第7話
★ ★ ★
わたくしが伯爵家へ帰ってくると同時に、報せが入ってきました。
どうやらジョシュア様はすぐにドラゴンを帰らせることに成功したそうです。
あんな大きなドラゴンと対等に渡り合えるなんて、流石は騎士団長様!
わたくしは自室で夕食までの時間を過ごすことにします。
新しく、ビーズ状に加工してもらった骨が届いたのです。
ハンカチやドレスへの刺繍用です。早速試してみましょう。
……作業に没頭していたら扉をノックされました。
「お嬢さま、夕食のお時間です」
「ありがとう。今行きますわ」
侍女が呼びにきてくれたので、支度をして食堂へと向かいます。
既に食堂にはお父様がいらっしゃいました。
「シャーロットよ、話は聞いている。今日は大変だったな」
「いえ、ジョシュア様は騎士団長ですから。魔物討伐を優先するのは当然のことです」
「いいな~。私もドラゴンと闘いたかったわ~」
お母様が心底残念そうにしています。
そんなお母様を、お父様は無言で見つめますが、どうやら気づいていないようです。
なお、当家には成人した兄もいますが、今は隣国へ長期出張中です。
三人で夕食後、わたくしは再び刺繍に戻ります。
いつの間にか窓からは西日が差し込んでいます。
「できました! まずは展示品として飾ってみましょうかしら」
考えるだけでわくわくします。
しかし……
今後のことを考えれば考えるほど、ジョシュア様との関係を再考しなければならない時が近づいているように感じます。
「そうだわ!」
名案が浮かんだわたくしは立ち上がります。
「どうしてこんなかんたんなことに気づかなかったのかしら。婚約を解消してもらうよう、お父様を説得すればいいのだわ!」
難しい交渉となるでしょう。
しかし、難しい局面を乗り切らなければならない機会は、ビジネスでもこれから出てくるはず。
怖気づいてはいられません。
私は事業発展の第一歩として、お父様に婚約の解消を持ちかけることに決めました。
最初から婚約などなかった、もしくは、円満に話し合いで婚約を解消した。
そのどちらかであればジョシュア様の経歴に傷がつくこともないでしょう。
わたくしは足取り軽くお父様の書斎へと向かいました。
「失礼いたします」
「どうした?」
「お話がありますの」
書斎ではお父様が何かの書類に目を通しているところでした。
眼鏡を外して、デスクに置きます。
「話?」
わたくしの神妙な様子に、普段とは違う何かを感じ取ったようです。
「実は、ジョシュア様との――」
こんこん、こんこん。
わたくしの言葉を遮るように扉がノックされました。
お父様が扉の向こうへ声をかけます。
「今娘と話している。何の用だ?」
「申し訳ございません。先触れなく、ジョシュア・グレンヴィル公爵令息がお越しになっています。いかがいたしましょうか」
執事の声は落ち着いていますが、わずかに動揺しているようにも聞こえました。
事前連絡なくジョシュア様が伯爵家に来られることなんて今までありません。
しかし、わたくしとしては好都合です。
お父様に向き直り、微笑みます。
「入っていただいてよろしいですわ。ね、お父様?」
「シャーロットがそう言うのであれば。……応接間へご案内するように」
「かしこまりました」
執事の足音が遠ざかります。
「我々も応接間へ移ろうか」
「はい、かしこまりました」
いよいよ正念場です。
★ ★ ★
わたくしとお父様が応接間に入ると、座っていたジョシュア様が、勢いよく顔を上げました。
背の高いジョシュア様。
普段はわたくしが見上げるかたちなので、少しふしぎな感覚です。
ジョシュア様は立ち上がって、深く頭を下げました。
「突然の訪問をお詫びいたします、閣下」
「いや、それは構わないのだが、突然どうしたのだね」
「改めて自分の意志を伝えにまいりました」
「まぁ」
意志? ジョシュア様も婚約の件で何か話したいということかもしれません。
まずはお話を伺うことにしましょう。
「とりあえず一旦座ろうか。今日の紅茶は温かいうちが美味しい」
お父様に促されてジョシュア様が座り直しました。
ローテーブルを挟んで、向かいにわたくしとお父様も腰かけます。
「……」
「「あのっ」」
ジョシュア様とわたくしの声がかぶってしまいました。
「……シャーロットからどうぞ」
「いえいえ、どうぞ、ジョシュア様」
「……」
再び無言になるジョシュア様。えぇと、どうすればよいのでしょうか。
しばらくして、ようやくジョシュア様は口を開きました。
「……
「いえいえ、非礼だなんて、そんな。わたくしは全く気にしていませんから」
「うっ……」
「騎士姫様とのことでいらっしゃったのでしょう? どうぞ遠慮なくお話ししてくださいな」
「うっ」
みるみるうちにジョシュア様の顔が青ざめていきます。
震える手で紅茶に口をつけて、深く息を吐き出されました。
「……違うんだ。私は、貴女の前だと、緊張して、何も話せなくなってしまう……貴女があまりにも可愛らしく、聡明な、婚約者だから……」
「「はい?」」
今度はわたくしとお父様の反応が被りました。
鉄仮面のはずのジョシュア様の耳が真っ赤に染まります。
さらに、顔を隠すように両手で顔を覆い出すではありませんか!
「初めて出逢ったときのことを覚えているだろうか。あの頃の私は気弱で、いつも貴女に守られてばかりだった。守る側になりたくて鍛錬に打ち込んだ結果、学院を首席で卒業して、最年少で騎士団長を拝命した。すべて貴女の隣に立つのにふさわしい人間になるためなんだ。それなのに貴女がますます綺麗になっていくので、私は、どんどん緊張して……」
おっしゃっている意味が、よく分からないのですが?
「おっしゃっている意味が、よく分からないのですが?」
はっ。考えたことをそのまま口に出してしまいました。
突然の告白を信じられず、わたくしは正直なところ戸惑っていました。
しかしこんな風に感情を露わにするジョシュア様を見たことがありません。
嘘はついていないということなのでしょう。
……と、いうことは?
「騎士姫様とのことは……」
「あれは周りが勝手に勘違いしただけだ」
「そうだったのですか……」
すっかり気が抜けてしまいました。
「今日ドラゴンに説教されてしまった。好意は口に出さなければ伝わらないと」
「「ドラゴンに?」」
おっしゃっている意味がよく分からないのですが(再び)。
「シャーロット」
「は、はい」
ジョシュア様は立ち上がると、わたくしの横へやってきて、片膝をつきました。
わたくしは体の向きを変えて、背筋を正します。
見上げてくるアイスブルーの瞳に、わたくしの戸惑う姿が映ります。
「私は貴女が好きだ。世界で一番愛している。今までの失礼な態度を許してほしいとは言わないが、どうか、挽回する機会をもらえないだろうか」
ひ、ひぇえ……!
整ったかんばせがわたくしを見つめてきます。
お父様へ話そうとしていた諸々はすべて吹っ飛んでしまいました。
「……ま、前向きに、検討させていただきます」
「これはドラゴンから貰った。私の誠意のひとつとして、受け取ってはくれないだろうか」
そう言ってジョシュア様は白い袋を取り出し、わたくしに手渡してきました。
かさっと軽い音がします。
中を覗き込んでみれば何かが虹色に光っていました。
左手にあけてみると、それは、鱗でした。
「紛れもなくドラゴンの鱗だ。貴女の仕事に役立ててほしい」
ドラゴンの鱗、ですって……!?
そんな希少価値の高いものを、わたくしに……?
「嬉しいです! ありがとうございます、ジョシュア様!!」
わたくしは淑女らしからぬ大声で叫んでしまいました。
だって、すごくうれしかったんですもの!!!
今までの贈り物で一番です。最高です。まさか、ドラゴンの鱗が手に入るなんて。
するとジョシュア様は信じられない表情になりました。
まさに、破顔。
くしゃっと笑ってみせたのです。
「本当に貴女は可愛らしい方だ」
そう言って、ジョシュア様はわたくしの右手の甲に恭しく口づけを落とします。
ひゃっ!?
「デートの続きは改めて。今度こそ貴女だけを見つめていられるような日にする」
「は、はい…………」
今度はわたくしが真っ赤になる番です。
心臓がばくばくいっています。
流石のわたくしも徐々に気づきはじめていました。
どうやら、ジョシュア様は――わたくしのことが好き、だということに。
えっ!?
わたくしのことを、好き? ジョシュア様が!?
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