第21話 何も持とうとしなかった者へ

 「愛し子ペトロネラを正しいと信じているのならば――物資を取り上げて衰弱死を望んだり、私を殺すことを願って心を病んだ男性を送り込むといった遠回しなことをせずとも、さっさとその手で殺せばいいのです」


 女一人に対して恐怖を感じ、目を見開いて額から汗を流すラウレンス。

 彼はお告げによる宝石龍顕現の確約があったせいで、愛し子候補のフランカとペトロネラと同い年であることを理由に特にもめることなく王太子になった。

 側室の産んだ男児や現国王の年の離れた弟、優秀だと噂される公爵家の子供など、王太子候補は他にもいたにもかかわらず。


 結果、ろくな努力もしないで成長したことを、フランカは知っている。

 情報を自分で集めたこともない。自分の頭で考えて、重大な決断を下したことなど一度もない。上に立つ者として責任を取ったことがないことも、フランカは知っている。


「私の死があなたたちの愛し子のためになると信じているのならば、何をためらうことがあるのです」


 死ぬのは怖かった。けれど無視のほうが堪えるのだと知った。生きながら存在を殺されることの方が、肉体の死よりもつらいと知った。


 今のフランカにはマーディンさんがいる。


 二人で初めて向かい合って朝食を食べた時、マーディンさんに「魂が欲しい」と言われた時の幸福感を思い出す。

 あの言葉がフランカにとってどんなにか嬉しかったか。


 求められるのはいつもペトロネラだった。

 フランカはいつも、ペトロネラではないほうの存在だった。両親さえフランカを我が子として扱ってくれず、ペトロネラではない方の子供として見ていた。

 誰もフランカを「欲しい」と言ってくれなかった。


 でもマーディンさんが欲しいと言ってくれた。

 友達だと言ってフランカに笑いかけてくれた。


 マーディンさんだけが、フランカの人生に選択肢をくれた。


 フランカという存在の証である魂を彼が欲してくれるから、身体しんたいの死は何も怖くない。

 彼がフランカのことを覚えていてくれるだろうから。


 よしんば覚えていてくれなくとも……魂を食べたあとに、彼の記憶の中からフランカが捨てられたっていい。

 生きているフランカを無視せず優しさをくれたマーディンさんになら、フランカは何をされてもかまわない。


 今、この時、この瞬間が、マーディンさんのおかげで幸せだからかまわない。


 「怖いのでしょう。保障などないですものね。ペトロネラが本当に愛し子であるという確信も揺らいだのでは?」


 フランカは彼らに選ばせることにした。

 ペトロネラを信じフランカを殺して今の道を進むのか、真実を調査し間違いを正すのか。


 かつてフランカの人生の選択肢を潰して一方的に日陰の身に追いやった彼らに対し、フランカは選択することを許した。

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