第24話 マーディンさん

 外から差し込んできた白い光は、まるで太陽が爆発したかのような眩しさだった。

 全く熱くはなかったけれど、光が止んだ今も少しだけ目が痛い。


 光の正体はもちろんのこと、誰がそれを放ったのかもわからなかった。

 その場にいた全員がしばらく呆然としていたが、やがてラウレンスとその取り巻きたちが息をひそめ、物陰に身を隠した。

 光を放った何者かから、もしくはもう一度襲ってくるかもしれない光そのものから、自分の身を守るためだろう。


 王太子という身分を考えれば、非常時に身を隠すことは間違いではない。謎の光が差した直後の行動としては当然のことである。

 けれど彼らは、光が止んでしばらく経ち、第二陣の気配がなくても身を寄せ合って震えるだけで顔を上げようともしない。


 フランカに男をあてがうと宣言しに来た時の威勢は影すらなく、フランカを突き飛ばした時の怒気も萎んで、怯えるラウレンスにもはや威厳は欠片もない。

 それを支える取り巻きたちの足も、主人と同じく生まれたての小鹿のようである。


 フランカはしたたかにぶつけて痛む右のこめかみを手で押さえつつ、そろりと立ち上がった。手についたぬるっとした感触は血だろう。


 立ち上がった拍子に眩暈がしたのは、ぶつけた頭のせいか。

 それとも悪鬼のような形相のペトロネラが、乱暴にドアを開けて入ってきたのを見たからなのか。


 「いったいどういうこと⁈」


 ペトロネラは部屋に入ってくるなり、こめかみを押さえてよろめくフランカに詰め寄った。


 「どうしてお城が消えて、なんでペトロネラが外に放り出されなきゃいけないの⁈」


 普段の様子と違うペトロネラに、ただでさえ謎の光に怯えていたラウレンスたちがさらに身を寄せ合って震えている。そんな彼らに一瞥もくれず、ペトロネラはフランカへ人差し指を突きつけた。


 「あんたがなんかしたんでしょ! 見なさいよ、ドレスの裾が泥だらけになっちゃったじゃない!」


 「黙れよ成りすまし」


 久しぶりに会ったペトロネラが何を言っているのかわからないフランカに代わって返事をしたのは、マーディンさんだった。

 フランカの影からするりと姿を現したマーディンさんが、侮蔑に冷えたまなざしをペトロネラに送っている。


 「ひっ……!」


 ペトロネラがその視線に怯んだ。

 それはマーディンさんの金の角と背中の羽を見たからかもしれないし、彼の苛烈な怒りの気配のせいかもしれない。


 「フランカ、ごめんね……。オレがもっとしっかりした結界張っとけばよかった。少なくとも成りすましたちが足を踏み入れたら、その足をぶった切るような結界にしとくべきだった」


 フランカの肩を抱き、こめかみに流れる血を見て眉根を寄せるマーディンさんが物騒なことを言う。

 だけどフランカは、その言葉に反応することができなかった。


 こめかみの血をそっとぬぐってくれるマーディンさんは、いつもの優しいマーディンさんだったけれど、まとう気配が違っていたから。


 それは教会の神像から発せられるような、神々しい気配だった。


 まるで本当に神様が目前にいるかのような……――そう感じて、ハッとした。


 なぜマーディンさんが初対面でフランカのことを宝石龍の愛し子だと見抜いたのか。なぜ宝石龍のことに詳しいのか。フランカはやっと、その意味に気がついた。


 空を飛んだり不思議な空間に物を収納する魔法を使えるのは、マーディンさんの外見からして悪魔だからだとばかり思っていたけれど、そうではなくて。


 「マーディンさんは、神様だったのですか……?」


 マーディンさんの血のように赤い瞳を見上げて、フランカは呟いた。

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