第4話(ジョシュア視点)
★ ★ ★
「こんなものか?! 次ッ!!」
辺りを見渡すと、部下たちは軒並み地面に倒れていた。
やったのは俺、ジョシュア・グレンヴィルだ。
厳しい遠征から帰還後。
祝勝パーティーで気が抜けている者はいないかと部下たちと剣戟を振るった結果が、これである。
まったく、どいつもこいつも腑抜けている。
俺は流れる汗を服の袖でぬぐった。
「おぉ、こわいこわい。だから『魔王』って呼ばれるんだぞ」
「……ノア」
稽古場の入り口で手を叩く人間へ、俺は顔を向けた。
ノア・ボーフォート。騎士団の副団長であり細身だが軽さを武器としている男だ。
紫色のまとめ髪を揺らしながらノアが近づいてきた。
「眉間にしわが寄りすぎだ」
「元からだ」
「それは知っている。しかし、お前。このままだとまずいぞ」
「何がだ? 今回の遠征は成功だったはずだ。老害たちも、何も言えないでいただろう」
「違う違う。シャーロット嬢のことだ」
「!?」
いきなり俺の婚約者の名前を口にするな。心臓に悪い。
クレームを入れようとする前にノアが続けた。
「捨てられるぞ、お前」
「どういうことだ。シャーロットとは幼なじみで親が決めた許婚なんだが?」
「ところがシャーロット嬢はそう思っていないらしい」
「!?」
一体どういうことだ。
かたかたかた、と手が小刻みに震えはじめる。
「お前、一昨日、ちゃんとエスコートしなかっただろう」
「……そっ、それは、シャーロットが……」
「シャーロット嬢が?」
「……きっ、きれいで……」
パーティーのために新調したと分かるドレス。
胸元をさりげなく隠すネックレスは見たことのない輝きを放っていた。
すべてがシャーロットに似合っていた。
おまけに、結い上げた髪からはいい香りがした。
シャーロット・スタンホープ。
親同士が決めた、俺の婚約者。
見つめていると心臓が張り裂けそうになる。
可愛くて綺麗で、……腑抜けてしまいそうになるのは、俺だ。
そんな心中は絶対に誰にも言えない。誰にも、言ったことがない。
ぶはっ、とノアが吹き出した。何を察したかは知らないが、失礼な奴である。
「まさか自分の婚約者を直視できなくて壁の花にしたのか。馬鹿なのか? 馬鹿なのかお前は? 『魔王』の二つ名が泣くぞ」
「うるさい黙れぶん殴るぞ。二つ名は周りが勝手に言いだしたことだ」
「いやいや、そうじゃなくて。お前、昨日、シャーロット嬢より騎士姫と一緒にいただろう。あれがまずかった。あれのせいで、お前と騎士姫が相思相愛だって噂が流れている」
は?
……膝をつかなかったのは(部下たちが気絶しているとはいえ)なけなしのプライドのおかげである。
「誰だそんな噂を流した奴は。全員処刑してやる」
「お前にそんな権限はない。残念だったな」
ノアが説明を続けた。
「アイヴィーがシャーロット嬢へ話を聞きに行ったら、当の本人はけろりとしていたらしい。知ってたか? 僕たちが遠征に行っている間、シャーロット嬢は、魔物の骨でアクセサリーを作ってブランド展開することを決めたそうだ。目標は、トゥインクル通りへの出店」
「何だって?」
初めて聞く情報ばかりだ。
アイヴィー・ラッセル子爵令嬢は、シャーロットの学院時代からの親友であり、ノアの婚約者でもある。
つまり情報の信ぴょう性が高いというのは分かるが、情報量が多い。
どこから整理すればいいんだ?
もしかしたら昨日身に着けていたネックレスが、魔物の骨でできているのかもしれない。
トゥインクル通りは王都でも一等地だ。
貴族相手に勝算がなければ出店なんてできないだろう。
「こほん。大至急、お前はシャーロット嬢に弁解の手紙を送れ。そして会いに行け。いいな?」
「……ありがとう。恩に着る」
「いいってことよ」
……ところが。
大至急会いたいとしたためた手紙の返信は、『出店準備で忙しい』というものだった。
いや、ちがう。
正確には、こうだ。
『ジョシュア様は騎士団の任務でお忙しいでしょうし、隣国との調整も色々とおありでしょうから、お気遣いだけいただきます。わたくしも今、石畳通りに念願のお店を出すために準備に追われていますの。お互い、夢に向かって頑張りましょうね』
★ ★ ★
いくらシャーロットに会いに行きたくても、騎士団長というのは、簡単に身動きの取れる立場でもない。
俺がようやくシャーロットの元へ行く時間を取れたのは、実際にトゥインクル通りに彼女の店が開店してから数日後のことだった。
話の通り、トゥインクル通りにアクセサリーの店があった。
『ボーン・シャーロット』……どうやらこれが店名らしい。
それにしてもセンスのいい外観だ。美醜には疎いが、センスがいいのは分かる。
シャーロットのこだわりが詰まっているのだろう。
俺は、数時間ほど、外から店の外観を眺めていた。
シャーロットの邪魔をしてはいけないからである。
「ありがとうございます。またご連絡差し上げますわね」
客らしき貴族とともに店から出てきて深く頭を下げたのは、シャーロットだった。
髪の毛をアップにまとめて、服装もすっきりとしたシンプルなワンピースだが、とても似合っている。
可憐さに上品さがプラスされていてとてもいい。
顔を上げたシャーロットが、俺の存在に気づいた。
「あら、ジョシュア様?」
笑顔が眩しい。逆光でも分かる、最高の笑顔だ。
「開店おめでとう。本当は初日に来たかったのだが」
俺はゆっくりとシャーロットに近づいた。
シャーロットは俺よりも頭ふたつ分ほど背丈が低い。
立ったまま話そうとすれば、自然と見上げられる形になる。
「すてき。ありがとうございます」
「……」
やめてくれ! いや、やめてくれるな。
上目づかいではにかまれると、どんな魔物の攻撃よりも威力が高い……ッ!
「わざわざ気にかけてくださってありがとうございます。ちょうど誰もいませんので、お入りくださいな」
「これは、花だ」
待て、俺。何故見れば分かることを言ってしまった。
小さな花束ではあるが、受け取ってくれたシャーロットは香りを嗅いで、はにかんだ。
「早速、花瓶に生けますわね」
シャーロットが笑ってくれた。
俺はぐっと拳を握る。
……ノアのアドバイスをもとに買ってきてよかった。
店内は白を基調とした小さな空間で、商談用のテーブルと椅子が中央に置かれている。
壁際には小ぶりのネックレスが並べられていた。
「すごいな……」
思わず声が漏れた。
魔物の鱗や骨が武器や防具になるのは常識だ。
それ自体がわずかな魔力を帯びていて、持ち主を守ってくれる。
人間は魔力を操れないが、魔物だったものをそれなりに扱うことはできる。
騎士団や冒険者はそうやって戦ってきたのだ。
魔物を着飾るアイテムへ変えるというのは、誰も思いつかなかったのだ。
ただのアイテムではなく、美しいアクセサリーたち。
まるでシャーロットの心を表しているようだ。
「ふふっ。騎士団長様に褒めていただけるなんて光栄です」
テーブルに贈ったばかりの花を飾ったシャーロットが、俺の呟きを拾ってくれる。
なんて優しいのだろう。
「なかなか会いに来られずすまなかった」
「いえ、わたくしよりも優先すべきことがたくさんおありでしょうから」
……ん?
些細だが、違和感が生じた。
「そうですわ!」
ぱんっ、とシャーロットが両手を叩いた。
白い小箱が開かれると、中には、四葉のクローバーを模した透明なアミュレットが入っていた。
「こちらが当店の一番人気のアミュレットです。無事を祈るお相手へ差し上げてください」
「無事を祈る……?」
「えぇ。是非、騎士姫様へお贈りください! 愛の証として!」
妬みも嫉みもない、一点の曇りなき笑みだった。
どういうことだ。
噂は本当なのか。待ってくれ、シャーロット。
――そこからどう帰ったかは覚えていない。
★ ★ ★
「屍になってるぞ」
「……てくれ……いっそ一思いに殺してくれ……」
騎士団内で醜態をさらす訳にもいかず、俺は、上官しか入れない武器庫の隅で三角座りをしていた。
だというのに、ノアが何故俺のことを見つけられるのかは謎である。
「やだよ。魔王を殺したら祟られそうだ」
「そうだな。婚約者と相思相愛の奴は全員呪ってやる」
「馬鹿。お前の説明努力の不備の結果だろうが。責はお前にある」
その通りだ。
俺は言葉に詰まった。
「アイヴィーも心配している。このままお前たちが白い結婚どころか婚約がなかったことになるのはよろしくない。お前、シャーロット嬢のことが好きなんだろう?」
「あ、当たり前だ!」
「だからー、その当たり前が本人に届いてないのがだめなんだって。そこで、僕に考えがある。これは今、貴族女子の間で流行っている香り付きの便箋だ」
ぴらっ、とノアが懐から何かを取り出した。
「ちゃんと言うんだぞ。シャーロット嬢へ、好きだって!」
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