第20話 あなたにつける敬称はない
「男に愛される喜びを知り、その卑しい心根を正すのだな。人を愛することができる真っ当な女に変われ。そうすればペトロネラの憂いは晴れるだろう」
ラウレンス殿下の言葉に、取り巻きたちが耳鳴りのような追従を繰り返す。
すると殿下はさらに正義感に酔ったような顔をしてフランカを怒鳴りつけた。
「宝石龍の悲し気な明滅が止まらないのは、宝石龍の愛し子たるペトロネラを虐待し、今もなお不遜な態度で彼女を悲しませるお前のせいだ!」
その言葉に、フランカの中で何かがプツンと切れる音がした。
「……私のせい? 本当に?」
フランカをこの塔に幽閉した時にペトロネラが言ったように、フランカが死んだ後に生きる国民たちの生活は苦しくなるだろう。宝石龍はきっと皆の予想よりもずっと少ない量の金しか産出しないはずだから。
けれど彼らが悲惨な目に遭うのは、フランカのせいではない。
ペトロネラが愛し子に成りすましたせいだし、国を守る王族がそれに騙された結果だ。
「ペトロネラが言ったのですか? 私のせいでペトロネラが不幸せだと、そのせいで宝石龍が悲しんでいるのだと。あなたがたはそれを鵜呑みにして、私を責めるのですか? いつものように――今までのように」
持っていたリンゴをそっとサイドテーブルに置きながら、腕を組んでこちらを見下してくるラウレンス殿下へ冷たく言った。
マーディンさんのおかげで今が一番幸せである。
それなのに宝石龍が明滅するのは、龍のほうが愛し子であるフランカの境遇に不満を抱いているからだとマーディンさんが言っていた。
確かにこんなところに幽閉されて死にかけたフランカは不幸に違いない。宝石龍がフランカに同情しているだろうことは容易に想像できる。
「もっと考える頭はないのですか? もしかしたら私の方が宝石龍の愛し子ではないかと、少しも思わないのですか?」
マーディンさんが助けてくれたからこそまだ生きているけれど、あの時に彼が来なければ、今ごろフランカはとっくに死んでいた。
実はフランカは、死ぬことも悪くないと思っている。
マーディンさんが自分の魂を必要としてくれているからだ。
だから今さらこの境遇に文句を言う気もなかった。
このままそっとしておいてくれたなら、今さら自分が本当の愛し子であることを自身の死によって証明する気もなかった。
――今さら。そう、今さらなのだ。
フランカにしてみれば、今さらなぜ自分をこんな所に追いやった男に礼を尽くさねばならないのかわからない。
幽閉を指示された時、フランカの中の彼への敬意は乾いてしまった。
フランカの言葉にたじろいだラウレンスとその取り巻きたちを、鼻で笑う。
「たとえ私に男性をあてがったところで、明滅は止まらないでしょう」
フランカはゆらりと立ち上がった。
「そして私が死んだら宝石龍も鉱山へと変わります。ペトロネラが生きているにもかかわらず。採れるはずの金もごくわずかしか採れず、宝石龍に目が眩み未来のための政策を何も講じなかったせいで、この国は存亡の危機に陥るでしょう」
自然なしぐさでナイフを胸の前で持ち、フランカはラウレンスたちを真っすぐに見つめた。
それに気圧されたのか、彼らがにじるように半歩後ろに下がる。
「けれどそれは私のせいではありません。ペトロネラの言葉を鵜呑みにして真実を見極められなかった、あなたたちのせいでそうなるのです」
そう言って、フランカは果物ナイフを差し出した。
白く光る刃の方を持ち、木で出来た柄の部分をラウレンスに突き出すフランカの手に緊張はない。
なぜならフランカは選択したからだ。
フランカか、ペトロネラか。
真実を言っているのはどちらなのかを――
「今からでも見極めたらいい」
王太子であるラウレンスに国の未来を決めさせることを、フランカは選択した。
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