第29話 希望は絶望
マーディンさんの見えない力で顎を持ち上げられたペトロネラが、青紫になった唇を噛みしめてこちらを見てくる。フランカはそれを横目で見つつ首を傾げた。
「ペトロネラを黄金に変えるというのは、どういう意味ですか?」
「オレもさ、こんな見た目だけど悪魔じゃないし? 一応神だし? いくら怒ってるからって一方的に取り上げるばっかじゃカワイソかもって思って」
マーディンさんの言葉に希望を見たのか、ラウレンスたちの目に光が戻る。
ただフランカは、神として慈悲をみせようと言うマーディンさんの優しげな声音の中にある、若干の胡散臭さに気づいた。
――笑っていないわ。
背後から抱きしめられたまま振り返ってマーディンさんを見上げてみれば、目も唇も笑顔の形になっているのに寒々しさを感じてしまった。
自分のことを言われているペトロネラも、それに気づいているのだろう。
内容をまだ聞いてもいないのに神の慈悲に対して早くも感謝の言葉を述べ始めたラウレンスたちと違い、引き攣った顔でマーディンさんの言葉の続きを待っている。
「フランカの言う通りどうせこいつら存続しか選ばないとオレも思うけど、だからってしれっと元通りってのは違うじゃん? だからどう存続させるかを選択してもらおうと思って」
神から見放され、終末を招いてしまった国。その元凶として生きていかなくてはならない時点で、ラウレンスたちが〝存続〟を選んだとしてもかなり生きにくくなることだろう。
「存続を選ぶなら、是が非でも存続し続けることを神に誓ってもらわなきゃね」
この世界の未来から神の加護と宝石龍という恩恵を奪ったとして世界中から嫌悪、倦厭されるであろうこの国を守り続け、生かし続けなくてはならない。
これ以上、神の意思を無視し厚意に唾を吐くことはしてはならない。
神が自分たちへ慈悲の手を差し伸べているわけではないことをようやく察したラウレンスたちが、神への感謝の言葉を喉に詰まらせ、黙った。
「フランカから聞いた話じゃ、宝石龍の黄金頼みで政策立ててたんでしょ? もうすでに宝石龍の中身も消しちゃったけどさ。資金がなきゃ国はやってらんないじゃん。大変だねー」
微笑みながら軽く言ったマーディンさんの「宝石龍の黄金消失」の言葉に、ラウレンスたちが顔色を失う。
「でもオレも悪魔じゃないから、救済措置っつーのをしてあげようと思って」
宝石龍に頼りきりで他なんもしてないとか、オレらの
無能~。と、この国の政治の中枢を軽やかに殴りつけ、マーディンさんが美しい紅の瞳をラウレンスへ向けた。
「フランカもこの国の民の未来のことは気にしてるみたいだし、オレのフランカに免じて人間一人分くらいの黄金はオレがプレゼントしてあげる」
「それはペトロネラと同じ体積の黄金を授ける、という意味でしょうか?」
宝石龍の代わりに? と、フランカは首を傾げた。
ラウレンスたちは自分たちが背負わねばならない国の未来のための話なのに、相変わらず何も発言できない。顔を強張らせたまま沈黙している。
「んーん、違う違う。この成りすましが死んだら、死体が黄金に変わる魔法をかけてあげるから、それで今後の国家運営頑張ってねって意味」
見えない力で強制的に顔を上げさせられているペトロネラのオレンジ色の目が、ぐわっと見開いてフランカを見た。
「金どころか鉄も銅も、この国の領土からは採れなくなったっつーか、今、オレが採れなくしちゃったし。成りすましがこの国の唯一にして最後の鉱物資源なんだから、大切にしなきゃね?」
鉱物資源がなくなった。国を存続させるための手段がひとつ潰されたことを知ったラウレンスの水色の瞳が、絶望に染まる。
対してマーディンさんは空中を掻きまわすように空色の爪をくるくると回し、小さな竜巻のような黄金色の光の渦を爪先に宿して笑う。
「髪の毛も、爪も、歯も、脂肪も、筋肉も、内臓も、骨も、死んだら丸ごと黄金に変わる。人間一人でどのくらいの量になるかなー? なるべく多く採れるといいね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます