第26話 フランカの魂が欲しい

 フランカだけでなく、その場にいた者全員がマーディンさんの言った〝愛し子と宝石龍の関係〟に驚いていた。

 宝石龍のために愛し子がいるのだと思っていたからだ。聖書でもそう書かれていて、世界中の人間がそれを信じている。


 知りませんでした。とフランカが振り返って呟けば、マーディンさんは怒りを収めて苦笑した。


 「ま、そりゃね。この愛し子と宝石龍の関係ができたのはオレら基準でも相当前だし、間違って違う世界に生まれちゃう魂もそんなにぽんぽん現れないし。事実が風化するのはしょうがないよ」


 愛し子が幸せに過ごすために宝石龍がいるっていう、基本の関係がそんなに間違って伝わってないなら問題ないよ。と続けたマーディンさんへ、フランカは尋ねた。


 「前任の神様であられるマーディンさんの御父上が、愛し子の幸せのために宝石龍もお創りになったのですか?」


 「いや、厳密には宝石龍と愛し子の関係性を作ったのは、親父よりもっと上の世代の龍神たちだよ。この世界以外にも迷子の魂は現れるから。だけどこの世界に現れた歴代の宝石龍は、確かに俺の親父が作ってたね」


 マーディンさんがうなずきつつ言う。上下する顎の角度に合わせて、金の巻き角が光った。


 「愛し子に寿命がきて幸せに亡くなって、魂だけの状態になったら連れて帰るのが宝石龍の役目で、オレら神は宝石龍を作ったりお告げをしたり、監督者として見守るのが仕事。役目を終えた宝石龍の抜け殻がこっちの世界で鉱山になるわけ」


 マーディンさんの語ることは、この世界の人間が知らなかったことばかりだ。あのペトロネラさえ、目を丸くしてマーディンさんの言葉を聞いている。


 「私の魂は、龍神だとおっしゃいましたが……」


 愛し子として宝石龍との繋がりは感じる。しかし〝魂〟といわれると、それが人間のものなのか龍神のものなのかなど区別がつかない。

 ああけれど、それは今、フランカにとってはどうでもよくて。


 「ま、マーディンさんは、私の魂が龍神であるから、私の魂を欲しいとおっしゃったのですか……?」


 このことが、気がかりだった。


 マーディンさんに選ばれた理由が〝魂が龍神だから〟であったのならば、フランカという個人はどうでもよかったというのだろうか。

 フランカはマーディンさんに選ばれたことが、死んでもいいと思うくらいに嬉しかったのだけれど、その理由が〝フランカ〟になったあとの魂ではなく、フランカになる前の〝魂〟そのものだったなら、フランカの喜びは宙に浮いてしまう。


 それでもマーディンさんが望むのならば今すぐにでも命を絶って、その魂をマーディンさんの故郷に返してしまいたいと強く思った。

 マーディンさんの喜びとフランカの胸の痛み。そのどちらかを取れと言われたならば、マーディンさんの喜びのほうを迷いなく選ぶだろう。


 生まれてから今まで、さまざまな理由でフランカから取り上げられていた選択の自由を、マーディンさんがくれた。

 だからフランカは、その恩を返したいのだ。


 どうすれば速やかに魂を差し出すことができるのだろう。首をさらせばマーディンさんが切り落としてくれるだろうか。

 フランカが選択することによってマーディンさんが喜ぶのなら、やはりこの命など何も惜しくはないし、フランカの人生は最高だったと胸を張れるではないか。


 けれどマーディンさんは、「まさか!」とフランカの言葉を否定した。


 「フランカだから大事に決まってんじゃん! つか言ってなかったっけ? オレが欲しいのは寿命がきて性格や個性が無くなった迷子の龍神の魂じゃなくて、フランカそのものだって」


 初めて聞く話に、フランカは目を丸くした。


 「死ぬと魂は人格が無くなるのですか?」


 「そう! 神以外の生き物が生きて世界を渡るとき、未練や心残りがあると生まれた世界に引っ張られて廃人みたくなっちゃうことがあるから、死んで人格無くなった魂を連れて帰るんだよ。生前幸せだと魂の質もぐっと良くなるし……」


 しゅんとしながら、「つか、そうだよね、人間は魂のことよく知らないよね。そういうのももっと説明しとけっつー話だよな……ごめんね」と謝り、マーディンさんは申し訳なさそうに続けた。


 「最初はさ、確かに魂だけを回収に来たんだよ。それが仕事だから。でも途中から、寿命くる前にこのまんまフランカとして、一緒に故郷に帰ってくれないかなーって、思うようになって……未練あるとまずいから、成りすましたち殺して、いっそこの国っつうか世界滅ぼせばよくない? とか思ったりして……」


 ややこしいけれど魂が欲しいというのは、〝龍神の魂〟が欲しいということではなく、〝龍神の魂を持つフランカ〟が欲しいということでいいのだろうか。


 しばらく何かを思い返すように赤い目を上に向けていたマーディンさんは、首を傾げるフランカに気づくと微笑みかけてくれた。


 「フランカって健気でかわいいいーこだし。小さい頃からあんな性悪に陥れられてても頑張ってるとか、最高にえらいじゃん!」


 よしよし、とマーディンさんがフランカの頭を撫でてくる。空色の爪で傷つかぬように、皮の柔らかな果物を扱うような優しい手つきだった。


 「オレのこの姿も怖いはずなのに、ちゃんと真っすぐ目を見て話してくれるし。綺麗なものは綺麗って、素直に言葉にできるフランカが欲しい」


 自分で選んだ! ってオレンジを嬉しそうに差し出す様子とか、もうマジで健気でさあ。眩しくて。守りたい、この笑顔! って思って。

 そう言ってフランカの頬をつついてくるマーディンさんの笑顔のほうが、フランカには眩しい。


 「フランカと一緒に故郷に帰りたい。マジで。そしたら寿命も龍神基準になって、オレらずっと一緒にいられるよ!」


 その言葉がフランカにとっては何より嬉しくて、マーディンさんにつつかれた頬が熱くなった。


 「もし一緒にオレと帰ってくれるんなら、体は向こうで龍神仕様に再構築するって形になるのね。今のフランカの肉体はフランカの魂を保護するのに必要なんだけど、世界を渡る時に壊れちゃうから。だからそういう意味でも、〝フランカの魂が欲しい〟ってことだったんだけど……そう言われると、やっぱ怖いかな?」


 「いいえ!」


 この世に未練など全くないし、今すぐにでも一緒に行きたい。

 彼が選択するという自由をくれたからこそ、寿命がくるまで生きるという選択肢を選んでいただけである。


 「どうぞ、私を連れていってください。マーディンさんが一緒なら、何も怖くはありません」


 彼を悪魔だと思っていた時だって、きっとそのうち悪魔の面目躍如たる殺され方で魂を刈り取られるだろうと思っていた。

 けれどマーディンさんに殺されるなら全く怖くはなくて、それどころか本望だった。


 肉体などいらない。マーディンさんと一緒にいられるなら、この身がたとえ虫になっても文句はない。


 「ほんと⁉ マジでいーの?」


 喜ぶマーディンさんに、フランカの方こそ嬉しくなってうなずいた。それと同時に、少しだけ心に引っかかっていることをこぼした。


 「もちろんです。ですが……もし愛し子の私がこの世界を去ったら、宝石龍は消えるのでしょうか? だとすれば、この国の国民に対して不義理をしてしまうことを、少しだけは申し訳なく思います」


 最初は国の未来を慮って国民たちのために少しでも黄金を残そうとしていたのだけれど、マーディンさんと初めて会った日に朝市へ行って少し思いが変わった。


 〝愛し子候補〟だった時、国民のためを思ってしてきたフランカの努力を、流れてくる噂だけを信じてないがしろにしてきた民たち。

 もちろんそうなるように周囲を味方につけてフランカを陥れたペトロネラと、彼女を妄信した王侯貴族たちに責任があるのはわかっている。けれどどんなに民を思って自分を殺し頑張っても、結局はフランカを悪女として扱う国民たちの態度に虚無感を覚えてしまった。


 フランカだって自分の幸せを選びたい。

 さっさとこの世界を飛び出して、マーディンさんの世界に行ってしまいたかった。


 「あー……フランカのそういうとこが好きなんだけど、そもそもそれフランカが気にすることじゃなくね?」


 フランカ以外を睥睨へいげいし、マーディンさんが吐き捨てる。


 「んでもフランカが気にしてるなら、それを処理してからスッキリした気分で一緒にオレの故郷に行こうね!」


 ルビーのように美しい赤い瞳を光らせて、マーディンさんはフランカへにっこりと笑顔を向けた。

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