第2話

★ ★ ★



 いつ訪れても煌びやかなシャンデリアが目を惹く、王城の広間。

 伯爵家とはくらべものにならない豪華さです。

 まるで、夢の国へ来たかのようです。


 一流の演奏者による曲が絶え間なく流れ、さざ波のような会話に彩りをもたらします。

 そう、今夜は舞踏会ではなく、騎士団が無事に凱旋したことを祝うパーティーです。


 わたくしから離れた場所で、ひときわ目立っているのがジョシュア様。

 端正な顔立ち、涼し気なアイスブルーの瞳。

 金色の髪は短く刈られていますが艶を失っていません。

 広い肩幅。服の上からでも分かるたくましい体躯は、最年少騎士団長と呼ぶにふさわしいでしょう。

 勲章が光り輝いて見えます。


 ただ、話題の中心にあっても表情は決して崩れません。


 それもそのはず、ジョシュア様の二つ名は『魔王』。

 人間最強と謳われる剣技。

 魔物をどんどん倒していく無慈悲さ(見たことはありませんが)。

 加えて……

 いつも眉間にしわをよせてちっとも笑みを浮かべないからだと、まことしやかに囁かれています。


 たしかにわたくしもジョシュア様の笑顔を見たことはありません。

 というか想像もつきません。


 出逢ったばかりの頃、十歳に満たない頃は、穏やかな少年というイメージでした。

 青年期以降はひたすらに心身を鍛えられたようで、今の立派なお姿に成長したのです。


 パーティーの始まる前、ジョシュア様は伯爵家までお迎えに来てくださいました。

 その際に交わした会話を思い出します。



【ジョシュア様、お帰りなさいませ】

【……あぁ】

【騎士団長に任命されて初めての遠征で色々と大変だったと思います。わたくし、ジョシュア様の婚約者であることを光栄に思いますわ】

【……あぁ】



 労いの言葉をかけてみたところ、そっぽを向かれてしまいました。

 馬車ではかたく目を瞑っておられました。

 帰ってきて疲れているところにすぐパーティーが開かれるなんて、騎士団員の方々は休む暇もなさそうです。

 頭の下がる思いです。

 わたくしはジョシュア様をそっと寝かせておくことに決めて、静かにしていました。


 腕を組んで入城こそしましたが、まるで人混みに引きはがされるようにして、ジョシュア様は広間の中央へと流れて行きました。

 主役の婚約者でありながらわたくしは壁際で静かにしているというのが、まさに今の状況です。


 そんなわたくしは何をしているかといいますと。

 令嬢方のアクセサリーを観察中です!


 魔物の骨でできたアクセサリーですが、やはり、ターゲットにすべきは貴族令嬢の方々です。

 本音をいえば王族の方々に身に着けていただくのが一番の宣伝となるのですが、いち伯爵令嬢であるわたくしには到底不可能なこと。

 それならば次に流行の発信源となる令嬢の方々へのアプローチは欠かせません。


 ちなみに販促用として、今日のわたくしの胸元ではできたばかりのネックレスが輝いています。

 シャンデリアの光をどんな宝石よりも反射して輝いています。

 しかし、大きさを調整しているため、ダイヤモンドやジルコン、ルビーよりも派手にはなっていません(爵位が上の方より目立つ訳にはいきませんからね)。


「ごきけんよう、スタンホープ伯爵令嬢」


 とある伯爵家令嬢が近づいてきました。

 派手好きで、夜会のたびに衣装一式新調することで有名なお方です。


「ごきげんよう」

「よくお似合いですわね、そのネックレス」


 わたくしは満面の笑みで挨拶を返します。


「流石です、お目が高いですわ。これはレッドダイヤモンド商会で新しく展開予定の製品なんです」

「まぁ。詳しくお聞かせいただけるかしら」


 ふふふ、狙い通りです。


「実は、魔物の骨を商会の独自技術で加工しましたの。貴石よりも輝き、貴石よりも割れにくいのが特徴です。また、わずかな魔力を帯びていることから、持ち主に加護をもたらしてくれます」

「加護! つまり、騎士団の鎧と同じ仕組みかしら」

「おっしゃる通りです。戦いの場へ赴かないようなわたくしたちでも身に着けやすいものを開発しましたの」

「さぞ着け心地もいいのでしょうね。魔物製の鎧は軽量なのに丈夫だと聞きますもの。私にも仕立てていただけませんこと?」

「えぇ、もちろんでございます」


 話はとんとん拍子にまとまりました。

 他にもいくつかのビジネスを持ちかけていただき、わたくしは大満足です。

 これだけでも慌ててドレスを新調して、パーティーへ来た甲斐があるというものです。

 ジョシュア様に感謝……。


 あとはお迎えが来るまで、食事を堪能することにしましょう。

 給仕係に目を合わせます。


「お食事でしょうか」

「ええ。少なめにお願いしますわ」


 そのとき、中央でひときわ大きな歓声が上がりました。


「騎士姫様のご登場です!!」


 真紅の絨毯が敷かれた中央階段から優雅に降りてきたのは――


 ワインレッドのドレスを纏った長身の女性でした。

 歩く度に揺れる、黒髪ポニーテール。

 ジマニー帝国のヴァレンティナ王女。通称、『騎士姫』様です。


「……なんて麗しいのかしら……」


 皆が見惚れて、釘付けになります。卒倒する令嬢まで現れて、別の意味で場は騒然となります。

 かく言うわたくしも胸が高鳴りました。

 隣国の騎士団を率いる騎士姫様。

 お目にかかるのは初めてですが、あんなに美しい人だとは!


「公式ファンクラブがあるそうですわ……どうやったら入会できるのかしら……」


 ヴァレンティナ王女のファンクラブ?!

 隣から有益な情報が聞こえてきました。帰宅したら、家の者に調べてもらいましょう。


 そんな騎士姫様の進行方向は、ジョシュア様。

 人だかりがまるで道を作るようにぱっくりと割れました。

 優雅な足取りで近づき、ヴァレンティナ王女が、ジョシュア様へ話しかけます。

 こちらからではジョシュア様の表情はよく見えませんが、会話に応じているようでした。

 美・男・美・女。

 目の保養どころではありません。


 ひそひそ声が耳に届きます。


「ご存じ? どうやら騎士団長様と相思相愛らしいわよ」


 おや?

 騎士団長というのはジョシュア様のことでしょうか。


「今回の遠征で急接近したそうだな」

「最強のおふたりじゃないか。しかし……」


 しかし、の先はなんとなく察しました。

 わたくしがここに立っているのを知らなくても、わたくしの存在は周りに知られています。

 噂話は、ある意味貴族のたしなみでもあります。

 

 ジョシュア様がヴァレンティナ王女と婚約を結び直す?

 あくまでも仮定の話ですが、わたくしには、いえ間違えました、二国間にはメリットしかないでしょう。

 きっとジョシュア様もお受けになるはず。

 相思相愛ならなおさらのことです。


 ところで。

 ジョシュア様から婚約を解消されてしまった場合、わたくしは結婚披露宴に招待していただけるのかしら?

 せっかくなら麗しのヴァレンティナ王女の花嫁姿を見たいのですが……。

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