第27話 フランカはどうしたい?
マーディンさんが空色の爪をちょんと振った。
途端にペトロネラたちの頭が下へ引っ張られ、よろめいて倒れ込み、床に額をこすりつけられる。
「まずは宝石龍と愛し子のことだけど」
話し出したマーディンさんにもう一度背後から抱きしめられたおかげで、彼の圧は相変わらずフランカにはあまり感じられない。
「まさか〝愛し子〟に成りすますクソがいるとは思わないじゃん? なんのためのお告げよっつー話じゃんマジで。教会のやつらなに聞いてたん?」
マーディンさんがチラッと赤い目をラウレンスの取り巻きの一人に向けた。ペトロネラのことを愛し子として崇め奉っていた、王都神殿司教の息子だ。
青ざめる彼をマーディンさんは鼻で笑う。
百歩譲って、星が降った予言の夜に紛らわしくも二人の赤子が同じ家にいて、どちらが愛し子かわからなかったとしたら、なぜ愛し子が確定する宝石龍顕現まで二人の子供を平等に扱わなかったのか。
ひどく真っ当な神の問いに、ラウレンスと司教の息子はただ黙って頭を下げ震え続ける。
「
「マーディンさん……」
首だけで後ろを振り返りつつマーディンさんを見上げるフランカを、彼はぎゅっと抱いてくれる。背中がぽかぽかと温かかった。
「どんな世界でも神を怒らせたらどうなるかなんて、言わなくてもわかるっしょ?」
背中の温もりとは対照的に、マーディンさんの声はとても冷えていた。北の大地の氷よりなお硬く、
「フランカが気にするから民には手出さないけど、この世界の神として、」
とマーディンさんは言葉を切り、
「自分勝手な成りすましと、フランカを裏切った家族、騙された馬鹿な王族と教会には、罰を与えるのが当然じゃん? オレとフランカがいなくなったあと、何事もなく過ごせると思うなよって話」
「……それは神罰を下すということですか?」
「そうだねー。オレ今回はマジで怒ってるからやる気あるけど、普段はめんどいなーて思いながら適当に洪水とか起こしてる」
「そ、そうなのですね……」
マーディンさんらしい言葉に笑いたくなったけれど、適当に洪水を起こされた国や別世界があったのかと思うと、何やら複雑な気持ちになった。
ラウレンスたちが背負う気配も絶望の色が濃い。
「キッチリ罰しとかないと、急になめてくるやつとかいるから。そうすると弱いくせに歯向かってきたりして、そっちの方が後々めんどいから頑張って偉そうにしてるんだ」
うんざりしたようにマーディンさんが天を仰ぐ。
「そのような不届き者がいるのですか?」
「いるんだよぉ。こっちがちょっと譲るとすーぐ調子こくの。でもまあそういうやつらってまっじで弱いから、向かってきたやつを消したあとその世界はパッと表面焼いときゃ解決するし、ラクっちゃラクかな」
マーディンさんの顔が一瞬だけどんよりした。
神に対する表現として適当かどうかはわからないけれど、王城の中堅文官たちがたまにこういう顔をしていたことを思い出す。
「それより異世界人召喚つって、勝手に別の世界から人拉致ってくるほうが困るんだよねー。別世界担当の神との折衝超めんどいからいい加減にしてほしい」
「別の世界の人間を召喚して、何をさせるのですか?」
「いろいろだよ。召喚するとき身体とかがちょっと強くなるから、それをあてにして他国侵略の兵隊にしたり、魔王を倒させたりとかね。あとやっぱりオレら神を殺して世界を手にしてやろうっつーのも多いよ。めんどいから神殺しを目論んで異世界人召喚したやつらは国だけじゃなくて、世界ごと焼き払うけど」
「神殺し、ですか……」
フランカは自分の胸に手を当てた。
この肉体の中にある魂が、いったいどういう質のものだったかを思い出す。
「――それはもしかすると、私を殺すことでも成立しますか?」
フランカの問いに、マーディンさんは声を出さずに笑った。
宝石龍の愛し子とは、マーディンさんと同じ龍神の魂がこちらの世界へ迷い込み、人間の形をとって生まれてきたものだという。
つまりフランカは、肉体は人間でも、魂は龍神なのである。
だとしたら、フランカを黄金を採るための家畜のように扱ったペトロネラや、塔に幽閉し生活用品の一切を与えず、遠回しに死ぬように誘導したラウレンスたちの罪は――。
「未遂とはいえ、
マーディンさんの真っ赤な目の中で、縦に裂けた瞳孔がぐっと大きくなった。
「フランカはどうしたい? この国の領土、表面パリッと焼く? 誰も生き延びられない毒ガス充満させて放置ってのでもいいよぉ?」
フランカの頬を手の甲で撫でながら、マーディンさんが薄い唇を吊り上げて続けた。
「やっぱさー、こういう詫び入れますから許してくださいって、謝る側が罰選ぶのは違うじゃん。ましてこいつらフランカがちっさい頃から自由を奪い続けてきたやつらだし。だからフランカがこいつらどうするか決めるべきじゃね?」
許す? 許さない?
ね。フランカ、こいつらどうしたい?
歌うように言って首を傾げるマーディンさんの微笑みは、背筋が凍りつくほど美しかった。
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