのか、ジョシュア様は、今度はわたくしをひょいと持ち上げました。

 浮いています! わたくし、宙に浮いています! ひぇえ!


「!?」

「どうしよう! シャーロットからそんな風に言ってもらえるなんて、今日は最高の日だ!」


 ひゅーひゅーという野次や、あの団長が……という動揺が耳に届きます。

 とはいえ大半は拍手と口笛。


「あ、あのっ、ジョシュア様。皆が見ていますよ?」

「かまうものか、と言いたいところだが、流石にここでキスはできないな」

「キッ……」


『我はかまわぬぞ』


 伏していたはずのドラゴンが声を発しました。


『他人事の恋愛ほど楽しいものはない』


 何やら含みのある言い方です。

 ドラゴンにも何か事情があるのでしょうか。


 ありがたいことに、ジョシュア様は色々と踏みとどまってくださったようです。

 そっと、わたくしを地面に下ろしてくださいました。よかったです。心底、よかったです。

 ジョシュア様は身を屈めると、そっと耳打ちしてきました。


「……キスは、ふたりきりのときに」

「!」


 今度はわたくしが、耳まで真っ赤になる番でした。

 こんなことになるなんて一体誰が予想したでしょうか。いいえ、誰も!



★ ★ ★



 あっという間に月日は流れ、今、わたくしは二号店の出店準備を始めたところです。

 一号店の狭さがジョシュア様に窮屈ではないかと心配だったので、二号店は、もう少し天井の高い店舗を検討するつもりです。


 そして今宵は、王家主催の夜会に招かれてジョシュア様と参加しています。

 ジョシュア様の瞳に合わせたアイスブルーのドレス。

 アクセサリーは、ドラゴンの鱗を加工したものです。


 ジョシュア様とのファーストダンスの後は、しばらく、ビジネスの話を持ちかけてくる方々の対応に追われました。

 わたくしのネックレスやイヤリングに、皆注目してくれているようです。

 出資の話もいただきましたが、派閥に関わることなのでお父様へ相談してみますとやんわり断ります。


 久しぶりに会うアイヴィーもネックレスを真っ先に褒めてくれました。


「今日のネックレスも、すてきね。今度あたくしもお願いしていいかしら?」


 アイヴィーがピンク色の瞳をきらきらと輝かせます。


「えぇ、もちろんですわ」

「うれしい。ずっと夢でしたの、ドラゴンの鱗のアクセサリー!」


 そんなアイヴィーの隣にはノア・ボーフォート様。

 ノア様が付け加えます。


「君の美しさがさらに際立ってしまうな」

「まぁ、ノア様ったら」


 ぴったりと寄り添って仲睦まじいおふたりです。


「ところでシャーロット嬢。だいぶあいつも改心したようだが、行き過ぎてはいないか?」


 あいつ、というのはジョシュア様のことでしょう。


「馬鹿真面目というか、突き詰めることに余念がないからな」


 ジョシュア様の、わたくしへの対応はノア様から指南されたと聞いています。

 以前のわたくしでしたら苦笑いを浮かべるところですが、今は違います。


「ジョシュア様はわたくしを優先してくださるだけでなく、お仕事もこれまで以上に熱心に打ち込まれているようで、そんなジョシュア様をわたくしは誇りに思います」

「そうか。それを聞いて安心した」


 ノア様は、どうやらずっと気にかけてくださっていたようです。

 周りに気にかけていただけて、本当にありがたいことです。


 そこへジョシュア様が戻ってこられました。


「おい、ノア。シャーロットに変なことを吹き込んでいないだろうな」


 ジョシュア様の眉間にはしわが寄っています。


「どれの話だ? お前の隠していた――」

「やめろ。それ以上何も言うな。行くぞ、シャーロット」


 引きはがすように、ジョシュア様がわたくしの肩を抱いて歩きはじめます。


「ノア様、アイヴィー、ごきげんよう」

「「よい夜を」」


 おふたりはにこやかに手を振って送り出してくれました。


「久しぶりの夜会だ。疲れていないか?」


 ジョシュア様がわたくしの顔を覗き込んできます。


 新調された白い正装は本当にお似合いで、長身もあいまって周囲の注目を一手に引き受けています。

 紺色も白色も似合うなんて、やはり眉目秀麗イケメンなお方は素材が違います。


「えぇ、大丈夫ですわ。新作の宣伝の場でもありますもの」

「貴女という女性は本当にしたたかだ」


 ようやくジョシュア様が表情を和らげました。


「個室を取ってある。少し休憩しないか?」

「かまいませんが」


 個室だなんて、初めてのことです。

 わたくしは視線の合った方々に挨拶しながら会場を後にしました。

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