第25話 はあ? 馬鹿じゃねーの?

 「そうだよ。オレ、この世界の宗教で言われてる神様」と、マーディンさんは軽い調子でうなずいた。

 

 この世には無数の世界があり、フランカがいるこの世界はマーディンさんの父親が創ったということ。

 つい最近この世界の管理を引き継いだことを、マーディンさんが説明してくれる。


 その言葉を聞いて、ラウレンスと取り巻きたちの顔色が青紫色になった。


 「この世界の人間が作った概念としての神でもあるし、種族的にも龍神ってやつ。他にもオレの故郷には蛇神とか狗神とかいるけど、オレは龍神」


 マーディンさんの故郷にはたくさんの神様が住むとか、世界の管理の引継ぎだとか、神様は唯一無二だと教えられて育ったフランカにはやや理解が追いつかない。

 けれど、マーディンさんは確かに神様であった。


 その圧倒的なまでに聖なる気配は疑いようもない。

 だとしたら、フランカはその神様に今までなんと無礼を働いていたのだろう。


 フランカは己の不敬さに眩暈がした。

 引きるまぶたを震わせ目線を下げて、そのままひざまずこうとすると、マーディンさんが苦笑しながらそれを止める。


 「そーなんだけど、愛し子のフランカはそんなんしなくていいんだよ。フランカの魂も龍神だから。つか、そういう理由がなくてもやめてよー。悲しいし、」


 空色に塗られた爪がフランカの頬をつつく。いつもの彼からしたら力が少し強めなのは、フランカへの非難がわずかに込められているような気がする。

 それは神への不敬を咎めるためのものではなくて、


 「オレら友達じゃん」


 と、やや視線を落としてすねたように言うマーディンさんの言葉が表すように、フランカのマーディンさんへの他人行儀な態度を咎められているのだろう。

 友達と言われて嬉しくて、畏れ多いけれど、つい気安い態度でうなずいてしまった。つつかれた頬が熱い。


 マーディンさんに腕をとられ、そっと抱き寄せられた。

 彼の胸に背中をぴったりくっつけると、息苦しいほどの神気が少し軽くなったような気がする。台風の目のようなものなのかもしれない。


 「だけどお前らは違う」


 フランカの肩に顎を乗せて、マーディンさんが不機嫌そうに吐き捨てた。

 言葉の先にいたのは言わずもがな、ペトロネラとラウレンスたちだ。


 「お前ら宝石龍がなんでこの世に顕現するか知ってんじゃないの? 知っててそれなわけ?」


 マーディンさんの問いかけに首を傾げたのはフランカだ。

 宝石龍は神の祝福であると教会は教えている。神が思わず褒美を授けたくなるほどの徳を積んだ国への祝福が、宝石龍なのだと。


 しかしマーディンさんの父親が神だった時代はともかく、マーディンさんの様子を鑑みるに、〝思わず褒美を授けたくなるほどの徳〟を、この国に認めたようには思えない。


 眉根を寄せたフランカからこの世界で信じられている〝宝石龍顕現の条件〟を聞いたマーディンさんは、「褒美? 徳ぅ? なにそれ冗談きくつない?」と眉をひそめた。


 「成りすましを罰するどころか調子づかせて本物の愛し子を殺そうとするような国に、徳なんかあるわけないじゃん。宝石龍は愛し子のためにあるのにさ。愛し子がいなきゃ宝石龍は生まれないわけ」


 マーディンさんの小麦色の肌に朱が差した。憤りのせいだろう。


 「〝愛し子〟ってのは、本来龍神としてオレらの故郷に生まれるはずだった魂が迷子になっちゃって、人間としてこの世界に生まれてしまった者のこと。愛し子が幸せなら宝石龍がザクザク鉱石を生む関係を先代の龍神たちが作ったのは、愛し子が幸せに過ごせるようにしたかったら」


 ハッと短く怒りを吐き出しつつ、マーディンさんは続けた。


 「なのに愛し子をなんもなくて寒い塔に幽閉して不幸のどん底に突き落とした国に、祝福とか。ンなわけないじゃん、馬鹿じゃねーの?」

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