第28話 滅亡か存続か

 「フランカの幸せを選んでいいからね? 今まで我慢させられたぶん、おもっきし自分のしたいことしよ? オレめっちゃ協力するし」


 とりあえず何発か雷でも落としておこっか! と気軽な調子で言うマーディンさんが空色の爪をちょんと振ると、塔の外で本当に雷が落ちた。


 「フランカを蔑ろにしたこんな国、人間が全滅してもいいしさ。世界全体で見ても人間が減ったほうが管理しやすいまであるし? この国の人間を生かすか殺すか、フランカが選んでいーよ!」


 耳が壊れるような轟音と、空気の震え。部屋の中へ突くように差し込んだ稲光によって目の前が青白く染まり、さすがのペトロネラも悲鳴を上げてラウレンスへと縋りついた。


 ラウレンスはそんなペトロネラに対処する余裕もないらしく、お化けに怯えて布団の中に隠れる子供のように、ただ目を固く閉じ耳を塞いで床にへたり込んでいる。

 取り巻きたちも似たようなもので、雷鳴の合間に神への祈りの言葉が切れ切れに聞こえてきた。


 稲光に浮き上がる彼らは、いつの間にか一塊ひとかたまりに寄せ集まっていた。

 マーディンさんと彼に抱きしめられるフランカもたぶん、ラウレンスたちから見れば一塊に見えるだろう。


 彼らの輪の中に自分の幸せはないな。と、フランカはそれを見て改めて思った。


 彼らの輪に混じることや、塊を構成するひとつになることに、もはやフランカは興味がない。

 塊そのものにも未練は湧かず、稲妻が炙り出したのは、フランカのこの世界に対する無感情さだった。


 「マーディンさん」


 落雷の合間に、フランカは息を吐くようにそっと背後にいる友人の名を呼んだ。


 「せっかくマーディンさんから選択の自由をいただいたというのに、私は彼らへの思いが全く失せていることに気がついてしまいました」


 心底どうでもよかった。

 なぜなら自分にとって本当に大切なものをすでに選び終えているからだと、フランカは思った。


 フランカはマーディンさんがいればいい。

 この世界で孤独に生きるよりも、マーディンさんの世界で生きることを選んだ。

 愛情のない家族や敬えない王家よりも、フランカのことを友達と言ってくれるマーディンさんとの友情を選んだ。


 マーディンさんがくれた幸せな時間と、愛情を信じた。


 マーディンさんの故郷へフランカを一緒に連れて行ってくれるのならば、もしも肉体の再構築というものに失敗し、壊れてしまってもかまわない。


 「マーディンさんが私の魂を持って帰ってくれれば、私はこの世界の人間ではなくなります。別世界にある国の存亡など、露ほども興味がないのです」


 だから……。と、フランカはいつの間にか落雷が止んで静まり返った部屋のなかで呆然とこちらを見るペトロネラとラウレンスたちを無表情に見返した。


 「存続か、滅亡か、彼ら自身が選べばいいと思います」


 愛し子は本当にペトロネラなのかを、フランカを殺すことでラウレンスに確かめさせようとした時のことを、フランカは思い出した。

 あの時のラウレンスには、国の未来がかかっていた。


 今回もそうしようと思う。

 選択し、決断し、決定すること。それが未来の王であるラウレンスのすべきことなのだから。


 「とはいえ、彼らに全てをゆだねれば臆面もなく〝存続〟を選び、厚顔をさらして生きていくでしょう。何かしらの枷は必要だと思います」


 「だよねえ。オレもそう思う」


 金の髪を揺らしてうなずき、マーディンさんは視線を上に向けて少しだけ黙った。


 神たるマーディンさんが沈黙している間、ラウレンスたちはすがるようにフランカを見上げてくる。今まで見たことがない哀れっぽい視線だった。

 だがその目からフランカに何を察しろというのだろう。


 「んじゃとりあえず、宝石龍の顕現は今後二度とこの世界にはないことを、この世界全体にお告げしとくね。この国が馬鹿なことして本物の愛し子であるフランカを殺そうとしたからっつー理由はきちんと言わなきゃ、オレの腹の虫が治まんないし」


 背後からフランカを抱きしめつつ言うマーディンさんの言葉に、ラウレンスと司教の息子が青ざめた。


 この世界の宗教はいくつかあるけれど、神の存在を疑う者はいない。

 宝石龍の存在や愛し子のお告げの際に大量の流れ星が愛し子の家に降ることから、この世界の人間は誰もが神を信じている。


 精神的にも経済的にも神がもたらす祝福、宝石龍の顕現を心待ちにしているのだ。ゆえに、世界中の人々の嫌悪が彼らに向くだろう。


 「あ、神の加護もなくすって言っとかないと。この世界天候不良でめっちゃ荒れるっつー申し送りがあったけど、フランカ龍神を殺そうとする人間がいる世界をなんでオレ龍神が加護あげて守ってやらなきゃなんないの。天変地異とかばんばん起こればいんじゃなーい?」


 マーディンさんのその発言は、つまり終末がくるということだった。


 自分たちの愚かな行いのせいで神の怒りを買い、終末をもたらした。

 それを神本人がお告げによって世界中に周知させるという。それによって起こるを思い、ラウレンスたちは血の気の失せた顔で涙を流す。


 「あとは……」と、ラウレンスの腕の影に隠れるように伏せていたペトロネラの顔を、マーディンさんが見えない力で無理やり上げさせつつ続けた。


 「この成りすましを黄金に変えてあげるね!」

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