第8話

★ ★ ★



「シャーロット。これは今回初めて討伐した新種の魔物の骨だ」


 どさっ。


「この毛皮なんて、寒い時期のアクセサリーにぴったりじゃないか?」


 ふわっ。


「ドラゴンの鱗は足りているか? もう少し、もらってこようか」


 ……エトセトラ、エトセトラ。


 ジョシュア様が伯爵家を訪れて、わたくしへのお気持ちを伝えてくださって以来。

 有言実行と言わんばかりに、ジョシュア様は休日のたびにわたくしの元へ訪ねてくるようになりました。

 しかも毎回、何かしらの魔物のパーツを持ってきてくださいます。


 店の商談席に座っていただき、紅茶とガトーショコラを出したところで、わたくしはおずおずと切り出しました。


「……あの、ジョシュア様」


 今日のジョシュア様は、張りのある白いシャツに黒のトラウザーパンツという、正装ではなく少し崩したスタイル。

 何をお召しになっていても、よくお似合いです。


「何だっ?」


 ジョシュア様がきらきらとアイスブルーの瞳を輝かせます。

 最近、わたくしといるときのジョシュア様は、まるで耳と尻尾があるようです。

 つまり……犬のようで……この場合は小型犬ではなくて猟犬になるのでしょうが……。魔王だけに……。


 わたくしは苦笑いを浮かべながら向かいの席に腰かけました。


「毎回、変わったものをお持ちいただかなくても結構ですよ。仕入れは実家のレッドダイヤモンド商会から行っております。原材料は潤沢にあります」

「……迷惑だっただろうか」


 あっ。耳としっぽがうなだれてしまいました(幻覚です)。


「いえ、そんなことはありません。ただ心配になるのです。わたくしとの時間を過ごすために、無理をなさっていないかと」

「無理はしていない。仕事はきちんとこなしている」

「その……休日はもっと他の時間に使われるべきでは……?」

「俺がシャーロットと過ごしたいんだ。休みが合わないのであれば、俺が通うのが当然だろう」


 嘘偽りを感じさせない、真剣なまなざし。

 さらに手を握られてしまうと、わたくしまで心臓の鼓動が早鐘を打ち出します。


「きゃっ」

「照れているシャーロットも可愛い」


 ぎゃー! し、心臓に悪いです……!

 なお、動揺を声に出さなかったのは淑女としてのプライドです。

 告白された日以降、わたくしも鍛錬せざるを得ない状況に置かれています。


「……ど、どうぞガトーショコラを召し上がってくださいな。わたくしが作りましたの」


 今はジョシュア様から視線を逸らすのが精いっぱい。

 近頃、ようやく分かってきました。

 これまでジョシュア様がわたくしの顔を見ないようにしていた、その意味を。


「なんだと!? シャーロット手製!? 家に持ち帰って飾るか迷うな」

「飾らないでください。お召し上がりください。今、この場で」


 わたくしはこほんと咳払いをしてジョシュア様を制します。


「まだ家族にしか試食してもらっていませんから、ジョシュア様から美味しいと言っていただけるのであれば、これからは他のお客様へも提供しようと考えていますの」

「……美味しいと絶賛したいところだが、シャーロット手製のスイーツを他の人間に食べさせるのは許しがたい……」

「心の声が漏れていらっしゃいます、ジョシュア様」


 しかし、人間というのはここまで変わるものなのでしょうか?


 あまりの変貌っぷりに不安を覚え、アイヴィーへ相談しました。

 ひとつ分かったことがあります。

 どうやら、ジョシュア様の言動には、副団長のノア様の影響があるようです。

 ノア様が普段アイヴィーへ対してどう接しているかを事細かく教わり、実行しているとのこと。

 そのときだけは団長と副団長という立場が逆転して、スパルタ講義が展開されているそうです。

 説明されても意味が分かりませんでした。

 ……そういうところまで真面目に取り組まなくてもいいと思うのですが。 

 しかし、そういうところも、真面目でいいとも思います。


 ふぅ、とわたくしは紅茶に口をつけました。


「最近、とある噂が流れているのをご存じですか?」

「何だ」

「強面の騎士団長が休日のたび通い詰める婚約者シャーロット・スタンホープは、まるで魔王を制する勇者のようだと」

「誰だ、そんな噂を流した奴は。全員処してやる」

「処さないでください。そのおかげで、アミュレットの売れ行きも好調なので、助かっていますのよ」


 とはいえ、わたくしも、ジョシュア様の変化に悪い気はしていないのです。


「ところで前々からお願いしていたドラゴンとの面会の件、実現できますかしら」

「問題ない。ただ、鱗を貰う前に一戦交えないといけなくて……シャーロットを危険にさらす訳にもいかないので、どのような形の面会にするかドラゴンと打ち合わせ中だ」

「ドラゴンと打ち合わせ中」


 なかなか聞きなれない言葉が飛び出してきました。

 ドラゴンへは、いつも鱗を分けていただいているので一度お礼がしたいと申し出ているところです。


 今のところ王都でドラゴンの鱗を扱えるのはわたくしの店だけ。

 当初は悪い輩に狙われるのではないかと危惧していましたが、ジョシュア様やお父様がうまくやってくださっているそうです。


「危険は承知で、わたくしはジョシュア様が戦っているお姿を見てみたいんですの。学院時代は剣技を拝見する機会がございましたが、もう何年も見ていませんから」

「うっ」


 ジョシュア様は学院時代からつい最近のわたくしへの態度(塩対応)を思い出して一瞬落ちこんだようですが、すぐに立ち直りました。


「承知した。なるべくすぐに実行する。次の定休日はどうだ」

「かしこまりました。とても楽しみにしていますわ」

「気合を入れてドラゴンをぶっ飛ばそう。シャーロットのために」


 いろいろと物騒ですが、『魔王』という二つ名は健在のようで安心しました。



★ ★ ★



 ジョシュア様の宣言通り、次の休日にドラゴンと面会することになりました。


 ばさっ、ばさっ……


 周りに何もない草原へ馬車で案内されたわたくしの目の前に、あの日見上げたドラゴンが現れます。

 ドラゴンが風を起こさないように、静かに地面に降り立ちました。

 近くだとさらに雄大さと神聖さを感じますね。

 人間の作法が合っているかは分かりませんが、わたくしはカーテシーを披露しました。


「いつもお世話になっております。シャーロット・スタンホープと申します」

『うむ。こちらこそ、お主のおかげで魔王と一戦交えることができて感謝している』


 ……思いもよらず感謝されてしまいました、ドラゴンに。


 どうやら声は口から発せられてはいないようです。

 空気が震えて聞こえました。流石はドラゴン、人間の理解を超える存在です。


「ジョシュア様」

「何だ?」


 騎士団の制服にプラスして重装備の鎧と兜。

 涼し気な表情をしているのは、魔物製で軽量だから。

 剣を携えたジョシュア様は、とても頼もしく見えました。


「ドラゴンからも『魔王』と呼ばれているのですか……?」

「言うな……」


 ジョシュア様が遠い目をしました。どうやら不本意のようです。


 立会人として今日は騎士団の部下の方々もいらっしゃいます。

 わたくしを守るために結界を用意してくださっているようで申し訳なく思いましたが、ジョシュア様とドラゴンの決闘のおかげで、王国への加護が強まっているらしく、むしろ大歓迎なのだそうです。

 そのように、部下の方々が解説してくださいました。


「団長のすごいところはあの大剣をなんなく振るえるところなんですよ」

「おれたちなんて持ち上げるだけでも精一杯だっていうのに」


 いよいよ決闘が始まります。

 見ているだけのわたくしですが、緊張して手に汗がにじんできました!

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