第6話(ジョシュア視点)
★ ★ ★
騎士団へ戻った俺はすぐさま制服に着替える。
そして、剣を手に取った。
俺にしか扱えない大剣だ。俺はこの相棒と共に、数えきれないほどの魔物を倒してきた。
ピーッ
中庭で指笛を吹けば半魔物の大鷲が飛んでくる。
定員一名、飛行用の移動手段だ。大鷲の背中に飛び乗って、俺はドラゴンを目指す。
空中でドラゴンと相対したところで、くるりと反転される。
ついてこいと言わんばかりのドラゴン。
俺は全速力で空を駆け――
ドラゴンに先導されるように辿り着いたのは、周りに何もない崖だった。
大鷲から降り、大地に足をつける。
ばっさばっさと羽ばたき、大鷲は飛び去っていった。
ここから、王都が一望できる。
「……シャーロットはちゃんと帰宅しただろうか」
王都へ残してこざるをえなかった婚約者のことを思い出す。
ドラゴンを見て新作のデザインが浮かんだ! と興奮している可能性がある。別の意味で、頭が痛い。
何せ、有史以来ドラゴンが平時に姿を現すことなんてなかったのだ。
民衆たちも慌て、驚いていた。
今頃ノアたちは民衆の動揺を鎮めるために動いてくれているはずだ。
俺は俺にしかできないことをするのみ。
すぅ、と大きく息を吸い込んだ。
「ドラゴン! 突然、何のつもりだ!」
『勝負を挑みに来た。森での引き分け、我は認めてはおらぬ』
魔物の森への遠征を思い出す。
俺は何故だかドラゴンに気に入られて、事あるごとに勝負を挑まれていたのだ。
戦績は五十戦中、俺が二十五勝二十四敗一分。
ドラゴンは最後の勝負が引き分けだった(といっても森の一部が焦土と化したため、俺は山のような報告書を提出しなければならなかった……)のを、どうやら根に持っているらしい。
「だからといって王国まで追いかけてくることがあるか!」
『貴様がウェーランド王国へ帰るのが悪い。二つ名通り、魔王となって森に君臨すればいいものを』
「ふざけるな。俺は人間だ」
鞘から剣を抜き放ち、ドラゴンへ向ける。
ぎらりと光る刀身。
ドラゴンもまた口を大きく開けた。火炎を噴射される前に仕留めてやる。
「ひとの一世一代のデートを邪魔する輩のことは容赦しない!」
俺が剣を振り下ろそうとしたときだった。
『……でぇと?』
ぴたり、とドラゴンが動きを止めた。
「な、何だ、急に」
俺もつられて剣を下ろしてしまう。
「そうだ、デートだ。俺は婚約者と出かけていた最中だったんだぞ。それをお前が台無しに……」
『それは申し訳ないことをした。今すぐ婚約者の元へ戻るといい』
「……いや、もうだめかもしれない」
俺は剣を鞘へと戻した。
……思い出す、思い出したくない会話の数々。
シャーロットは完全に誤解している。俺とヴァレンティナ王女との仲を。
しかも、どちらかというとシャーロットはヴァレンティナ王女の方に気があるようなそぶりだった。恋愛というより、敬愛という意味で。
「まさか、シャーロットまで……!?」
噂には聞いたことがある。騎士姫には女性専用の公式ファンクラブというものがあるらしい。
確かに見た目こそ麗しいが、中身は雄々しく、血気盛んなお方である。
何故、そこまで女性が惹かれるのか。いや、だからこそ憧れの的になるのか?
かくも不思議な話だ。
がくっ。耐え切れず、ついに俺は膝をついてしまった(人間には見られていないから、流石に勘弁してほしい)。
『おい、どうした魔王。話なら聞くぞ』
ドラゴンもまた、吐こうとしていた火炎を収めると、体を丸めて近寄ってきた。
「俺は魔王じゃないが、話は聞いてほしい。俺の婚約者が俺のことを好いていないんだ……」
『言っている意味が分からない。婚約者というのは相思相愛ではないのか』
「人間の世界には、政略結婚というのもあるんだ。俺たちは親同士が決めた許婚なんだ。それでも俺は……」
言葉にならない。
すると、ドラゴンもドラゴンで察してくれたようだ。
『なんと……人間も大変なのだな……』
突如始まる人生相談。いや、恋愛相談。
俺はシャーロットとの間に起きたことを説明する。
「実は――」
すると、聞き終えたドラゴンが火炎ではない普通の溜め息を吐いた。
『それはお前が悪い』
……撃沈。たった今、俺の二十五敗目が決まった。
『愚か者、よく聞け』
ぺちぺちとドラゴンが尻尾で俺の背中を叩いてくる。
人間でいうところの肩をぽんと叩く仕草のつもりだろうか。
『ただでさえお前は魔王のごとき強面だし、表情も乏しい。そんなお前が親同士の決めた関係だからと安心して婚約者を気遣わなかったのが悪い。我との勝負は日を改めて構わぬ。婚約者へ今すぐ謝罪とこれまでの言動を撤回と、改善策を提出してこい』
「……どうやって」
俺はようやく顔を上げた。
きっと人類には見せられない、情けない表情をしているに違いない。
いつも辛辣なドラゴンが同情のまなざしを向けてくる。
『婚約者の本当に望むものを知り、与え、共に喜ぶことだ。ただし婚約者が許すかどうかは婚約者次第。そこに期待をしてはいけない』
「……分かった。やってみる」
戦って追い払うつもりが、何故だか友情が育まれそうである。
相手はドラゴンだというのに。
「しかし、やけに具体的な回答だな。お前にも似たようなことがあったのか」
『……遠い昔話だ』
これは深く聞かない方がよさそうだ。
「おーい、ジョシュア。無事かーっ!?」
「団長ー! ご無事でー!」
ノアの声が聞こえた。どうやら他の団員たちもいる。
民衆の鎮静はできたのだろうか。
彼らがやってくる前に、俺は立ち上がって泥を払う。
「ドラゴン、ひとつ頼みがあるんだが」
『婚約者の件か?』
「そうだ」
『いいだろう。我とて、万全な調子の貴様と勝負したいからな』
「譲ってもらいたいものがあるんだが――」
ノアたちが到着する前に、俺は、ドラゴンへとある頼み事をした。
これならばシャーロットも喜んでくれると信じて……。
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